#250 【月刊トレーニング・ジャーナル記事転載④】競技特異的なトレーニング

公開日: : 最終更新日:2015/08/07 競技特異性


 

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月刊トレーニング・ジャーナルに掲載して頂いた記事(河森執筆部分)を転載するシリーズの続きです。今回は連載第4回の「競技特異的なトレーニングについて」です。

=====ここから記事=====

違うことに価値がある

最近は「競技特異的なエクササイズ」と呼ばれる、実際の競技動作に見た目を似せたエクササイズや競技中の動きそのものに外的な負荷を加えたエクササイズが人気です。ファンクショナルエクササイズとか専門的エクササイズと呼ばれることもあります。そのようなエクササイズは、競技におけるどの動作の向上を狙っているのかが視覚的にわかりやすいため、コーチやアスリートの受けは良いです。

しかし、そのようなエクササイズの提唱者が主張する「競技動作に似ているエクササイズを実施すれば、トレーニング効果が競技力向上に直結する」という考えには何の根拠もなく、むしろそのようなトレーニングは逆効果にすらなりえます(詳細は後述)。極端な話、もっとも専門的・特異的なエクササイズは競技そのものであり、それなら技術練習だけをやっていれば良いということになりますが、それではアスリートのポテンシャルを最大限に引き出すことができないのは明らかです。そもそも技術練習だけでは足りないからそれ以外にトレーニングを補強として実施するわけで、それなのにトレーニングの動きを競技動作に近づけようとするのはナンセンスです。トレーニングの動きは競技の動きと違ってもいいのです。むしろ、違うからこそ価値があるとも言えます。

したがって、競技特異的なエクササイズを偏重する風潮には大きな違和感を覚えます。個人的にはスクワット、デッドリフト、ルーマニアンデッドリフト、プレス、懸垂、リバースランジ、クイックリフト等々のベーシックなエクササイズを重視しており、それらを適切なフォームである程度の重量を用いて実施できるようになることをまずは優先して指導しています。ベーシックなエクササイズをマスターしていないアスリートが競技特異的なエクササイズに手を出すのはオススメできません。

逆に言うと、ベーシックなエクササイズをある程度マスターしたトレーニング上級者が専門的エクササイズに挑戦するのであれば、理解ができます。それでも導入の仕方に細心の注意を払わないと、競技力が低下するリスクがあると思いますが。

 

競技特異的なエクササイズの問題点

私が競技特異的なエクササイズの導入にあまり積極的でない理由について(特にトレーニング初級者・中級者に対して)、もう少し詳しく説明します。 

① すでに述べたように「競技動作に似ているエクササイズをやればトレーニング効果が競技力向上に直結する」という考えが論理的でなく、科学的な根拠もありません。

② 競技動作に見た目の動き(例:関節可動域)が似ていたとしても、外的な負荷を加えてしまえば力を発揮する方向やタイミング等は変わってしまいます。つまり、見た目の動きを生み出す原因となる本質的なメカニズム(あるいはバイオメカニクスで言うところのキネティクス)は競技の動きとは違うのです。しかし、実際の動作と中途半端にキネマティクスが似ているがために、間違った身体の使い方を習得してパフォーマンスが低下するリスクがあります。それならむしろ、トレーニングにおいては下手に競技の動きに似せないほうが安全です。

③ アスリートは練習や試合で競技の動きを何度も繰り返すため、筋力や柔軟性に左右差や前後差が生じることがあります。これは身体に加えられた競技特有のストレスに対して反応した結果であり、ある意味好ましい適応と捉えることもできます。特に競技開始初期の段階では、それらの左右差・前後差が競技力向上に繋がることすらあるでしょう。しかし長年競技を継続するとそれらの左右差や前後差がさらに広がり、練習量やトレーニング量も増加するため、それが結果として痛みやオーバーユースの傷害につながる可能性があります。競技特異的なエクササイズを実施すると、そのような差を埋めるどころかさらに助長することになりかねず危険です。むしろベーシックなエクササイズをバランスよく実施するほうが長期的に見ると利益が大きいはずです。

④ 競技特異的なエクササイズでは、可動域が小さい場合が多いです。実際の競技では可動域をフルに使うことが少ないので、それに似せたエクササイズをやろうとすれば、可動域が制限されるのは当然です。本連載の第2回でも説明した通り、レジスタンストレーニングの可動域を競技の動作に近づけたからといって、トレーニング効果がアップするという根拠はありません。逆に、ベーシックなエクササイズを大きな可動域を用いて実施することのメリットのほうが大きいと考えられます。

⑤ レジスタンストレーニングにおいて最も重要な原則は「漸進性過負荷の原則」ですが、競技特異的なエクササイズにおいては、この原則が適用しづらい(もしくは適用できない)ということがあります。というのも、競技特異的なエクササイズにおいては競技の動きに外的な負荷をかけるケースが多く、軽い重量ではそれほど大きな問題にはなりませんが、高重量を用いようとすると身体に負担がかかったり、好ましくない補償動作を誘発したりするリスクが高いからです。「そもそも競技特異的なエクササイズにおいて高重量を使ったら競技特異的じゃなくなるから、軽い重量だけ使っていればよい」という反論が聞こえてきそうですが、漸進性過負荷の原則を適用できないエクササイズなんて私から言わせると、もはやトレーニングエクササイズではなく、技術練習ドリルまたは補助ドリルにすぎません。そんなものは競技コーチが考えれば良いことであって、我々のようなトレーニングの専門家が手を出してはいけない領域だと思います。

⑥ ベーシックなエクササイズをアスリートに正しく教える能力がないと思われる指導者が、ファンクショナルとか競技特異的なエクササイズを提唱しているケースが多いため、説得力に欠ける印象があります。これは競技特異的なエクササイズそのものについての本質的な問題点ではありませんが、導入に消極的になる理由の1つではあります。

 

特異性の原則は重要ではない?

