9/2(日) 爆発的パワー向上の科学的基礎セミナー

#188 【論文レビュー】スプリント加速能力に対するそり牽引トレーニング(weighted sled towing)の効果:高負荷vs.軽負荷

 

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今日は私が大学院博士課程でやった研究のうち、3つ目の実験について紹介します。

 

論文の内容

Kawamori et al. (2014) Effects of weighted sled towing with heavy versus light load on sprint acceleration ability. J Strength Cond Res 28(10):2738-45

 

研究プロトコル

スプリント加速能力(短い距離のスプリント能力=10m走のタイム)に対するそり牽引トレーニングのトレーニング効果について、一般的に推奨されている軽めの負荷を用いた場合とそれよりも重い負荷を用いた場合でどのように効果に違いが出るのかを検証した。軽い負荷は、10m走の平均速度を10%減速させる負荷(=10%負荷)を用い、重い負荷は、10m走の平均速度を30%減速させる負荷(=30%負荷)を用いた。

被験者を2つのグループ(10%負荷グループvs.30%負荷グループ)に分け、両グループにそり牽引トレーニングを8週間、週に2回の頻度で実施してもらった。トレーニング前後に10m走テストを実施し(5mタイムと10mタイムを測定、地面反力やピッチ・ストライド等も計測)、トレーニング効果の違いについて、2グループ間で比較した。

 

結果

2グループ間でトレーニング効果(5mと10mタイム)に有意な差はなかった。10mタイムは両グループともトレーニング前後で有意に減少した。一方、5mタイムは30%負荷グループにおいてのみ、トレーニング前後で有意に減少した。

スタート後8m地点で計測したステップ頻度は、30%負荷グループでトレーニング前後で有意に増加した。一方、ステップ長は10%負荷グループでトレーニング前後で有意に増加した。また、力積(resultant impulse)と力積の垂直成分(vertical impulse)は30%負荷グループでトレーニング前後で有意に減少し、この減少量は10%負荷グループと比較しても有意に大きかった。

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考察①

この研究結果から言えるのは、そり牽引トレーニングの効果に関して高負荷と軽負荷の間では有意な差がなかった、ということです。「差がなかった」という結果だけ見ると、なんだか物足りない感じがしなくもないですが、個人的にはこの結果は十分に意義があると考えています。

まず、一般的に「そり牽引トレーニングにおいては軽い負荷を使うべき」ということが多くのコーチ(特に陸上コーチ)に推奨されています。特に、10%ルールなるものが存在し、体重の10%程度、あるいは速度が10%遅くなる程度の軽めの負荷が一般的に最適なトレーニング負荷と言われています。この10%ルールを超えるような重い負荷を使ってトレーニングすると、スプリントの動きが崩れてしまうのでスキルに悪影響が出るというのが理由のようです。

しかし、これはコーチが経験則をもとに言っているだけであって、これまで科学的に検証されたことはありませんでした。したがって、今回の研究はいわゆる10%ルールが本当に正しいのかどうかを科学的に検証したものと考えることができます。そして、その結果として、10%ルールは科学的な裏付けがないことが明らかになったので、怖がらずにもっと重い負荷を使ってそり牽引トレーニングをやってみてもいいんじゃない?というのがこの研究から言えることです。

 

考察②

そり牽引トレーニングがどのようにしてスプリント加速能力をアップするのかというメカニズムに関して、一般的にどのように考えられているのかというと、このトレーニングを実施することでスプリント動作に特異的な筋力が向上して、スプリント中に地面に対して水平方向により大きな力や力積を発揮できるようになり、それがステップ長の増加につながり、結果としてスプリント能力の向上に繋がると考えられています。

しかしながら、今回の研究結果からは、そのようなメカニズムが存在すると結論付けることはできませんでした。むしろ、30%負荷グループにおいては、力積(resultant impulse)と力積の垂直成分(vertical impulse)がトレーニング前後で減少し、ステップ頻度がトレーニング前後で増加するという減少が観察されました。要するに、そり牽引トレーニングをしたら、力積を発揮する方向をより水平に近づける(ベクトルをより寝かせる)ことを覚えて、それがステップ頻度の増加に繋がり、結果としてスプリント能力が向上したと推測されるのです。

これは従来考えられていたそり牽引トレーニング効果のメカニズムとは全く異なる現象であり、非常に興味深いところです。もしかしたら、そり牽引トレーニングを「特異的な筋力トレーニング」と捉えるよりも「スプリントの技術ドリル」の1種と捉えるほうが適切なのかもしれません。 ※この考察は30%負荷でそり牽引トレーニングをした場合のみに当てはまるものです。

 

考察③

「で、結局、そり牽引トレーニングする時はどの程度の負荷を使えばいいの?」と思われた読者も多いかもしれませんが、今回の研究からは最適なトレーニング負荷がどの程度か、結論付けることはできません。統計的には2グループ間で有意な差がなかったのですから。それに、もしかしたら、もっと重い負荷(50%とか80%とか)を用いたほうがトレーニング効果が高いかもしれません。したがって、私としては、今回の研究が起爆剤となり、さらに多くの研究者がそり牽引トレーニングについて研究をするようになってくれればいいな〜、と願っているところです。

 

考察④

ちなみに、今回の研究からは、そり牽引トレーニングの効果そのものについて考察することはできません。考察できるのは10%負荷と30%負荷の比較に関してだけです。これは今回の研究で採用したリサーチデザインによるものなのですが、リサーチデザインに関する話は昔のブログ記事(#164 【科学論文の読み方】リサーチデザインについて)を読んで頂ければと思います。今回に関しては、トレーニング負荷の違いについての比較のみに興味があったので、このリサーチデザインで問題はないのです。

 

 

まとめ

以上が私の博士研究の最後の実験の内容です。ここまで、それぞれの研究の内容について個別に紹介してきましたが、次回あたりに、この3つをまとめて1つの博士研究としてその繋がり等について解説したいと思います。 

 

 

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【編集後記】

STAP細胞研究関連の連日の報道を見ていて、「論文捏造」という本を思い出しました。これは、もともとNHKの報道特集の番組のために取材した内容をディレクターの方がまとめて本にされたものです。なんだか状況が似ているな〜なんて思いながら、連日の報道を見ています。STAP細胞が存在するかどうかはわかりませんが、存在しようがしまいが、それとは関係なく、研究者として色々と問題アリだなというのが私の感想です。