先日、以下のようなツイートをしました:
「筋力は筋肉量に比例しているから、筋力は筋肉量で決まる」みたいなツイートを目にしましたが、それは言いすぎです。
神経系とか他の要素も考慮に入れないと。
— 河森直紀 Naoki Kawamori (@kawamorinaoki)
反響があったので、ブログでもう少し深く解説していきます。
多少、生理学的な話がはいってきますが、生理学的な議論をしたいわけではありません。
あくまでも、アスリートが競技力向上のためにウエイトトレーニングをするうえで、ツイートで紹介したような考え方をもとにすると危険ですよ、という主張を裏付けるために、生理学の知識を拝借するだけです。
筋肉量以外の、筋力を決定する要因
まず、「筋力と筋肉量が比例している」という点については、私も否定はしません。
筋力と筋肉量(っていうか筋横断面積)の間に相関関係がある、というのは科学的にも昔から報告されていることなので。
だからといって、そのような相関関係をもとにして、「筋力は筋肉量で決まる」というのはいくらなんでも言いすぎなんじゃないか、というのが私の意見です。
筋力を決定する要因っていうのは、そんなに単純なものじゃないからです。
そもそも科学的に報告されている比例・相関関係も、完璧なものではないですし。
たとえば、筋肉量以外にも筋力に影響を及ぼしうる要因として以下のようなものが挙げられます:
- ①神経系の要因
- ②速筋・遅筋線維の割合
- ③筋肉の形
これら以外にもあると思いますが、とりあえずメジャーなところを解説していきます。
①神経系の要因
冒頭で紹介したツイッターでも「神経系とか他の要素も考慮に入れないと」とつぶやきました。
筋力を決定する要因として、筋肉量以外にまっ先に思いついたのが神経系の要因でした。
筋肉なんてものは、それだけではただのお肉なわけで、神経がそれを支配して「力を入れろ!」と命令をして初めて力を発揮することができるのです。
より多くの筋肉(厳密にいうと筋線維)に命令をくだすことができれば、より大きな力を発揮することができます(recruitment;運動単位の動員)。
そして、1本1本の筋線維に対して、より強く命令をすることができれば、発揮できる力は大きくなります(rate coding;運動神経発火頻度)。
また、すべての筋線維がタイミングを合わせて同時に力を入れるように命令することができれば、筋肉全体としてはより大きな力を発揮することができます(synchronization;運動単位の同期)。
1つの筋肉に着目するだけでも、これら3つの神経系の要因が影響を及ぼして、発揮される力の大きさが決まります。
つまり、どれだけ大きな筋肉であっても、これらの神経系の要因がうまくいかないと、大きな力を発揮することはできないのです。
ちなみに、1つの筋肉に対して神経的にどれだけうまく力を入れさせることができるのか、を英語で「intramuscular coordination」と呼んだりします。
また、1つの筋肉に着目するだけでなく、多くの筋肉が関わる複雑な動きの中での力発揮について考えてみても、神経系の要因は大きな影響を及ぼします。
たとえば、複数の筋肉に対して神経系が「力を入れろ!」と命令するタイミングがうまくいかないと、発揮できる筋力は低下してしまいます。
目的とする動きに対してブレーキをかけるような筋肉(拮抗筋)をうまくリラックスさせることができなくても、その動きにおける筋力発揮は低下してしまいます。
適切な筋肉に適切なタイミングで力を入れるよう命令をして、リラックスさせたい筋肉にはそのような命令をストップするのは神経系の働きであり、それを「intermuscular coordination」と呼んだりします。
Intramuscular coordinationであれintermuscular coordinationであれ、筋力発揮に与える神経系の影響は大きいものです。
それを無視して、「筋力は筋肉量で決まる」というのは、あまりにも乱暴な議論です。
②速筋・遅筋線維の割合
おおざっぱにわけると、筋線維は速筋線維と遅筋線維に分類することができます。
前者は、短縮速度が速く、発揮できる力も大きいという特徴があります。
後者は、持久性には優れていますが、短縮速度や発揮できる力は、速筋線維よりも劣ります。
ということは、まったく同じ大きさの筋肉であっても、速筋線維の割合が多い筋肉のほうが、発揮できる筋力は大きくなる、ということです。
単純に筋肉量だけで筋力が決まるものではないんです。
③筋肉の形
筋肉はその形によっておおざっぱに紡錘筋と羽状筋とに分類できます。
後者のタイプの筋肉は、より大きな力を発揮をするのに適した形をしています。
したがって、まったく同じ長さと太さの紡錘筋と比べると、羽状筋のほうがより大きな筋力を発揮できるポテンシャルがあると考えられます。
また、羽状筋の場合、1本1本の筋線維が太くなると羽状角も大きくなり、腱を介して骨に力を伝える効率は低くなると言われています。
つまり、羽状筋の場合、筋肉量が増えれば増えるほど、それに比例して筋力も大きくなるわけではないのです。
「筋力は筋肉量で決まる」という論理は、やはり乱暴すぎると言わざるをえません。
「筋力は筋肉量に比例しているから、筋力は筋肉量で決まる」って本当!?
