以前のブログで「股関節前部のつまり感」について書きました。その中で、femoral anterior glide syndromeというコンセプトを紹介して、筋力やmotor control(運動制御)あるいは関節のstiffnessの相対的なinbalanceが原因で、股関節屈曲時に大腿骨頭が前方に移動してしまいインピンジメント(はさみこみ)が起こっている可能性があると述べました。
その一方で、これらの要素とは別に、骨の形態異常が原因で大腿骨頭と寛骨臼の間でインピンジメントが起こるfemoroacetabular impingement(FAI)という病態についても軽く触れました。今回はこのFAIについて、もう少しだけ詳しく書きたいと思います。
FAIとは?
FAIとは、股関節(特に大腿骨頭(femoral head)と寛骨臼(acetabulum)の間)で起こるインピンジメントの事で、股関節痛を引き起こします。このインピンジメントにより、関節唇損傷や軟骨損傷等が起こる可能性があります。特に股関節の内旋と屈曲を伴う動きで痛みが生じ、サッカーやアイスホッケー、野球の選手に多いと言われています。本人の自覚症状がない場合でも、CTスキャンやMRIで調べてみると、FAIが起きているという事も多いようです。FAIの起こる原因はまだよくわかっていません。
FAIの種類
FAIには主に3つの種類があります。1つめは、大腿骨頭から頸部にかけての部位の骨形態異常(ボコっと出っ張る)によりインピンジメントを引き起こすCAMインピンジメント。2つめは、寛骨臼蓋の骨棘や形態異常(屋根が通常より長く覆いかぶさっているイメージ)によりインピンジメントを引き起こすPincerインピンジメント。そして3つめは、CAMとPincerの両者が合併しているMixedタイプ。数としては、この3つめのMixedタイプが一番多いようです(Pincerが7%、CAMが16%、Mixedが77%)。
FAIの歴史
2001年に初めてFAIという概念が報告されて以来、ここ10年ほどでFAIと診断されるアスリートも増えてきていますが、これが実際のFAIの数の増加を反映しているかどうかについては議論があります。
最近はearly sports specializationと言って、若いうちから1つのスポーツ競技に絞ってその競技だけを長年続ける傾向があります(昔は、若い時にはいろいろな競技をやって、専門競技を絞るのはもう少し遅かった)。また、若年層アスリートのトレーニング量も増大していると言われています。このように同じ動作を若いうちから長年何度も繰り返すことによって骨の形態に異常をきたし、FAIにつながる(そしてそれが最近のFAI診断数の増加につながっている)とする考え方があります。
その一方で、FAIの診断技術が発達してきた結果、これまでは診断されずに見過ごされてきたものをFAIと診断できるようになってきたため、一見FAIの数が増えてきているように見えるだけという考え方もあります(つまり「FAIは今と変わらず昔もあったけど、最近は見つけるのが上手くなってきただけよ~」という考え方)。どちらが正しいのかは私にはわかりません。
アスリートにとってFAIはなぜ問題なのか?
まず一番は「痛い」という事。痛みがあると動作そのものが変わって、最も効率的な動作を実施できなくなる可能性があり、パフォーマンス低下につながります。また、痛みをかばって補償動作が起こり、それが身体の別な場所へ負担をかけて、新たな痛みや傷害につながるかもしれません。そもそも、痛みがあると練習量やトレーニング量を増やす事が難しく、結果としてパフォーマンス向上が阻害される恐れもあります。
また、FAIでは一般的に股関節屈曲と内旋の可動域が制限されます。こうした可動域制限はパフォーマンスの低下につながる可能性がありますし、補償動作につながって傷害や痛みを引き起こすかもしれません。
さらに、FAIはいずれ股関節唇損傷や軟骨損傷をきたす可能性があります。痛みがひどくなるまで放っておくと、いずれは手術をせざるを得なくなるかもしれません。最悪、股関節置換手術なんて事にもなりかねません。アスリートとして現役を引退した後の人生でも、いろいろな面で困る事になるでしょう。
アセスメント
FAIの症状が出始めてから医師の治療を受け始めるまで、平均で13か月以上もかかるという報告があります(資料によってはもっと長い期間がかかるというものもあります)。症状が悪化する前になるべく早く医師の診断(と必要であれば治療)をアスリートが受けられるように、FAIの疑いのあるアスリートに対して、まずは下記に紹介する3つのアセスメントを実施してみるのが良いでしょう。
① Anterior Impingementテスト
この動画のように、仰臥位の状態で股関節と膝関節を90°に屈曲させて、さらに内転・外旋を加えて痛みがあるかどうかを確認します。FAIの90%が陽性になるテストです。
② FABER(Flexion-Abduction-External Rotation)テスト
