#595 「睡眠時間を増やすとアスリートのパフォーマンスがUPする」と主張する時にたびたび引用される論文における研究デザインの問題点

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論文を読む時は、そこで書かれていることや主張されていることを鵜呑みにするのはキケンです。

「本当にそんなことが言えるのか?」と疑いながら、批評的な目で読むことが求められます。

具体的に、どういったポイントに気をつけながら読めばいいのかというと

  • 研究デザイン
  • 測定方法
  • 統計手法
  • 結果の解釈の仕方
  • 外的妥当性

等が挙げられます。

 

今回は、その中でも「研究デザイン」に焦点を絞り、1つの論文を例として取り上げて、問題点を指摘しながら、論文の読み方についてご紹介します。

※研究デザインの重要性については「学術論文を読んで研究結果を解釈するには「研究デザイン」の理解が不可欠」もあわせてお読みください。

 

ちなみに、この記事を書いている私は、博士号を取得したS&Cコーチです。

査読付き論文も、共著のものを合わせると19本発表しています。

 

 

「睡眠時間を増やすとアスリートのパフォーマンスがUPする」と主張する時にたびたび引用される論文

今回、例として取り上げるのはコチラの論文です↓

Mah et al. (2011)  The effects of sleep extension on the athletic performance of collegiate basketball players. Sleep. 34(7):943-50.

※無料でPDFファイルがダウンロードできるので、興味のある方は実際の論文も一緒に読みながら、こちらのブログ記事もお読みください。

 

この論文は、アスリートにとっての睡眠の重要性が語られる時にしばしば引用される有名な研究です。

私も、以前に第一著者のMah氏が講師をされたセミナーに参加する機会があり、そこで初めてこの研究について知り、面白そうな研究だな〜という印象を持ちました。

それと同時に、この研究だけで「睡眠時間を増やすとアスリートのパフォーマンスがUPする」とまで主張することには“違和感”をおぼえました。

 

セミナーが終わった後に、論文を探して、ダウンロードして、じっくりと読んでみて、この“違和感”の正体がわかりました。

それは「研究デザイン」の問題点にありました。

詳しく解説します。

 

①研究の概要について

今回のブログ記事は、いつもの【論文レビュー】ではないので、研究の概要の説明を詳しくすることは省きます。

そのかわり、こちらの研究の概要をわかりやすくまとめてくれているツイートを紹介しておきます。

簡単にまとめると、バスケ選手のシュート成功率やスプリントタイム等のパフォーマンスを

  • 通常通りの睡眠をしてもらった時期
  • 睡眠時間を増やしてもらった時期

で比較した時に、後者のほうがパフォーマンスが高かったので、「睡眠時間を増やすとアスリートのパフォーマンスがUPする」と結論づけている論文になります。

 

 

②なぜ“違和感”をおぼえるか

深く考えずにこの論文を読むと、「たしかにそうだな〜」「やっぱりアスリートにとって睡眠は重要なんだな〜」という感想を持って、終わりでしょう。

しかし、研究について多少の知識がある方であれば、私と同じように“違和感”をおぼえるはずです。

というのも、この論文の主張は、そのロジックというか理屈に無理があるからです。

たとえて言うなら、プロ野球OBが「私は走り込みをしてプロ野球で活躍した」「だから、現役選手も走り込みをしろ!」「走り込みをすると、プロ野球選手の成績がUPする」と言っているのと同じレベルのロジック・理屈にすぎないからです。

 

過去のアスリートの経験談は意味がないと言っているわけではありません。

「私が〇〇したら良い成績を出せたから、あなたも〇〇をすればパフォーマンスがUPする」というロジック・理屈が弱いということです。

その人が〇〇したのは事実でしょうし、良い成績を出したのも事実でしょう。

しかし、そこに因果関係があるかどうかは、それだけではわかりません。

良い成績が出た原因は〇〇をしたことではなく、別の△△をしたことにあるかもしれません。

あるいは、〇〇をしなかったほうが、もっと良い成績を出せていたかもしれません。

 

今回とりあげた研究も同じで、「睡眠時間が増えたことが【原因】となり、パフォーマンスUPという【結果】に繋がった」という因果関係の存在を裏付けることは難しいのです。

その理由は、研究デザインの問題点にあると私は考えます。

 

 

③研究デザインの問題点

この研究のデザインにおける問題点は、大きくわけて2つあります:

