今年の3月に、ハイパフォーマンススポーツカンファレンススペシャルセミナーが現地開催とオンデマンド配信で開催されました。
私は現地開催にも参加し、オンデマンド配信もすべての講義を2回以上視聴しました。
今回は全体のテーマが「パフォーマンス最適化のためのトレーニング負荷管理」というものでしたが、すべての講義を視聴して一番印象に残ったのは「インビジブルモニタリング(invisible monitoring)」というコンセプトでした。
昨日のセミナーで印象に残ったキーワードは「インビジブルモニタリング」だな。
invisible=見えない
つまり、特別な測定をすることなく、通常の練習やトレーニングの中で、テクノロジー等を活用しながら、自動的にデータ収集をする、ということ。 https://t.co/fcVOgY01hR
— 河森直紀 Naoki Kawamori (@kawamorinaoki)
複数の講師の方が、この「インビジブルモニタリング」というコンセプトに言及しており、スポーツ現場の最先端では当たり前になりつつある考え方なのだろうと感じました。
スポーツ現場における「インビジブルモニタリング」とは?
では、「インビジブルモニタリング」という言葉は、一体どういったコンセプトのことを指しているのでしょうか?
簡単に説明すると「特別な測定をすることなく、通常の練習やトレーニングの中で、テクノロジー等を活用しながら、自動的にデータ収集をする」ということです。
「invisible」という英単語は「見えない」という意味があります。
これをスポーツ現場におけるモニタリングの文脈で使うと、「測定をしていることが、アスリート側から見えない(わからない)」というイメージになります。
通常、アスリートの体力レベルや疲労状態etcをモニタリングするためには、測定をしてデータを収集する必要があります。
そのために、ジャンプ測定をしたり、1RM測定をしたり、Maximal Aerobic Speedの測定をしたり、スプリントタイムの測定をしたり、するわけです。
アスリートからすると、測定をされているというのが明らかなので、そういうタイプの測定は「visible(目に見える)」と呼ぶこともできるでしょう。
一方、通常の練習中やトレーニング中に、心拍計・GPS・加速度計・VBT機器等のテクノロジーを活用して、データを自動的に収集することも可能です。
そのようなやり方の場合、特別に測定をするわけではなく、通常通りに練習やトレーニングをやっているだけで、いつの間にかデータがとられていることになります。
だから、アスリート側からすると、測定されている感覚がない、すなわちinvisibleなのです。
※もちろん、細かいことを言えば、測定機器をアスリートに身に付けてもらったりするので、データ収集されていることはわかると言えばわかるため、完全にinvisibleなわけではないのですが・・・。
「インビジブルモニタリング」のメリット
スポーツ現場の最先端で活用されているということは、それなりにメリットがあるからのはずです。
では、「インビジブルモニタリング」のメリットとは何なのでしょうか?
私なりに思いついたことを挙げていきます。
- 練習やトレーニングの妨げにならない
- 頻繁に実施できる
- 選手やコーチから受け入れられる可能性が高い
練習やトレーニングの妨げにならない
いわゆる「visibleな測定」を実施する場合、練習やトレーニングの時間を削って測定を実施しないといけないことが多いでしょう。
これは大きなデメリットです。
測定をしても、それ自体はパフォーマンス向上には繋がりませんから。
パフォーマンス向上のためには、練習やトレーニングを実施するしかないので、その回数を減らさざるをえない、というのは大きなデメリットです。
また、「visibleな測定」の多くは、最大限の努力が求められます(例:1RM、スプリント)。
そのような測定を実施する場合、できるだけ疲労が残っていない状態で臨みたいので、測定日前の数日間は疲労を抜くために練習やトレーニングの強度や量を減らさないといけないかもしれません。
また、測定で最大努力を発揮した後は、通常よりも疲労が溜まったり筋肉痛が発生したりする恐れがあり、練習やトレーニングに悪影響を及ぼしえます。
となると、「visibleな測定」を実施する場合、測定日だけでなく、その前後数日間にわたって、練習やトレーニングにマイナスとなりかねないのです。
一方、「インビジブルモニタリング」においては、特別な測定をすることなく、通常の練習やトレーニングをする中で、テクノロジーを活用してデータを収集します。
したがって、上で述べたようなデメリットは発生しません。
練習やトレーニングの妨げにならないのです。
つまり、通常の(visibleな)測定にともなって起こり得るデメリットを避けることができる、というのが、「インビジブルモニタリング」のメリット、ということになります。
頻繁に実施できる
上で述べたように、「インビジブルモニタリング」は練習やトレーニングの妨げにならないからこそ、頻繁に測定を実施することができます。
究極的には、練習やトレーニングをするたびに、毎回何かしらのデータを収集することも可能です。
実際にはそこまで頻繁にやらなかったとしても、たとえば1週間に1回程度の頻度で測定ができれば、アスリートの体力レベルや疲労状態の変化を感知しやすくなるので、そのデータをもとに練習やトレーニング内容を適切に調整することができます。
そして、そのような調整が結果として、ケガのリスク低減や競技成績向上に繋がる可能性が高まるでしょう。
選手やコーチから受け入れられる可能性が高い
「インビジブルモニタリング」は練習やトレーニングの妨げにならないからこそ、選手やコーチから受け入れられる可能性が高いです。
しょっちゅう練習やトレーニングの時間を削って「visibleな測定」をしていたら、嫌がられてしまって、測定そのものをさせてくれなくなってしまうかもしれませんから。
また、改まって「測定」とか「テスト」とかをやるのを嫌がる選手は一部いるかもしれませんが、「インビジブルモニタリング」であれば通常の練習やトレーニングを実施するだけなので、そのような拒否反応を示されることもないでしょう。
「インビジブルモニタリング」のデメリット
「インビジブルモニタリング」に限らず、なんでもメリットとデメリットの両面が存在します。
それらを天秤にかけたうえで、それを採用するかしないかを判断することが大切です。
では、「インビジブルモニタリング」のデメリットとは、どのようなものが考えられるでしょうか?
