前回のブログで、日本のプロ野球の秋季キャンプの是非について取り上げました。
このブログを書こうと思ったのは、ソフトバンクの秋季キャンプに、米国シアトルのトレーニング施設「ドライブライン・ベースボール」というところからスタッフが招かれることを報じた記事を読んだのがキッカケでした。
私は「ドライブライン・ベースボール」なる施設については詳しくないのですが、「weighted ball」と呼ばれる通常の野球のボールよりも重いボールを使ってトレーニングをするのが1つの特徴のようです。
本ブログをお読みの方であればお察しのとおり、私は「競技特異的トレーニング」なるコンセプトが嫌いです。
いわゆる「トレーニングの動きを競技の動きに近づければ、トレーニング効果が競技力向上に直結する」という誤った考えが背景にあるトレーニング全般を、私は「競技特異的トレーニング」と捉えています。
そのような「競技特異的トレーニング」が効果があるとは考えづらいし、逆にケガのリスクが高くなったり、技術が崩れたりする危険性があると思っています。
「ドライブライン・ベースボール」が提唱している「weighted ball」を使ったトレーニングというのは、私から見るとまさに「競技特異的トレーニング」の1種です。
もし「野球のピッチング動作に特異的な筋力を鍛えるためにweighted ballを使うんだ!」ということであれば、私は全面的に反対です。
その一方で、最近は私も少し丸くなり(注:体型ではなくて考え方が)、競技動作に外的な負荷をかけるのは何が何でもNGとは思わなくなりました。
体力を向上させるための「トレーニング」としては依然としてNGですが、技術を向上させるための「練習」の一環としてやるなら、条件付きでアリだと考えています。
» 参考:競技動作に外的な負荷をかけるのは、練習の一環としてやるならアリだけど、体力向上のためのトレーニングとしてはナシ
とはいえ、だからといって目的が技術の向上であれば、競技動作に外的な負荷をかけるのがすべてOKだとは思いません。
ケガの危険性がないかどうか、逆に技術が崩れてしまう恐れはないかどうか、といったところは最新の注意を払って検討しておく必要があります。
「weighted ball」を使用したピッチング「練習」にこのようなリスクはないのかな〜と疑問に思っていたところ、以下のようなツイートを目にしました:
ドライブラインでやっている重いボール(Weighted Baseball)の効果に関する論文が2018年に学術雑誌”Sports Health”で発表されています。
6週間のトレーニングで3.3%の球速の増加が認められました。一方で、トレーニングを行った24%が肘に障害を負っています。— 神事 努 (@TsutomuJinji)
「お、これは面白そうだな!」と思い論文を探して読んでみました。
せっかく読んだことだし、興味を持ちそうなブログ読者も多そうなので、論文レビューをすることにしました。
論文の内容
研究プロトコル
13歳から18歳までのピッチャーがオフシーズン中に被験者として研究に参加した。
この被験者たちは、研究に参加する前の12ヶ月間、利き腕にケガをしたことがなかった(つまり、研究に参加した時点では健康な状態だったということ)。
被験者は2つのグループにランダムに分けられて、6週間に渡って以下の練習・トレーニングを実施した:
- コントロール群(19名):S&Cトレーニング(筋トレ含む) + 投球プログラム
- トレーニング群(19名):S&Cトレーニング(筋トレ含む) + 投球プログラム + 「weighted ball」スローイングプログラム
つまり、両グループともS&Cトレーニング(筋トレ含む)と投球プログラムを実施した点は共通しており、トレーニング群はそれに加えて「weighted ball」を使用したスローイングプログラムを実施したということ。
「weighted ball」スローイングプログラムは週3回実施され、「片膝立ち・両足とも床についた立った状態・助走あり」の3つのポジションから、2・4・6・16・32オンスの「weighted ball」を投げるような内容だった。
この6週間のトレーニング期間の前後に、投球速度や柔軟性、筋力等の測定を実施した。
また、この6週間のトレーニング期間だけでなく、その後のシーズン中におけるケガの発生についても追跡調査が実施された。
結果
主だった内容だけ抜粋します。
トレーニング群は6週間の前後で投球速度を有意に増加させた(+3.3%)が、この変化量は、コントロール群と比較して有意な差は見られなかった。
トレーニング群において4件の肘のケガが発生した。そのうち2件は6週間のトレーニング期間中に発生し、残りの2件はその後の野球シーズン中に発生した。
コントロール群ではケガをした被験者はいなかった。
考察
トレーニング群は球速を6週間の前後で有意に増加させていますが、コントロール群との比較においては、統計学的に有意な差は見られていないので、研究の観点でいうと「weighted ball」を使用したスローイングプログラムを実施したほうが、球速がUPするとは言えません。
ただ、統計学的に有意かどうかは1つの指標にすぎないので、それとは別に、現場の感覚として変化の大きさを見比べてみることも大切です。
