ここ数年間は英語圏において「Velocity Based Training (VBT)」なるコンセプトが流行っています。
簡単に説明すると、ウエイトトレーニング中にバーベル等の速度(velocity)を測定して、そのデータをいろいろ活用しましょうというコンセプトです。
VBTについては過去のブログでも軽く触れています。
» 参考:Velocity Based Training(VBT)が流行っているけど、その前に正しいフォームの習得を優先したほうがいいんじゃないかしら?
上記のブログ記事では、VBTは面白いコンセプトだけど、まずはウエイトトレーニングの正しいフォームを優先しましょう!と主張しました。
この主張には大きくわけて2つの意味合いがあります:
- 意味その①:VBTという新しいコンセプトやそれに必要な最新ハイテク機器に興味を示すのはいいけど、まずは「正しいウエイトトレーニングのフォームを指導する」というS&Cコーチにとっての基礎的なスキルを身に付けましょう(逆に言うと、これが身に付いていないのにVBTがどうとか言って最先端を走っている感を出している輩が多い)
- 意味その②:VBTを強調しすぎると、ウエイトトレーニング中のアスリートの意識が「速度を出すこと」に集中しすぎてしまい、その結果としてフォームが崩れて狙ったトレーニング効果を引き出すことができなくなる恐れがある
以前のブログ記事では、前者の意味合いを強調して書きました。
今回は、後者の意味合いにフォーカスして、議論を展開してみたいと思います。
コンセントリック局面で挙上スピードを意識させすぎない
ウエイトトレーニング中の速度は、エキセントリック局面とコンセントリック局面とにわけて考えることができます。
VBTはコンセントリック局面に活用されることが多いので、今回はコンセントリック局面での速度に焦点を絞って話を進めます。
私は、以前は、ウエイトトレーニングのコンセントリック局面では「爆発的に素早く」挙上しようとする意識が重要であると考えていました。
» 参考:【月刊トレーニング・ジャーナル記事転載⑦】ストレングストレーニング時のフォームと速度
しかし、今では考えが少し変わり、ウエイトトレーニング指導時にはコンセントリック局面の速度はそれほど強調していません。
理由を説明します。
まず、私が教えるウエイトトレーニングでは、狙った筋群に刺激を入れて狙ったトレーニング効果を引き出すために、ある意味、非常に面倒くさい(非効率的な)フォームを教えています。
たとえば、スクワットにおいて、ケツ(臀筋群)を中心に身体の後面の筋群を強調して使うようなフォームを教えており、これはできるだけ重い重さを持ち挙げるための力学的効率のよいフォームとは大きく異なります。
» 参考:できるだけ重い重量を挙げるためのフォーム vs. できるだけ健康的に効率よくトレーニング効果を上げるためのフォーム
アスリートの多くは、競技の動きの中でケツを適切に使うことができずに、もも前の筋肉ばかり使ってしまう傾向があります。
できるだけ高く跳ぶ、速く走る、素早く方向転換する、という目的を達成しようと全力で動くと、身体が自然にもも前の筋肉を使う癖があるということです。
トレーニング指導者の立場から言うと、もも前の筋肉ばかり使っちゃうと膝に負担がかかるので、できるだけケツも使うようにしてほしい。
でも、競技中に「ケツを使わないと」なんて意識している余裕はないし、そんなこと考えていたら負けてしまいます。
だからこそ、競技から離れて、練習とは別にウエイトトレーニングをやって、ケツを意識してもらい筋力を高めてもらう必要があるのです。
» 参考:【アスリート向け】元競泳選手の北島康介さんが語る「陸トレの効果の捉え方」が絶妙!!
そもそもケツを使えないアスリートにとって、私が教えるケツを使うスクワットのフォームは非常に面倒くさいものです。
めちゃめちゃ意識しないと、もも前を使ってしまうフォームになってしまいます。
そっちのほうがアスリートにとっては自然だしラクだし重いのも挙げられるので。
でも、それじゃあ意味がないのです。
ウエイトトレーニングでは、あえて面倒くさいフォームでやってもらってケツを強制的に使わせる、そして、そのことによってケツの筋力を向上させる。
そうすることによって、ウエイトトレーニングで培った筋力や動作パターンが、競技の動きの中で発揮されやすくなるのです。
GS Peformance加賀さんが言うところの「鉄を鋳に入れるようなもの」というやつです(個人的にこの表現すごい好きです)。
参考 スクワットに関してGS Performanceブログ
で、そのような「鉄を鋳に入れる」作業をやっている時に、「爆発的に素早く」挙げましょうと指示をして速度を意識させてしまうと、どうなるでしょうか?
おそらく、昔の動作パターンに戻って、ケツを使わずにもも前の筋肉をメインで使う動きになってしまうでしょう。
そちらのほうが、「爆発的に素早く」挙げるという目的には合っているからです。
そして、高速動作中にケツを意識することが難しいからです。
しかし、これでは、せっかく練習とは別にウエイトトレーニングをやっているのに、その目的が台無しになってしまいます。
したがって、今では、コンセントリック局面における挙上スピードを意識させるような声がけは、あえて避けるようにしています。
代わりに、狙ったトレーニング効果を引き出すためのフォームに導くようなキューイングを与えるよう意識しています。
爆発的パワー向上エクササイズの場合は話が別
ただし、爆発的パワー向上を目的として、比較的軽い負荷を用いて実施するようなエクササイズ(プライオメトリクス、バリスティックトレーニング、ウエイトリフティング)においては、「爆発的に素早く」挙げることが、狙ったトレーニング効果(生理学適応)を引き出すためのトレーニング刺激として重要なので、話は別です。
コンセントリック局面における速度を意識するよう声がけをします。
ただし、「鉄を鋳に入れる」作業がまったく進んでいない状況で速度を意識させてしまうと、たとえば下半身の例で言えば、ケツが使えずもも前の筋肉ばかりを使ってしまう好ましくない動作パターンが出てしまう可能性は高いです。
したがって、まずは筋力や筋肥大の向上を目的としたウエイトトレーニングで、面倒くさいフォームを徹底して指導し、「鉄を鋳に入れる」作業を進めておくことが大切です。
そして、その作業がある程度進んだ段階で爆発的パワー向上のためのエクササイズを導入すれば、「爆発的に素早く」挙げるよう指示しても、身体に染み込んだ新たな動作パターンが高速度動作中にも発揮されやすくなっているはずです。
まとめ
ある一定の条件が満たされた場合においては、ウエイトトレーニング中に速度を意識させること、そしてVBTのようにハイテク機器を用いて挙上速度を測定することは意味があります。
しかし、その条件が何なのかがわかっていなかったり、その条件が満たされていなかったりする状況下で、VBTのコンセプトを強調してしまうと、フォームが崩れて狙ったトレーニング効果を引き出すことができなくなる恐れがあるのではないかと危惧しています。
速度を強調する前に、まずは「鉄を鋳に入れる」作業を優先して、健康的な動作パターンを身体に染み込ませてあげることが大切です。
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【編集後記】
高校野球で花咲徳栄高校が優勝しました。おめでとうございます!
こんなクソ暑い中野球をやらされて高校球児は大変だな〜と思うし、みんな坊主にさせられるのも個人的には嫌いなんですけど、最近はひとりのエースにすべての試合を投げさせるような虐待まがいの行為が減って、複数のピッチャーを交代で登板させるチームが増えてきたようで、そういった変化は好ましく感じます。
「昔からこうやってきたから」みたいな理由にもなっていない理由で、理不尽なことをやらされる文化がどんどん減っていけばいいなと思います。