ここまでの議論を読んで「特異性の原則を学校の授業で習った(専門書で読んだ)が、それは重要でないのか?」と疑問に思う読者もいるかもしれませんが、決してそんなことはありません。SAID(Specific Adaptation to Imposed Demands)の原則としても知られる特異性の原則は、トレーニングを考えるうえで基礎となる重要な概念です。しかし、競技特異的なエクササイズ提唱者の議論を聞くと、特異性の原則の捉え方を間違っていると感じます。この辺りの解釈の相違を理解するには、「特異的」という形容詞がどの名詞にかかっているのかに注目して考えてみるとわかりやすいと思います。

例えば、競技特異的なエクササイズという概念においては、「特異的」という形容詞は「エクササイズ」という名詞にかかります。つまり、エクササイズの形を競技の動きに近づける(=特異的にする)ことがトレーニング効果を得るために重要であるという考えです。これは、私から言わせると間違った解釈です。一方、SAIDの原則では、「特異的(specific)」という形容詞は「適応(adaptation)」という名詞にかかります。つまり、身体に与えられたストレス(=トレーニング刺激)に応じて特異的な適応が引き起こされるという現象を説明しているのです。後者の解釈にもとづいて考えると、「競技力を向上させるためにこのような適応を引き起こしたい」という目標を競技のニーズ分析によりまずは特定し、そのうえでその適応を引き起こすために最も効果的かつ効率的なエクササイズを選択することになります。このエクササイズ選択のプロセスにおいて重要なのは、エクササイズによって引き起こされる特異的な適応が競技で役に立つかどうか、目標に合致するかどうか、という点です。エクササイズが競技の動きに似ているか似ていないかは問題ではありません。結果として、選択したエクササイズが競技の動作に似ていることはあるかもしれませんが、似ていること自体がエクササイズ選択の理由になっているようであれば、それは特異性の原則を間違って解釈・適用していると言わざるをえません。

 

非特異的なベーシックエクササイズだけやっていれば良いのか?

ではベーシックなエクササイズだけをやっていれば、競技力向上につながるのでしょうか?競技特異的なエクササイズは一切やる必要がないのでしょうか?これらの問いに対する私の答えは「場合による(けど、ほとんどの場合はやる必要ない)」です。レジスタンストレーニングの初級者・中級者にとっては、ベーシックなエクササイズを実施して、いわゆる一般的な体力を向上させるほうが競技力向上へのポジティブな効果が大きいでしょう。そして、世の中のアスリートの大部分はこの初級者と中級者のカテゴリーに分類されるため、ほとんどのアスリートにとっては、ベーシックなエクササイズ以上のことをやる必要性は低いと思います(ちなみに、ここで言う初級者・中級者というのはレジスタンストレーニングに関するレベル分けであって、競技そのもののレベルとはまったく別の話です。競技においては日本代表に選ばれるようなエリートレベルであっても、レジスタンストレーニングに関しては初級者ということもあります)。

一方、ベーシックなエクササイズをある程度マスターしているトレーニング上級者に関しては、いわゆる競技特異的なエクササイズの導入にチャレンジしてみるのもアリかもしれません。しかし、何度も説明している通り、「競技の動きに似ているから」というだけでは、競技特異的なエクササイズを導入する理由としては不十分です(たとえトレーニング上級者であっても)。実際の競技の動きのメカニズムをしっかりと理解したうえで、どの要素をどのように変化させればパフォーマンス向上につながりうるかを判断し、そのような特異的な変化を引き起こすエクササイズを選択する必要があります。さらには、その特異的なエクササイズを実施することで得られるポジティブな適応だけでなく、ネガティブな影響(例:技術的に変な癖がつくリスク)までを想定し、それらを秤にかけた上で、導入するかどうかを細心の注意を払って決定しないといけません。

競技レベル的にもトップのトレーニング上級者にとっては、多少の危険を冒してでも新しいトレーニングに挑戦しないといけない場面があるかもしれません。しかし、そのような重要な決定ができるのはアスリート自身、あるいは決定権を持った競技コーチであって、我々のようなトレーニングの専門家が積極的に競技特異的なエクササイズの導入を勧めるのには反対です。

 

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【編集後記】

私のスマホはiPhoneで、予定の管理はGoogleカレンダーを使っています。で、GoogleカレンダーのiPhone版アプリの提供が開始されたので、早速ダウンロードしてみました。今のところ、私の期待した使い勝手ではありません。今後、改良が進むことを祈ります・・・。

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  • 河森直紀(かわもり なおき) PhD, CSCS

    1979年10月17日 神奈川生まれ 埼玉育ち
    ストレングス&コンディショニング(S&C)コーチ。

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