以上のように、生理学的な知識をもとにして、筋力を決定する要因について考えてみれば、「筋力は筋肉量に比例しているから、筋力は筋肉量で決まる」という議論があまりにも短絡的である、ということが理解できるはずです。
実際にウエイトトレーニングをしていても、筋肉量は増えなくても筋力は向上した、なんて経験をされた読者も多いはずです。
そのような現象は、筋肉量の増加、すなわち筋肥大ということだけでは説明がつきません。
また、体重階級制の競技であるパワーリフティングやウエイトリフティングのことを考えてみても、私の主張が理解できるはずです。
長年、同じ階級で競技をされているパワーリフターやウエイトリフターの場合、体重(≒筋肉量)はそれほど大きく増えていないはずですが、その一方で挙上重量(≒筋力)は向上させているわけです。
これも筋肉量以外の要因を持ち出さないと説明がつきません。
私もべつに、筋肉量を増やすことが筋力向上に繋がらないと言っているわけではありません。
筋肉量を増やすことは筋力UPするための重要な1つの手段だと考えています。
ただ、それだけじゃ説明がつかないですよ、他の要因も考えないとダメですよ、そうじゃないとトレーニングの方向性を誤りますよ、と主張したいのです。
「筋力は筋肉量に比例しているから、筋力は筋肉量で決まる」なんて考えだと、体重は増やしたくないけど筋力を向上させたいアスリートの指導はどうするんですか?ってことなんです。
まとめ
ということで、本ブログのタイトルでもある「筋力は筋肉量に比例しているから、筋力は筋肉量で決まる」って本当!?という疑問に対する私の答えは「そんなことありません」です。
「筋力は筋肉量に比例している」というのは完全にウソではありませんが、完璧な相関関係にあるわけではありません。
また、それをもとにして「筋力は筋肉量で決まる」と言っちゃうのは、議論が飛躍しすぎています。
筋力と筋横断面積の間の相関関係はたしかに研究によっても報告されています。
しかし、それをもとにして飛躍した主張をして「これは科学に基づいた事実です」って言っちゃうのは完全にアウトです。
自分の主張に都合の良い科学的知見だけを取り上げることを英語で「cherry-picking」と呼んだりしますが、これは厳に慎むべきです。
科学的知見に基づくトレーニング指導は重要ですが、科学的知見を適切に活用する姿勢や倫理観が重要だと思います。
警鐘を鳴らすために、ブログ記事にまとめてみました。
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【編集後記】
流行りのClubhouseを始めてみました。
今のところ自分で発信はしておらず、他の方のお話を聞いているだけですが。
他のことをしながら「ながら聞き」できるのは良いのですが、会話に招待されたときに「今、手が離せないから会話に参加できません」みたいなのを伝えるのができないのが難点です。