先日、職場の同僚から本記事のタイトルに関連した質問をされたので、今回はそれを調べた研究を紹介したいと思います。
論文の内容
研究の背景
両足を横一直線に揃えた状態からスプリントを開始する時に、一度片脚を後ろに引いてから(両足を前後に開いてから)走りだすアスリートがいます。
恐らく無意識にやっているのでしょう。
「一度片脚を後ろに引く」という動作に余分な時間がかかるので、できるだけ速く前方に移動するという観点から考えると、逆効果のようにも思えます。
一方、両足を揃えた状態では、身体重心が接地点(両足裏)のほぼ真上にあります。
この場合、地面に対して力を発揮してその反力を受け、身体重心を前方(つまり水平方向)に加速させるのが難しい状況です。
なぜなら、身体重心と力を発揮するポイント(接地点あるいは力の作用点)の水平距離が短いため、水平方向に大きな力(というか力積)を発揮すること(力のベクトルを寝かせること)が難しいからです。
したがって、両足を揃えた状態から(ステップバックすることなく)片脚を前方に踏み出してスプリントを開始しようする場合、以下の2つのプロセスが必要になります:
- ①重力によって身体を前方に傾けて、身体重心と接地点の水平距離を広げる
- ②地面に対して(水平方向に)力を発揮して、その反力を受取る
①のプロセスが終了して初めて②のプロセスを開始することができます(2つのプロセスの明確な線引はありませんが)。
そして、①のプロセスは重力任せな部分が大きいため、自分の意識でスピードアップすることが難しいです(抜重スキルによって多少の差はつくかもしれませんが)。
結果として、両足を揃えた状態からそのまま前に一歩踏み出した方が直感的には速く走れそうですが、実際にやってみると最初の1歩目がすごく遅く感じることがわかると思います。
もちろん、そのようなスタートの仕方に慣れていないという別の要因もあるでしょう。
ということで、ここで疑問が生じます。
どっちが速いんだ?って事です。
それを調べたのが今回紹介する研究です。
研究プロトコル
5mのスプリント走を以下の3種類の方法からスタートした時の、スプリントタイムを比較した。
- Parallelスタート:両足をスタートラインから0.5m後ろのライン上で一直線に揃えた状態から、片脚を前方に踏み出して走りだす(A→C)
- Splitスタート:両脚を前後に開いて前足をスタートラインから0.5m後ろのラインに置いた状態から、後ろ脚を前方に踏み出して走り出す(B→C)
- Falseスタート:Parallelスタートからスタートし、片脚を後ろに引いてSplitスタートの状態になってから走り出す(A→B→C)
スプリントタイムはスタートラインから0m、2.5m、5mの地点に設置されたdual beam光電管を用いて計測された。
各スプリントは音の合図を聞いてから走り出す方式で実施され、その音の合図はスプリントタイム計測開始のスイッチと連動しており、光電管で計測されたスプリントタイムには音に反応して動き出すのにかかった時間も反映されている。
結果
各スタート方法における、各区間のスプリントタイムは以下の表の通りでした:
ちなみに、表の左3つ(0m、2.5m、5m)のタイムには、音に反応して動き出す時間と最初の光電管を横切るまでの0.5mの移動時間が含まれています。
右3つ(0-2.5m、2.5-5m、0-5m)には、それが含まれていません。
考察
まず、3つのスタート方法のうち、Splitスタートが一番速いのは間違いないです。
なので、外的な刺激に反応してスプリントを開始する事が必要で、スタート方法(外的な刺激を待っている時の姿勢)に制限がない場合は、あらかじめ脚を前後に開いた状態で待っているのが最善の戦略です。
一方、両足を揃えた状態(Parallel)から外的な刺激に反応してスプリントを開始する必要がある場合、0mの地点ではParallelスタートとFalseスタートで差が見れらませんが、2.5mと5mの地点ではFalseスタートを使ったほうがParallelスタートよりも早く到達できるという結果になりました。
競技によっては、外的な刺激に反応して前後左右あらゆる方向に移動できるよう準備しておくことが必要な場合があるので(例:テニスで相手のサーブを待ち構えている時)、Parallelスタートから走り出すという状況は結構多いかもれません。
そしてその場合、一見逆効果のように思えるかもしれませんが、一度片脚を後ろに引いてから走り出すほうが速く走れるという事になります。
また、Falseスタートにおいては、一度身体重心を後方に移動させてから(ステップバック)前方へ加速する必要があるにもかかわらず、最初の光電管(0m)に到達するまでの時間がParallelスタートと差がなかったという事は、最初の光電管(0m)を横切る時点での身体重心の水平方向の速度は、FalseスタートのほうがParallelスタートよりも速いと推測されます。
そしてこのFalseスタートを使った時の走速度のアドバンテージは、2.5mと5mの地点でも維持されていることが予測されます。
したがって、ラグビーのタックルのように身体コンタクトがある競技においても、Falseスタートを使ったほうがより速い速度で(あるいはより大きな運動量「体重✕速度」で)相手にぶつかることができるというアドバンテージを得ることができることになります。
まとめ
外的な刺激に反応して、片脚を一度後ろに引いてから前方にスプリントを開始するFalseスタートは、直感的にはParallelスタートよりも遅いと思われるかもしれませんが、今回の研究結果はその考えを否定しています。
つまり、ある地点により早く到達するという意味でも、またより大きな速度(あるいは「体重✕速度」の運動量)で身体コンタクトをするという意味でも、ParallelスタートよりもFalseスタートのほうが有利ということです。
もちろん、今回紹介したのはたった1つの研究の結果にすぎないので、条件が異なれば違う結果が出る可能性は否定できません。
否定はできませんが、個人的にはどう見てもFalseスタートのほうが良さそうだな〜と解釈したくなります。
したがって、Falseスタートを無意識に実施しているアスリートに対して、無理やりParallelスタートを練習させてスタート方法を矯正させるのは、ナンセンスだと個人的には思います。
2019/2/19追記:同じテーマを研究した他の論文を紹介するブログを書いたので、そちらも合わせてお読みいただくと、理解が深まるはずです↓
#276 【論文レビューの補足】Falseスタート vs. Parallelスタート
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【編集後記】
たまたま仕事が休みだったので、NBAファイナルをLIVEでテレビ観戦することができました。
ゴールデンステート・ウォリアーズが優勝するなんて、ひと昔前には想像すらできませんでしたが、カリーを中心に非常に良くまとまったチームでした。
見ていて非常に面白かったです。
来シーズンから日本で始まる新リーグも盛り上がってくれたらイイな〜とバスケ経験者としては期待しています。