#164 【学術論文の読み方】研究デザインについて

公開日: : 最終更新日:2016/09/16 論文の読み方


 

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エビデンスに基づいたトレーニング指導について、このブログでも過去に何回か記事を書きました。

一言に「エビデンス」と言ってもその種類は多岐に渡りますが、「エビデンス」と聞いて一番最初に思い浮かぶのは科学的な研究データでしょう。ここでいう科学的な研究データは、通常ジャーナルと呼ばれる学術雑誌に掲載される学術論文のことを指します。

学術論文は基本的に英語で書かれているので、読んで内容を理解するだけでも一苦労です。しかし、ただ読んで理解するだけでは不十分で、その研究に関する実験方法や分析手法、データから導かれた結論等が適切かどうかについて、批判的な目で判断することが必要とされます。

今日は「研究デザイン」というトピックに絞り、学術論文を批判的な目で読むとはどういうことかについて、簡単に例を紹介したいと思います。

 

 

研究デザインについての例

例えば、スレッド走(重りを乗せたそりを引っ張って走るトレーニング)というトレーニング手法がスプリント加速能力(例:20 m走)の向上に効果があるかどうかを調べるとします。そのために適切な研究デザインについて、いくつかの例を挙げて説明をしながら考えていきます。

 

①スレッド走トレーニングを3ヶ月間実施し、その前後で20 m走のタイムを測定し、タイムが速くなったかどうかを調べる

仮に、トレーニング前は3.00秒だったのが、トレーニング後は2.80秒に変化したとします。この結果をもとに「スレッド走トレーニングをしたら0.20秒も速くなったから、スレッド走はスプリント加速能力の向上に効果がある」という結論を出している論文があったらどう思うでしょうか?

「批判的な目」を持たず受け身な気持ちでそのような論文を読んだら、「ふーん、そうなんだー。じゃあスレッド走をトレーニングに取り入れよー」ってことになりかねませんが、それは間違いです。なぜなら、この研究デザインでは、20 m走のタイムが速くなった理由をスレッド走に限定することができないからです。

例えば、この研究の被験者が小学校高学年の生徒だったら、成長期真っ盛りなのでトレーニングに関係なく何もしなくても3ヶ月たてば自然に足が速くなる可能性があります。あるいは、被験者がプロラグビー選手で、オフシーズン準備期の3ヶ月を使ってこの研究に参加したとします。その場合、ラグビー選手はスレッド走以外にも、ウエイトトレーニングやスプリントトレーニング、ラグビーそのものの練習等、さまざまな活動を実施しているはずなので、3ヶ月で20 m走のタイムが向上したとしても、その理由をスレッド走に限定することはできません。

したがって、たった1つの被験者グループに一定期間トレーニングをさせて、その前後で20 m走のタイム変化を調べるという形のこの研究デザインでは、スレッド走がスプリント加速能力の向上に効果があるかという疑問に答えることはできないのです。

 

②被験者を2つのグループに分け、1つのグループにはスレッド走トレーニングを3ヶ月間実施させ、もう1つのグループ(コントロール群)にはスレッド走を実施させず、その前後で20 m走のタイムを測定し、前者のグループのほうが後者のグループよりもタイムが速くなったかどうかを調べる

①の弱点をカバーするのが、こちらの研究デザインです。

仮に、スレッド走を実施したグループがトレーニング前後で20 m走のタイムを3.10秒から2.80秒に縮めて(マイナス0.30秒)、コントロール群は3.10秒から3.00秒に縮めたとすると(マイナス0.10秒)、かなりの自信を持って0.20秒のタイム短縮の差はスレッド走によるものだろうと推測することが可能となります。ただし、スレッド走をやるかやらないかということ以外の活動に関して、2つのグループ間で大きな差がないのが条件となります。

例えば、同じチームに所属するプロラグビー選手を2つのグループに分けて、ウエイトトレーニングやスプリントトレーニング、ラグビーそのものの練習等については両グループとも同じものを実施させ、唯一の違いがスレッド走をやるかやらないかだけという状況を作り出す必要があるのです。その場合、トレーニング前後の変化率の2グループ間の差を計算することで、スレッド走以外の要因による変化が相殺されるため、その差がスレッド走によるものと自信を持って言えるのです。

研究者としては、この段階で「スレッド走はスプリント加速能力の向上に効果がある」と結論づけて、満足してしまう人もいるでしょう。しかし、S&Cコーチとしては、まだ不満足です。その理由は次の研究デザインを見ればわかります。

 

③被験者を3つのグループに分け、1つのグループにはスレッド走トレーニングを3ヶ月間実施させ、2つ目のグループにはスレッドを引っ張らずに通常の(負荷なし)スプリントトレーニングを3ヶ月間実施させ、3つ目のグループはコントール群としてスプリントトレーニング(負荷ありなし関係なく)を実施させず、その前後で20 m走のタイムを測定し、3つのグループ間でタイムの変化を比較する

仮に、1つ目のグループがトレーニング前後で20 m走のタイムを3.10秒から2.80秒に縮めて(マイナス0.30秒)、2つ目のグループが3.10秒からから2.80秒に縮めて(マイナス0.30秒)、コントロール群は3.10秒から3.00秒に縮めたとします(マイナス0.10秒)。

