アスリートはしっかりと睡眠をとることが重要だ!
これはよく耳にするアドバイスだと思いますし、私もアスリートにはそのように伝えることが多いです。
実際、多くの方が、アスリートはよく寝るべきだよな〜と考えているはずです。
その一方で、睡眠時間を増やすことがパフォーマンス向上に直接的に繋がることを示す科学的知見は、意外と少ないのが現状です。
その数少ない科学的知見のなかでも頻繁に引用されるのが、スタンフォード大学で実施されたバスケ選手を対象にした研究です。
この研究自体は面白いのですが、「研究デザイン」に難があり、この研究データをもってして「ほら、睡眠時間を増やすことがパフォーマンス向上に繋がるっていうのは、科学的にも示されているんだよ!」と自信を持って言い切れないというのが実際のところです。
その点については、過去にブログ記事で解説をしているので、そちらも合わせてお読みください。
#595 「睡眠時間を増やすとアスリートのパフォーマンスがUPする」と主張する時にたびたび引用される論文における研究デザインの問題点
そんな中、睡眠時間を増やすことがパフォーマンス向上に繋がることを示唆する論文を発見したのでシェアをしたいと思います。
昨年2019年に発表された論文ですが、私としたことが、見逃していたか、目にはしたのに気に留めていなかったようです。
ちょっと反省ですね。
研究概要をサラッと紹介
その論文がコチラです。
※論文の内容がどうちゃらこうちゃら、という難しい内容を読みたくないようっていう方は、このセクションは読み飛ばして、次のセクションに飛んじゃってください。
持久系アスリート(自転車、トライアスロン)を被験者として、自転車タイムトライアルを1日1回、4日連続して実施してもらい、それを3つの条件下で繰り返す、という研究デザインでした。
3つの条件の違いは、睡眠時間の違いです:
- Normal Sleep (NS):各被験者の通常の睡眠時間(平均7.1時間)
- Sleep Restriction (SR):通常よりも短い睡眠時間(平均4.7時間)
- Sleep Extension (SE):通常よりも長い睡眠時間(平均8.6時間)
そして、以上の3つの条件下で実施したタイムトライアルの結果が以下の通りになります。
Day1の夜から睡眠時間を操作したことになります。
別の言い方をすると、Day1のタイムトライアルの段階では、3つの条件の間で差はない、ということです。
だから、Day1の結果は3条件で大きな違いは見られません。
しかし、4日間を通して見てみると、睡眠時間を短くしたSRの条件では、徐々にタイムトライアルの成績が悪化していく傾向が見られます。
統計学的には、Day3の結果のみが、通常の睡眠時間の条件(NS)と比較して、有意に成績が悪いということです。
一方、睡眠時間を長くしたSEの条件では、Day3までは大きな違いは見られませんが、Day4のタイムトライアルの成績が、統計学的にも有意にNSより良かった、という結果になっています。
研究結果を少し深堀り
ご紹介した研究の内容をすご〜く簡略にまとめると
- ①睡眠時間を増やすと持久系パフォーマンスがUPする
- ②睡眠時間を減らすと持久系パフォーマンスがDOWNする
ってことになります。
ただ、これはあまりにも単純すぎる解釈なので、もう少し詳しく見ていきたいと思います。
①睡眠時間を増やすと持久系パフォーマンスがUPする
これは確かにそのような結果は出ているのですが、普段よりもたくさん寝たら翌日の持久系パフォーマンスがすぐにUPしたわけではありません。
3日間に渡って睡眠時間を増やしたら、4日目のパフォーマンスがUPしたってことです。
したがって、睡眠時間を増やした恩恵を得られるまでには、少しだけ時間がかかりますよ、っていうことになります。
とはいえ、3日間だけ睡眠時間を増やしたら4日目にはもうパフォーマンスが向上するっていうのは、結構早く効果が出始めるんだな〜という印象です。
また、睡眠時間を増やした場合は持久系パフォーマンスがUPするということですが、その比較対象となっているNormal Sleep(NS)での平均睡眠時間が約7時間というのも着目したいところです。
睡眠時間が7時間って、それほど悪くないですよね?まあ、そこそこの時間は寝ているな〜という印象を持たれる方が多いはずです。