- テクノロジーが必要(=お金が必要、使いこなすスタッフが必要)
- あくまでの最大値の推定にしかすぎない(場合が多い)
- 測定機器を身につけるのが不快な場合がある
テクノロジーが必要(=お金が必要、使いこなすスタッフが必要)
今回のブログで取り上げている「インビジブルモニタリング」というのは、比較的新しいコンセプトです。
たとえば10〜20年くらい前には、ほとんど耳にすることはありませんでした。
なぜかというと、実施するにはテクノロジーが必要だからです。
そして、10〜20年くらい前にはそのようなテクノロジーがまだ存在していなかった、もしくは、存在していたとしてもスポーツ現場で気軽に使えるようなものではなかった、ということです。
その頃と比べれば、テクノロジーの値段も安くなり、使い方も簡単になり、機器も小型化されて、スポーツ現場でも使いやすくなってきました。
それでも、テクノロジーを導入するためにはそれなりのお金がかかりますし、それを使いこなすスタッフも必要になります。
予算やマンパワーが十分にあるプロスポーツチーム等を除いては、テクノロジーが必要になる、というのが「インビジブルモニタリング」を導入するうえで大きな障壁になるでしょう。
あくまでの最大値の推定にしかすぎない(場合が多い)
とくに、アスリートの体力レベルを測定する場合、「インビジブルモニタリング」では最大値を直接測定しない場合が多いです。
最大下での努力、もしくは最大下の負荷を用いた測定をして、そのデータから最大値を推定するケースがほとんどです。
たとえば、最大筋力の評価のために1RM測定をする代わりに、最大下の負荷での速度をVBT機器を使って測定して、そこから最大筋力を推定してその変化をモニタリングするような形です。
「インビジブルモニタリング」のメリットの項で述べたように、最大努力が求められないからこそ、練習やトレーニングの妨げにならないし、頻繁に実施できるし、選手やコーチから受け入れられる可能性が高い、というメリットを享受できます。
しかし、それは裏を返せば、あくまでも最大値の推定にしかすぎないというデメリットでもあり、まさに表裏一体です。
測定機器を身につけるのが不快な場合がある
テクノロジーも進化していて、「インビジブルモニタリング」に必要な測定機器はかなり小型化してきています。
それでも、たとえば心拍計のストラップやGPSのデジタルブラジャー等を選手に見につけてもらわないといけないので、アスリートによっては不快に思う人もいるかもしれません。
その場合は、途中で脱いだり、そもそも身につけることを拒否されたりする可能性もあり、そうするとデータを収集することができなくなってしまいます。
まとめ
ハイパフォーマンススポーツカンファレンススペシャルセミナーに参加して気になった「インビジブルモニタリング」というコンセプトについて、私なりの解釈を紹介しました。
とても面白いコンセプトですし、スポーツ現場としては目指すべき理想的な方向性だと感じます。
その一方で、少なくとも現時点においては、実際に「インビジブルモニタリング」を実践できるのは、予算のある一部のプロスポーツチームや税金が投入されている国立スポーツ科学センターや大学等の研究機関に限られるでしょう。
なので、このブログ記事をお読みの方の大多数にとっては、あまり身近に感じられないトピックかもしれません。
それでも、「インビジブルモニタリング」というコンセプトについて知ることで、いわゆるこれまで実施されてきたような「visibleな測定」の問題点について認識をするキッカケにはなるはずです。
これを機会に、今実施されている測定が本当に必要な測定なのか、メリットとデメリットは何なのか、それを天秤にかけたうえでも実施すべきなのか、代替手段はないのか、等について、考え直していただければ幸いです。
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【編集後記】
フリーランスとして独立してから8年目がスタートしました。
もうそんなに時間がたったのか、というのが正直な感想です。
この間に、結婚して子供が生まれたり、新型コロナの感染拡大があったり、家を買ったり、といろいろあって、仕事についてはかなりセーブしながらここまでやってきました。
もろもろ落ち着いてきたので、もう少しアクセルを踏んでバリバリと仕事をしていこうかと考えています。