トレーニング群は球速が6週間で3.60km/h向上していて、コントロール群は1.08km/h向上しています。
見方によっては、たった6週間でこれだけの差が生まれるのであれば、「weighted ball」を用いたスローイングプログラムを実施する意味があると解釈する人もいるかもしれません。
その一方で、球速のデータよりも気になるのが、ケガの発生率のデータです。
コントロール群ではケガが発生しなかったのに対して、トレーニング群では肘のケガが4件発生しています。そのうちの1件は手術が必要なほど深刻なケガであり、選手は手術を選択せず引退することを選んだとの記述も論文中ではなされています。
6週間という短期間のプログラム実施が、これだけの数のケガに繋がった可能性があるということは、もっと長い期間実施したり、何年間も続けてオフシーズンに繰り返し実施したりしたら、もっとケガが発生するのではないかという懸念があります。
まあ、練習であれトレーニングであれ、何らかの身体活動を実施すればケガのリスクがゼロということはありえないので、「weighted ball」を用いたスローイングプログラムを実施するか否かについても、プラスの効果と怪我のリスクを天秤にかけて、各自で判断するしかありません。
私の立場では絶対にやらせないです。
ただ、アスリート本人がリスクを負ってでも球速UPしたい、と自己責任でやるなら止めようがないですが。
Limitations
年齢が13歳から18歳までという比較的若い野球選手を対象に実施した研究なので、その結果が18歳以上の野球選手にも当てはまるかどうかは不明です。
また、「weighted ball」とはいえ、通常のボール(5オンス)よりも重いボールだけでなく、それよりも軽いボール(2・4オンス)も使っているので、必ずしも通常のボールよりも重いボールを使ったことが原因で、この研究で見られた結果が発生したとはいえません。
さらにいうと、トレーニング群が実施した「weighted ball」スローイングプログラムと全く同じ内容を、通常の重さのボールを用いてコントロール群が実施したわけではないので、両グループ間で見られた「差」が、ボールの重量によるものと断定することができないというのは、この研究のデザインの限界でもあります。
あくまでも、トレーニング群は「weighted ball」を用いたプログラムを追加で実施したという点がコントロール群とは異なるだけなので。
もしかしたら、通常の重さのボールを用いて「片膝立ち・両足とも床についた立った状態・助走あり」の3つのポジションから投げるような同様のプログラムを実施したら、たとえばトレーニング群と同じくらいケガが発生していたかもしれません(ならなかったかもしれないですが)。
グループ間で見られた「差」が、通常のボールとは異なる重量を用いたことが原因なのか、スローイングプログラムの内容が原因なのか、この研究で用いられたデザインでは判断することができないということです。
さらに言うと、「weighted ball」を用いたプログラムを“追加で”実施したことで、総トレーニング量が増えたことで疲労が過剰に蓄積したのがケガの原因である可能性もありますが、これもまた、今回の研究のデザインでは判断することができません。
まとめ
この研究1つの結果だけを持ちだして、「weighted ball」を用いたプログラムの有効性や危険性について結論を出すことはできません。
したがって、今後、同じトピックについてさまざまな条件下でさらなる研究がされて、データがもっと蓄積されていくことが望まれます。
とはいえ、現時点で得られるデータをもとに私なりの決断を下すとするならば、「weighted ball」を用いたプログラムをやらせることはありません。
「競技特異的トレーニング」としては論外ですし、たとえ技術を向上するための練習の一環として、通常とは異なる重さのボールを使用することが役に立つとしても、ケガのリスクがありすぎます。
やはり、練習の一環としてやるにしても、競技動作に外的な負荷を加えることは、最新の注意を払って実施の有無を決める必要があります。
ただし、アスリート本人がリスクを負ってでも球速UPに競技人生をかける、と言ったら、私は止めようがありません。
※ちなみに、「weighted ball」を用いたスローイングトレーニングを私だったら実施しないということを主張しているだけであって、「ドライブライン・ベースボール」の手法全般について批判しているわけではありませんのでご注意ください。
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【編集後記】
昨日は「S&Cバイオメカニクス入門セミナー」を実施しました。
過去に他のセミナーにご参加いただいた方もいて、今回初めて私の自主開催セミナーに参加される方もいて、講師としてはとても楽しくお話をさせてもらいました。
やはり参加人数を少なく限定して、質疑応答の時間も十分設けたほうが、参加者の方の満足度も高くなるのではと感じたセミナーでもありました。
自主開催セミナーを始めてから、試行錯誤をしてその形式をいろいろと工夫してきましたが、だいぶ理想的なものに近づいてきたと感じています。