この動画のように、仰臥位の状態で股関節を屈曲・外転・外旋させて、股関節に痛みがあれば炎症等の異常が疑われる。FAIの97%が陽性になると言われています。
③ Quadruped Rockテスト
この動画のように、四つん這い状態で脊椎をニュートラルに保ったまま(背中を丸めないで)お尻を後ろに突き出す動きを繰り返します。普通は回数を重ねる毎に、脊椎をニュートラルに保ちながら動ける可動域が少しずつ増えますが、15-20回繰り返しても可動域が改善されない場合はFAIの可能性が疑われます。
※ちなみに、この動きはテストとしてだけでなく、股関節のモビリティドリルとしても使えます(FAIの場合は効果がありませんが…)
ではそもそもどういう時に上記のアセスメントを実施してみるのが良いのでしょうか?1つは、股関節の前面から横にかけての痛みがある時です。どこが痛いかをアスリートに聞くと、手を「C」の形にして「この辺が痛い」と言います(「Cサイン」と呼ばれています)。また、股関節屈曲・内旋の可動域制限がみられる時もFAIの疑いがあると判断して、上記のアセスメントを実施してみましょう。
ここで注意が必要なのは、S&CコーチにはFAIの“診断”はできないという事です。診断ができるのは医師だけです。ここで紹介するアセスメントはあくまでもFAIの可能性があるかどうかを判別する簡易的なテストであり、テストが陽性であった場合は、ただちに病院で医師に診察してもらうようアスリートに伝えると良いでしょう。
※ちなみに、FAIの症状が出始めてから医師の治療を受け始めるまで時間がかかる理由は、アスリートが病院に行くまでに時間がかかるという事だけでなく、FAIと医師が診断できないという場合もあるようです。FAIは最近になってその存在が報告されて治療法も発達してきたものなので、FAIや股関節に関する外傷に詳しい病院や医師をアスリートに紹介できるようにしておくのがいいでしょう。
トレーニングする時の注意点
正直言って、私はFAIと診断されたアスリートをトレーニングした事がありません。また、FAIのアスリートに対してどのようにしてトレーニングしたら良いのかという事に関する情報はそれほどありません。なので、FAIに対する最適なトレーニング方法についてはよくわかりません。みなさんいろいろ調べてみて下さい。
参考までに、米国のS&CコーチのEric Cresseyが提案している「FAIを有するアスリートをトレーニングする時の注意点」を紹介します。
- 片脚エクササイズ
- 骨盤をニュートラルに保つ(大殿筋、外腹斜筋)
- Soft Tissue Work(股関節内転筋群、股関節外旋筋群)
- 股関節周囲の筋力トレーニング
- 体幹スタビリティ
- 股関節屈曲と内転を鍛える?
- 股関節内旋・屈曲を避ける
まとめ
すでに述べたように、S&Cコーチは医療資格を持った専門家ではないので、FAIの診断をする事はできませんし、するべきではありません。でも、アスリートの股関節痛の原因の1つとしてFAIという存在を知っておいて損はないですし、もしかしたら早い段階での治療に貢献できるかもしれません。ただし、私自身、FAIについては勉強を始めたばかりで、このトピックについてはエキスパートではありません。今回のブログは、FAIに関して私がこれまで個人的に集めた情報をまとめる事が目的で書いたので、あくまでもこういうものがありますよという紹介程度と考えて下さい。もしかしたら間違った情報も含まれているかもしれないので、興味を持った方はさらに調べてみて下さい。参考までに、FAIに関する情報を下記にまとめておきます。
私は、実際にFAIと診断されたアスリートやFAIの手術を受けたアスリートをトレーニングした経験はありません。しかし、「股関節を屈曲させる時に股関節前部がつまる」と訴えるアスリートは周りに結構いるので、FAI予備軍(?)を日常的に相手にしているのかもしれません。また、自覚症状はなくても潜在的にFAIがあるという状態のアスリートを指導している可能性もあります。自分が担当しているアスリートがFAIと診断されて手術を受けざるを得ない状態になる前に、何かしらできる事があるのであれば知っておきたいと思いますが、S&CコーチがアスリートのFAI予防のためにできる事に関する情報はあまり多くないように思います。もし、このブログを読んでいる方の中でFAIについて詳しい方がいらっしゃったら、是非ともお話を聞いてみたいです。「アスリートのFAIを予防するためにS&Cコーチがトレーニングで気を付ける事」なんて題名のセミナーとかあったら最高なのですが・・・。どなたかやってくれませんかね?
参考資料
月刊スポ-ツメディスン 2012年2・3月合併号 通巻138号 特集「股関節の痛み」
Keogh MJ, Batt ME. A review of femoroacetabular impingement in athletes. Sports Med. 2008;38(10):863-878.
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