この場合、スレッド走トレーニングと負荷なしスプリントトレーニングはどちらもコントロール群と比較して、効果があると言えるでしょう。しかし、両者の間には差がありません。つまり、わざわざ重りを乗せたスレッドという外的な負荷をかけなくても、普通にスプリントトレーニングを実施すれば同様の効果が期待できるということです。

研究者としての結論は、両者のトレーニング効果に統計的有意差なしということになります。科学の世界ではそれはそれで良いのでしょう。しかし、S&Cコーチとしては、実際のトレーニングでどちらの手法を採用するかを判断する必要があります。この判断は科学ではなくコーチングの領域になります。

私が個人的に判断すると、そりを用意したり重りを乗せたりする手間を考えると負荷なしのスプリントトレーニングを実施したほうが効率的だからそちらを選択するということになります。

場合によっては、スレッド走という目新しいトレーニング手法を取り入れることでアスリートのモチベーションが上がるから手間をかける価値があるという判断をすることもあるでしょう。あるいは、エクササイズバリエーションを考慮して、スレッド走と負荷なしスプリントトレーニングを1ヶ月毎に交互に実施する等のアイデアもありかもしれません。ここに正解はありません。

 

 

まとめ

学術論文の読み方を一切知らない人であれば、①の研究デザインを用いた研究結果を読んで、そのまま信じてしまうでしょう。基礎的な学術論文の読み方の知識をお持ちの人であれば、②の研究デザインのようにコントロール群と比較することの重要性をご存知でしょう。しかし、それだけでは不十分です。浅いです。さらに深く物事を考えられる人であれば、③の研究デザインを用いて実施した研究の結果を読むまでは、スレッド走を取り入れるかどうかについて最終的な判断をすることはできないはずです。

残念ながら、②の研究デザインを用いて実施した研究の学術論文において、著者が「スプリント加速能力を向上させたいなら、スレッド走を実施するべきである」みたいな結論を書いていることが結構あります。そんな学術論文を読んでいるときは「いやいや、この研究デザインだとそんなこと確信を持って言えないでしょ〜」と心のなかでツッコミを入れてしまいます。しかし、実際のところ、そんなツッコミを入れたくなる論文が多いのが現状です(科学を信用しすぎてはいけません!)。

そういった論文では、研究手法や研究結果そのものにはそれほど問題なくても、それをどのように解釈するかというで問題があるという傾向があります。意外に研究者の主観が入り込んでしまうことが多いのです。だから研究者を盲目的に信用せず、自分でしっかり判断する必要があるのですが、学術論文を批判的な目で読む能力の無い人が読んだ場合は、著者による解釈をそのまま受け入れてしまうことになるでしょう。これではダメです。そんなんじゃエビデンスに基づいたトレーニング指導なんてできっこありません。ちょっと厳しい意見かもしれませんが、それが事実だと思います。

もし、エビデンスに基づいたトレーニング指導をしたいのであれば、学術論文を批判的な目で読む能力を身につけてください。そのために一番オススメなのは、大学院で研究手法について学び、自分自身で研究をやってみて、それを学術論文としてまとめて、ジャーナルに投稿してみることです。やはりそのプロセスを自分で体験してみないことには、科学論文を読んでその背景まで想像して批判的に解釈するのは難しいでしょう。

「いやいや、大学院に通って勉強して研究する時間もお金もないよ〜」という人もいるかもしれません。しかし、世の中には大学院まで行って修士号を取得した上で活動しているS&Cコーチはたくさんいます。また、オーストラリア等では博士号まで取得するS&Cコーチが最近ドンドン増えています。時間もお金もかけずに、そのようなS&Cコーチ達と同じ舞台でエビデンスに基づいたトレーニング指導を標榜するのはどうなのかなと思います。

もし、そこまでやる決意がないのであれば、批判的な目で科学論文を読むことのできるスポーツ科学者を見つけて、メンターあるいはコンサルタントになってもらうようお願いして、科学面でのアドバイスを仰ぐという方法もありでしょう。しかし、ある程度現場でのトレーニング指導の経験があって、実践的な感覚を持ったスポーツ科学者(しかもS&C分野に特化した)は世界を探してもそれほどたくさんいません。ましてや、日本にそんな人がどれだけいるのか、疑問です。そんなレアな人材を探す時間とエネルギーがあったら、自分で勉強しちゃったほうが手っ取り早いと思うんですけど、どうでしょう?

 

 

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【編集後記】

先日、TPI認定ゴルフフィットネスインストラクタープログラムLevel1セミナーというものに参加しました。そして、オンラインで認定試験を受けて、TPI CGFI [Level 1]ライセンスを取得しました。セミナー報告としてその内容をブログに書こう書こうと思いつつ、先延ばししていますが、そのうち書きたいと思います。どんなセミナーか興味をお持ちの方はコチラを参考にしてみてください。

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  • 河森直紀(かわもり なおき) PhD, CSCS

    1979年10月17日 神奈川生まれ 埼玉育ち
    ストレングス&コンディショニング(S&C)コーチ。

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