それにもかかわらず、そこからさらに1時間半ほど睡眠時間を伸ばすと、持久系パフォーマンスがUPしうるというのは、結構な驚きです。
「7時間くらい寝てたらまあ悪くないかな〜」という認識をお持ちの方は、「7時間睡眠だと少ないな」という認識に変えたほうがいいかもしれません。
私は個人的に、アスリートは8時間は寝てほしいと考えています。
さらには、「睡眠時間が試合でのパフォーマンスに与える影響」という観点でご紹介した研究データを解釈しようとすると、連日にわたり試合やレースが行われるケースにしか当てはまりません。
1日で試合が終わるようなケースだったり、次の試合までに数日以上の間が空くようなケースでは、この研究結果は当てはまらないでしょう。
しかし、この研究結果を「日常的に睡眠時間を増やすことで、日々の練習の質に与える影響」という観点で捉えるならば、とても示唆に富んだデータであると言えます。
つまり、3日間に渡って睡眠時間を増やしただけで4日目のパフォーマンスがUPしたってことは、日常的に睡眠時間を増やせば、日々の練習における質が向上するはずで、それが積み重なっていくと長期的にパフォーマンスにポジティブな影響をおよぼす可能性がある、ということです。
まあ、この研究では4日間だけしかパフォーマンスを測定していないので、その結果をそれ以上長い期間に当てはめて考えることには限界があると言えばあるのですが(extrapolationとか外挿とか言います)。
②睡眠時間を減らすと持久系パフォーマンスがDOWNする
今回紹介した研究結果を見てみると、睡眠時間を伸ばすことによるプラスの影響よりも、睡眠時間を減らすことによるマイナスの影響のほうが大きいという印象です。
このような傾向は、「睡眠時間を操作する」ことに限ったことではありません。
トレーニングであれサプリメントであれリカバリー方法であれ、パフォーマンス向上効果があるとしても、その大きさは微々たるものです。
なにか特別なことをやったからといって、パフォーマンスが10%も20%もドカンとUPするなんてことはほとんどありません。
もし、そんな方法があるなら、すでにみんな日常的に取り入れてやっているはずですから。
その一方で、コンディション調整でちょっとした間違いを犯してしまうと、パフォーマンスが一気に10%も20%もDOWNしてしまう、というのは結構あります。
たとえば、重要な試合前にテーパリングをする場合に、それが成功してもパフォーマンス向上効果はわずか数%程度にすぎませんが、失敗した場合は、もう挽回できないほどのマイナスのダメージを負うことがあります。
だから、テーパリングをする時には、まずはやらかさないように守りを固めましょう、そのために、テーパリングのメカニズムを理解しておきましょう、ということを、私は拙著でも主張しています。
同じような考え方は、睡眠時間にも当てはまりそうです。
つまり、慢性的に睡眠不足の状態だと、マイナスの影響が大きいので、まずは最低限7時間程度の睡眠時間を確保することを優先して目指しましょう。
そのうえで、さらに睡眠時間を増やせるようであれば8時間以上を目指しましょう、という感じです。
まとめ
今回紹介した論文は、「数日間連続して睡眠時間を増やした/減らした場合に、数日間連続して競技を行う場合の持久系パフォーマンスに与える影響」を調べたものです。
したがって、同じような傾向が持久力以外の指標(例:筋力、スピード、巧緻性)にも見られるかどうかはわかりません。
また、1日だけ睡眠時間を増やす/減らす場合等にも当てはまるとは限りません。
でも、まあ、研究ってそもそもそういうもので、1つ1つの研究から言えるのは僅かのことでしかなく、それらが積み重なることで「科学的知見」というのが形成されていくものなので、まあしょうがないです。
とはいえ、アスリートはよく眠ったほうがいい、という考えを支持するエビデンスの1つであることは間違いないので、知っておくと良いでしょう。
» 参考:【論文レビュー】睡眠時間が8時間未満だとケガのリスクが高まる
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【編集後記】
昨日は娘の予防接種でした。両腕に1本ずつ注射されて大泣きでしたが、がんばりました!
いつもは妻が予防接種に連れて行ってくれていますが、昨日は初めて私が連れていきました。
たまには父親がこういう経験をするのもいいですね。