前回予告した通り、今日は私が大学院博士課程でやった研究のうち、1つ目の実験について紹介します。
論文の内容
研究プロトコル
スプリント加速能力(短い距離のスプリント能力=10m走のタイム)において、地面反力の発揮パターンとパフォーマンスの関係を調べた。
フォースプレートを用いて、10m走開始直後の1歩目と、スタートから8m地点において、地面反力を計測した。
地面反力を分析して力積(resultant impulse)、力積の垂直成分(vertical impulse)、力積の水平成分(net horizontal impulse)、力積の負の水平成分(braking impulse)、力積の正の水平成分(propulsive impulse)を計算し、10m走タイムとの相関を調べた。
結果
10m走のタイムと統計学的に有意な相関関係が見つかったのは、スタートから8-m地点におけるnet horizontal impulse(r = -0.52)とpropulsive impulse(r = -0.66)であった(相関係数がマイナスという事は、10m走が早い人(タイムが小さい人)はより大きな力積を発揮する傾向がある事を示している)。
一方、スタート後1歩目の地面反力分析からは、有意な相関関係が見つからなかった。
考察
おおざっぱに言うと、10m走が早い人は水平方向により大きな力積を発揮する傾向がある、ということです。
resultant impulseとvertical impulseの相関係数がプラスである点と合わせて判断すると、スプリント加速において重要なのは、地面に対して「より大きな」力積を発揮する事ではなく、力積を発揮する方向を「より水平に」傾ける事であると推測されます。
問題点(裏話)
しかし、上記の考察が当てはまるのはスタートから8m地点でのデータに関してだけで、スタート後1歩目のデータからは何も言えません。
なぜスタート後1歩目に計測した地面反力の分析からは同様の傾向が見られなかったのか?
恐らく、スプリントのスタート方法として「Parallelスタート」を採用したからです。
Parallelスタートにおいては、両足を前後に開かず、左右に平行に揃えた状態からスプリントを開始します(詳しくはコチラ)。
このような方法でスタートした場合、その直後の数歩においては接地時に接地点と身体重心の水平方向の距離が短いため、水平方向に力を発揮するのが難しくなります。
それが、スタート後1歩目の地面反力(特に水平成分)と10m走のタイムの間で統計学的に有意な相関関係が見つからなかった理由の1つと考えられます。
じゃあ、なぜParallelスタートを採用したのか?
それは10m走タイム測定のreliability(信頼性)を上げるためです。
本研究では10m走タイムを光電管を用いて計測しました。
光電管を用いる場合、タイム計測は最初のゲートを切った時点で開始されるのですが、両足を前後に開いた「Splitスタート」を用いてスプリントを開始すると、最初のゲートを切る前に身体を一度後ろに振って、それを前方に戻す勢いを使う事ができます。
この場合、最初のゲートを切った時点である程度の速度を持っている事になりますが、この勢いの使い方によって実際の計測タイムの値がばらついてしまい、reliabilityが低くなると考えられるので、Parallelスタートを採用したという経緯があります。
本当の事を言うと、Parallelスタートは不自然なスタート方法で実際の競技ではそのようなスタート方法を取る事はあまりないので、個人的にはSplitスタートを採用したかったのですが、教授から「それじゃあreliabilityが低くなる恐れがあるからParallelスタートにしろ」と言われて従ったという裏話があります。
やはり学生時代はPhDを取得するのが何よりも重要で、そのためには教授に逆らうなんて事はできなかったので、個人的なこだわりを捨てたと言う事です。
今後、他の人がこの研究と同じ実験をスプリットスタートを用いてやってくれたらいいな〜と思っているところです。
まとめ
以上がこの研究の結果です。
この結果にもとづいて、「地面反力の力積をより水平方向に傾けて、より大きな水平方向の力積を発揮する能力を鍛えるトレーニングをすれば、スプリント加速能力も向上するのではないか」と仮説を立てました。
そして「地面反力の力積をより水平方向に傾ける能力を鍛えるトレーニングってなんだろうな〜」と考えて、スレッド走トレーニング(weighted sled towing)に着目して、博士研究の2番目と3番目の実験ではweighted sled towingに関して調べました。
ここで注意が必要なのは、「地面反力の力積をより水平方向に傾ける能力を鍛えれば、スプリント加速能力も向上する」というのは、この段階ではあくまでも仮説に過ぎないという事です。
今回の研究結果からはこの仮説は証明できません。
なぜなら相関関係は必ずしも因果関係を説明するものではないからです。
これは英語圏の統計学の世界では「Correlation does not imply causation」と言われているコンセプトで、相関関係を調べた研究を読む場合は常に意識しないといけない重要な考え方です。
例えば、スクワット1RMとスプリント能力の間に相関関係が見つかったからといって、スクワットをガシガシやって1RMを向上させたらスプリント能力もアップするとは限らないのです。
直感的には理解するのが難しいコンセプトですが、統計学的にはそういう事なんです。
そういうものなので、そういうものと受け止めるしか仕方ありません。
わかりやすい例え話をすると、小学校1年生から6年生まで全生徒を集めて共通学力テストを実施したとします。
それと同時に、全生徒の上履きのサイズを調べたとします。
ここで、テストの点数と上履きのサイズの間の相関関係を調べたら、統計学的に有意な値が出る可能性が高いでしょう。つまり、上履きのサイズが大きいほうがテストの点数が高い傾向があるという事です。
じゃあ、今まで履いていたよりも大きいサイズの上履きを買ってきてそれを履いたら魔法のようにテストの点数も上がるのかというと、そんな事はないでしょう。
つまり、相関関係があるからといって、因果関係があるとは限らないのです。
この例え話の場合は「年齢」がキーワードです。
共通のテストをやったら年齢が上の生徒のほうが良い点数を取る可能性は高いし、年齢が上の生徒のほうがサイズの大きい上履きを履いている可能性も高いのです。
見方によっては、相関関係を調べている研究はすべて「仮説を生み出す研究」であると言っても過言ではないでしょう。
まずは相関関係で当たりをつけておいて、その後、実際にトレーニング研究をやってみて因果関係の有無を調査するといった感じです。
逆に言うと、相関関係があるから因果関係もあるぞ的な主張をしている人がいたら疑ってかかったほうが良いでしょう。
統計学もしくは研究のイロハを理解していない人かもしれません。
あるいは、理解しているのに、自分の主張を正しく見せるために意図的に相関関係=因果関係という主張をしている胡散臭い人かもしれません。
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【編集後記】
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