誰が最初に言い出したのか不明ですが、私の心に響いた英語の一文があります。
Athletes don’t care how much you know until they know how much you care
日本語にすると「あなたがどれだけの知識を持っていたとしても、あなたがアスリートを想う気持ちが伝わらないと、アスリートは見向きもしない」みたいな感じでしょうか。
われわれS&Cコーチは、トレーニング指導の専門家として、完璧なトレーニングフォームを教えこんだり、最高のトレーニングプログラムを作成したりすることに注力しがちですが、結局のところ、われわれが相手にするのはアスリートです。人間です。
したがって、自分たちが提供できる専門知識やスキルを最大限に活かすためにも、まずはアスリートからの信頼を勝ち取る必要があります。
アスリートからの信頼を勝ち取る
アスリートからの信頼を勝ち取る究極の方法は「結果を出すこと」です。
そして、アスリートにとっての結果とは「勝つこと」です。
トレーニングに真剣に取り組んでもらった結果、以前よりもケガをしなくなったり、勝てるようになったり、という目に見える結果を出すことができれば、アスリートはそのS&Cコーチのことを信頼するようになるはずです。
しかしながら、スポーツにおける勝ち負けには多くの要因が複雑に貢献しているので、トレーニングがうまくいったからといって勝てるようになるとはかぎりません。
また、たとえトレーニングの成果で勝てるようになるとしても、それまでには時間がかかります。
となると、「結果を出すこと」以外にもアスリートからの信頼を勝ち取る方法を模索する必要があります。
私は博士号を持っていますし、もともと論理的に物事を考えるのが得意なので、なぜトレーニングをやると競技力向上に繋がるのか、そして、なぜ私が提供するようなトレーニングをやってもらうのか、を筋道立ててアスリートに説明することはできます。
それで納得して私を信頼してくれるアスリートもいますが、これまでの経験上、そんなアスリートは少数派です。
他の多くのアスリートは、私がどれだけ論理的に説明しても「だから何よ?」みたいな反応をします。
まさに「Athletes don’t care how much I know」なんです。
となると、アスリートの信頼を勝ち取るのに重要なのは、われわれがアスリートのことを真剣に考えていて、競技力向上のお手伝いをしたいんだ、と本気で想っていることを知ってもらうことです。
つまり、アスリートへの愛です。
LOVEなんです!
愛だけではダメよ
アスリートへの愛は重要です。
それがないとアスリートからの信頼は得られないし、信頼を得られなければどれだけ知識やスキルがあっても無駄になります。
しかし、愛だけでもダメです。
たまにアスリートの応援団みたいなS&Cコーチを見かけます。
アスリートの試合結果をすべてフォローして、アスリートの一挙手一投足を見守っているみたいな。
それでアスリートの信頼を得ることができて、さらに適切なトレーニング指導をできているのであれば問題ないですが、ただの応援団になるだけではダメです。
S&Cコーチにとっての愛というのは、目の前のアスリートのポテンシャルを最大限に引き出せるように、トレーニング面で専門性を発揮してお手伝いをすることのはずです。
極端な話、アスリートへの愛という意味では親御さんにはかないません。
最強の応援団はアスリートの親御さんなんです。
だからと言って、親御さんが最高のS&Cコーチになれるかといえばそんなことはありません。
つまり、われわれS&Cコーチにとって、アスリートへの愛は必要ですが、その愛の形は親御さんのアスリートに対する愛の形とは異なるもの(専門性を発揮して競技力向上に貢献する)であっていいんです。
というか、ただの応援団に終わらないためには、異なるものじゃなきゃいけないんです。
愛と媚びるのは違う
アスリートへの愛は大切です。
信頼を得るという目的だけではなく、結果を出すためにも必要です。
目の前のアスリートに向き合い、そのアスリートの課題や特徴を把握し、競技スケジュールを調べて、それぞれの時期において適切なトレーニングを提供するという作業は時間もエネルギーもかかりますし、そもそもアスリートへの愛がなければできません。