  • その①:コントロール群がない
  • その②:パフォーマンス測定を毎練習後に実施

まず、その①のコントロール群がないのは痛いです。

「コントロール群」というのは、この研究の場合は、「睡眠時間を増やさずに通常通りの睡眠を継続したグループ」のことになります。

他のすべての条件は同じにしておいて、睡眠時間を増やしたか増やさなかったかだけが異なる2つのグループを比較することができれば理想的でした。

そのうえで、シュート成功率やスプリントタイム等のパフォーマンスに差が出たのであれば、その差が生じた原因は睡眠時間の長さにある可能性が高いと結論づけることができます。

しかし、コントロール群がないと、睡眠時間を増やした時期にパフォーマンスがUPしたとしても、たまたまそれまでの練習やトレーニングの成果が出てきた時期と睡眠時間を増やした時期が重なっただけかもしれない等の可能性を排除することができません。

 

また、その②のパフォーマンス測定を毎練習後に実施したというのも注意を払う必要がある事実です。

というのも、なんらかの測定をする場合、実際のパフォーマンス(能力や体力)はUPしていなくても、その測定のやり方に慣れるだけで測定結果が向上することがありうるからです。

そういうのを「学習効果(learning effect、practice effect)」と呼びます。

特に今回の研究においては、毎練習後に測定を実施しているので、ある意味、測定のやり方を何回も練習したことにもなり、この学習効果が大きかった可能性があります。

 

論文の著者は「この研究で採用した測定は、被験者のバスケ選手が普段の練習でやり慣れたものなので、学習効果の影響は少なかったはずだ」と述べています。

たしかに、測定の内容そのものは、バスケ選手にとっては慣れたものかもしれませんが、毎回タイムを測定されたり、シュートの成功率を記録されたり、ということには恐らく慣れていないでしょう。

となると、「毎回チェックされている」ということでいつもよりちょっとだけモチベーションがあがったり集中したりして、結果として学習効果・トレーニング効果が高まった可能性は否定できません。

そう考えると、「学習効果の影響は少なかったはずだ」とする著者の主張はあくまでも推測でしかなく、研究デザインとしては、やはり学習効果の影響を排除することができていません。

 

特に、今回の研究では、「通常通りの睡眠時間の時期」→「睡眠時間を増やした時期」という順番は固定されていたため、仮に毎練習後に測定を実施することによる学習効果・トレーニング効果が存在していた場合、後者の「睡眠時間を増やした時期」におけるパフォーマンスが高く出る傾向があった可能性が考えられます。

もし、被験者のうち半分は「通常通りの睡眠時間の時期」→「睡眠時間を増やした時期」という順番で、残りの半分は逆の「睡眠時間を増やした時期」→「通常通りの睡眠時間の時期」という順番でパフォーマンス測定をしていたとすれば、学習効果の影響は多少はおさえられていたことでしょう。

 

また、コントロール群さえあれば、パフォーマンス測定を毎練習後に実施することによる学習効果が存在したとしても、大きな問題ではなかったでしょう。

コントロール群と睡眠時間を増やすグループとの間で、学習効果の大きさにシステマティックな差がないと仮定するならば。

 

 

まとめ

私は、アスリートがしっかりと睡眠時間を確保することには大賛成です。

そこは勘違いしないでください。

で、睡眠の重要性を訴えるためには、今回とりあげた研究結果は非常にキャッチーです。

説得力もありそうな感じがします。

「なるほど科学的にも睡眠時間を増やすとパフォーマンスUPに繋がると証明されているのか」「だったら、もっとしっかり睡眠しよう」とアスリートを説得する材料として使いたくなる気持ちは、私にもないわけではありません。

しかし、上記で説明したような理由から、私の中にある研究者としての一面が、手放しでこの論文を「睡眠の重要性のエビデンス」として紹介することを拒んできたのです。

 

したがって、結論としては

  • アスリートにとって睡眠は大事だけど、それを裏付ける科学的知見として今回とりあげた論文は弱い
  • たとえ自分の主張を裏付けるような論文であっても、批評的な目で読んだ上で問題点があるなら、そこは認めるべき
  • 主張は主張、研究の質は研究の質、そこはわけてしっかりと評価すべき

ということになります。

論文を批評的に読む技術を身に付けるための例として活用していただければ幸いです。

動画 論文の読み方

 

 

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【編集後記】

昨日は2018年最後のヘアカットをしていただきました。

さっぱりとした髪型で、新年を迎えたいと思います。