以前のブログ(こことここ)で、リニアポジショントランスデューサーを使用してのパワー測定について取り上げました。
良い機会なので、「測定シリーズ」と題して測定にまつわるお話を定期的にして行こうかと思います。
今日のトピックは「光電管を使用したスプリントタイム測定」です。
光電管って何よ?
スプリントタイム測定には昔からストップウォッチが使われてきました。
私も小学校、中学校、高校での体育の授業では先生がストップウォッチを使って50 m走のタイムを測定してくれた記憶があります。
時には2つのストップウォッチを利用して複数の生徒のタイムを同時に測ったりもしていました。
しかし、手動計測という特徴から、ストップウォッチによるスプリントタイム測定の正確性や信頼性・再現性はそれほど高くありません。
一般的には、光電管を使用したスプリントタイム測定のほうが好ましいと考えられます。
光電管を使用したスプリントタイム測定では、赤外線を利用して目に見えないゲートをスタートとゴールに設置して、そのゲートを横切る事で信号が発信され、2つのゲートを横切るのにかかった時間がスプリントタイムとして計測されます。
また、3つ以上のゲートを設置する事によって、スプリットタイムの計測も可能になります。
詳しくは下記の動画をご覧ください。
4:40くらいからクリスチアーノ・ロナウドが光電管を使ってスプリントタイムを測定しています。
光電管を使用したスプリントタイム測定ではストップウォッチでの測定のように測定者の技量やヒューマンエラーが入り込まないため、正確性や信頼性・再現性は高いと考えられます。
しかし、光電管にも問題がないわけではありません。
False signal: 光電管でのスプリントタイム測定の問題点
光電管を使用したスプリントタイム測定では、上記で説明したように光電管を横切った時に(つまり光電管によって作られた赤外線ビームを切った時に)信号が発信されます(正確に言うと電圧変化が記録される)。
たとえるなら、運動会のかけっこでゴールのテープを切るみたいな感じです。
理想を言うと、光電管を横切る時には、毎回アスリートの胴体部分で赤外線ビームを切りたいところです。
しかし実際には、腕で赤外線ビームを切ったり脚で赤外線ビームを切ったりという事が起こります。
身体のどの部位で赤外線ビームを切るかが毎回異なってしまうと、測定結果の信頼性・再現性に影響を与えてしまうため、あまり好ましい事ではありません。
また、複数のアスリートのスプリントタイムを比べる時にも正確な比較ができなくなってしまいます。
この現象は「False Signal」と呼ばれており、光電管を使用したスプリントタイム測定の問題点の1つと考える事ができます。
False Signalを回避する方法
上記のFalse Signalを回避するための方法が主に2つあります。
- ①Dual Beam
- ②False Signal Processing
①Dural Beam
まず1つ目は、光電管を上下異なる高さに2つ設置することによって赤外線ビームを上下に2つ作り上げて(ビーム間は約30 cmの間隔)、この赤外線ビームを両方とも切った時だけ信号を発信するという方法です(上か下のビーム片方を切っただけだと信号が記録されない)。
このような光電管を「Dual Beam光電管」と呼びます(それに対してビームが1つだけのシンプルな光電管は「Single Beam光電管」と呼びます)。
Dual Beam光電管を用いてFalse Signalを回避する発想としては、腕や脚が赤外線ビームを切る時は上のビームだけ、あるいは下のビームだけを切ることになり、両方を同時に切るのが可能なのは胴体だけという仮定に基づいています。
両方のビームを同時に切った時にのみ信号を発信する事で、毎回胴体がゲートを横切った時にタイムを測定する事になりFalse Signalを回避する事ができるというわけです。
実際のところは、腕で両方の赤外線ビームを同時に切ることもあり得ないわけではないので、完全にFalse Signalを回避する事は不可能です[1][2]。
それでも、赤外線ビームを設置する高さを工夫する(例:下のビームが腰の高さになるように設置する[2])などして極力False Signalの発生を抑える事は可能だと考えられます。
②False Signal Processing
False Signalを回避するためのもう1つの方法は、Single Beam(赤外線のビームがひとつ)の光電管で信号を記録したあとで、コンピューターを用いてFalse Signalを取り除くという方法です。
基本的に光電管で記録したデータは以下の図のオレンジの線のようになります。※あくまでも1例のパターンです。
赤外線ビームが切られている時間はシグナル(電圧)が上図のように変化します。
基本的に腕や脚でビームを切る時はこのシグナルが変化している時間(赤外線ビームが遮断されている時間)が短く、胴体でビームを切る時はこのシグナルが変化している時間が長いという特徴があります。
この事から、ひとつの光電管ゲートを腕や脚、胴体で複数回切った場合には(上図の例のようにシグナルが複数記録された場合には)、このうちの変化時間が一番長いシグナルを選び(上図の例だと右側のシグナル)、これを胴体によってビームが切られたものと判断して、このシグナルの開始時点(青矢印)をゲート通過時刻として記録する事になります。
このような機能を「False Signal Processing」と呼びます(「Error Correction Processing」と呼ぶ場合もあります)。
» 参考:Critical Things You Need to Know About Timing System Accuracy|fusion sport
» 参考:Kinematic Measurement System Solves Problem of False Signals|Fitness Technology
で、どの光電管がいいの?
一般的に市販されている光電管は以下の3つのタイプに分類されます:
- ①普通のSingle Beam光電管
- ②Dual Beam光電管
- ③False Signal Processing機能付きSingle Beam光電管
まず、①のSingle Beam光電管はFalse Signalを防ぐ事ができないため、基本的にはオススメしません。
このタイプの光電管を使って得られたデータは信頼性も妥当性も低いため、あまり参考にならないと考えておくのが良いでしょう。
②のDouble Beam光電管はある程度False Signalを防ぐ事ができるので、①のSingle Beam光電管よりもはるかに正確で信頼性も高いです。
しかし、腕で上下2つのビームを同時に切ってしまう可能性がゼロではないので、完全にFalse Signalを取り去る事は不可能です。
ちなみに、Dual Beam光電管の代表的なものは、Swift SpeedLightという製品です。
となると、もし予算等に制限がないようなら、③のFalse Signal Processing機能付きのSingle Beam光電管が一番オススメという事になります。
ちなみに、False Signal Processing機能付きSingle Beam光電管の代表的なものは、Kinematic Measurement SystemやSmartspeedといった製品です。
3つのタイプの光電管を比較したEarpらの研究[1]によると、スプリントで49回ビームを切る試行を実施した時に、False Signalが発生した回数は①で14回、②で7回、③で0回だったというデータが出ています。
まとめ
今回は光電管を使用したスプリントタイム測定に関して、False Signalと光電管の種類についてお話しました。
次回は、光電管を使用したスプリントタイム測定を実施する時の「スタート方法」についてお話しようと思います。
参考文献
- [1] Earp JE, and Newton RU. Advances in electronic timing systems: considerations for selecting an appropriate timing system. J Strength Cond Res. 2012;26(5):1245-8.
- [2] Yeadon MR, Kato T, and Kerwin DG. Measuring running speed using photocells. J Sports Sci. 1999;17(3):249-57.
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