愛だけではダメだけど、やはり結果を出すには愛が必要なんです。
教科書で習ったトレーニングをそのまま当てはめることができるシチュエーションなんて現場ではほとんどないので、そうなると、どれだけトレーニングを成功に結びつけることができるかは、目の前のアスリートや状況に対して向き合い、どうしたらいいのかをトコトン考えることが必要で、それがS&Cコーチとしての愛なんです。
しかし、愛と媚びるのを混同してはいけません。
たまに「体幹部のトレーニングだけしたいです」とか「競技の動きに特化したトレーニングがしたいです」と依頼をしてくるアスリートがいます。
アスリートからの信頼を勝ち取りたいという想いから、そうしたアスリートの要求にはぜんぶ応えてあげたいという気持ちになるのはわからなくもありません。
しかし、専門家の立場から考えてみると、これらの要求をそのまま受け入れたとしても、それはアスリートのためにはなりません。
競技力向上に繋がらないどころか、場合によってはマイナスになるリスクがあります。
したがって、なんでもかんでもアスリートの要求を受け入れるのは真実の愛ではありません。
それはアスリートに媚びているだけなのです。
真実の愛とは、そのようなトレーニングをしても競技力向上に繋がらないどころかマイナスになるリスクが高いことをアスリートに説明し、代わりに適切なトレーニングを提供することです。
それが専門家としてのプライドのはずです。
もちろん、説明の仕方に気をつける必要はありますが。
中には、そういう説明をしても納得してくれないアスリートもいます。
「体幹部のトレーニングだけしたい」「競技の動きに特化したトレーニングがしたい」ということで頭が固まってしまっていると、それを教えてくれないなら「もういいや!」となってしまうパターンです。
私は、そういうアスリートに対して、妥協したり媚びたりしても、お互いのためにならないと思うので、基本的にトレーニング指導をお断りします。
いきなりお断りすることはありませんし、しっかりと説明は尽くします。
そのうえで、納得してもらえないのであれば、お断りして他のS&Cコーチを探してもらったほうが本人のためでもあると信じています。
まとめ
プライベートにおいて私が愛する女性はただ1人ですが、S&Cコーチとしては複数のアスリートを愛することができます。
それでも、ひとりひとりのアスリートに真剣に向き合い、身体の特徴を把握して必要なエクササイズを選択したり適切なキューイングを与えたり、競技スケジュールを把握したうえでシーズンごとのトレーニング計画を立てたり・・・という作業をしっかりとやろうと思うと、私がひとりで担当できるアスリートの数は15~20人程度が上限かな〜と考えています。
もちろん、チームをまとめて担当するとなるとこの数は大幅に増えますが。
したがって、とにかく集客をしてトレーニング指導のクライアントの数をできるだけ増やそうとは思っていません。
ある程度、クライアント数を限定したうえで、既存のクライアントに最高のサービス(=愛)を提供し続けたいと思っています。
そして、数が限定されているからこそ、「体幹部のトレーニングだけしたい」「競技の動きに特化したトレーニングがしたい」みたいに頭の固まったアスリートを相手にしている余裕はないのです。
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【編集後記】
フェンシング西藤選手が今年の4月にジュニア世界選手権で銀メダルを獲得した時よりは、今回、世界選手権で銀メダルを獲得した時のほうがたくさん報道されているので、良かったな〜と思いました。
ドイツで開催中のフェンシング世界選手権男子フルーレ個人で、西藤俊哉選手が銀メダル、敷根崇裕選手が銅メダルを獲得しました。日本勢の個人種目でのメダル獲得は、2015年優勝の太田雄貴さんに続く快挙です。https://t.co/V2EyTRDaH4 #フェンシング #がんばれニッポン
— 日本オリンピック委員会(JOC) (@Japan_Olympic)