スクワットにおける「しゃがむ深さ」
ウエイトトレーニングにおける可動域の大きさは、たびたび議論になるトピックです。
とくに人気なのが、「スクワットのしゃがむ深さ」に関する議論です。
「深くしゃがむと膝に負担がかかる」「競技中はそんなに深くしゃがまないから、浅いスクワットのほうが競技動作に特異的である」等の理屈(屁理屈?)を使って、スクワットで深くしゃがむことに反対する人達もいます。
その一方で、「適切なフォームが維持できるのであれば、スクワットで深くしゃがむのは安全だ」「できるだけ大きな可動域を使ってトレーニングをしたほうが、筋力も柔軟性も向上できる」等と主張する人達もいます。
私はS&Cコーチとしては、個人的に後者の意見に賛成の立場です。
とはいえ、これだけ人気の高いトピックにもかかわらず、スクワットのしゃがむ深さに関して、それほど研究がされていないのが現状です。
何でですかね・・・。
S&Cコーチの信念としては「スクワットにおいては、適切なフォームを維持しつつ、できるだけ深くしゃがむ」という指導をしていますが、研究者の視点では、まだまだ結論を出せるほどの科学的知見が蓄積されていないな〜というのが本音です。
そんな中、スクワットのしゃがむ深さに関する新たな論文が発表されたので、その研究内容を紹介します。
論文の内容
※PDFファイルが無料でダウンロードできます。
研究プロトコル
レジスタンストレーニング経験のある男性アスリートを4つのグループに分けて、週2回10週間スミスマシンでのスクワット(SQ)を実施してもらった。
- ①フルSQ群:大腿後部とふくらはぎが接触するまでor腰椎角度がゼロになるまでしゃがむ
- ②パラレルSQ群:股関節が膝上部と同じ高さになるまでしゃがむ
- ③ハーフSQ群:膝の角度が90°までしゃがむ
- ④コントロール群:スクワットを含む一切のトレーニングをしない
10週間のトレーニング期間の前後に以下のような測定を実施した。
- フルSQ1RM
- パラレルSQ1RM
- ハーフSQ1RM
- Wingateテスト(30秒間全力自転車こぎ)のピークパワーと平均パワー
- CMJ(反動ありの垂直跳び)
- 20mスプリント
- 痛み(Pain)や硬さ(Stiffness)等の主観アンケート
結果
主な結果を図でまとめてみます。
SQ 1RMテストのトレーニング前後の変化率を示したのが上の図です。
フルSQ群はすべての深さのSQ 1RMテストにおいて、大きな伸び率を示していることがわかります。
パラレルSQ群も、それに近い伸び率を示しています(とくにフルSQ 1RM以外)。
一方で、ハーフSQ群は、他の2グループと比べると、SQ 1RMテストの伸び率でいうと、効果が1番低い結果となりました。
とくに、フルSQとパラレルSQの1RMの向上効果は著しく小さかったのがわかります。
また、コントロール群では、すべての深さのSQ 1RMで大きな低下が見られました。
これは、それまで日常的にスクワットを実施していた被験者に、この研究に参加している10週間はスクワットを含む一切のトレーニングをしないよう求めたため、単純にdetrainingが起こったものと思われます。
次に、こちらの図は、WIngateテスト、CMJテスト、20-mスプリントテストにおける、トレーニング前後の変化率を示しています。
こちらのデータに関しても、伸び率ではフルSQ群が全体的に大きな値を示しており、パラレルSQ群がそれに続いているような形です。
一方で、ハーフSQ群における伸び率は、他の2グループと比べると低いのがわかります。
コントロール群については、SQ 1RMほどではありませんが、あきらかにdetrainingの影響が見られます。
※ちなみに、20-mスプリントにおいては、タイムが縮むことがパフォーマンスUPなので、マイナスの伸び率が好ましい結果となります。
最後に、痛み等の主観的なアンケート結果におけるトレーニング前後の変化をeffect size(効果量)で示したのがコチラの図です。
Pain(痛み)、Stiffness(硬さ)、Functional Disability(機能的障害?)、そしてそれらの合計スコアにおいて、SQ群は3グループとも数値が増えています。
つまり、この研究に参加して10週間にわたりスクワットを実施した結果、主観的な痛みや硬さ等が増したことを示しています。
その中でも、伸び率でいうと、ハーフSQ群が圧倒的に大きな値を示しているのがわかります。
コントロール群については、この研究参加期間中、スクワットを含む一切のトレーニングをやめたことで、主観的な痛みや硬さが減ったことを示したデータになっています。
考察
スクワットにおいては深くしゃがんだほうが、筋力向上や自転車・ジャンプ・スプリント等のパフォーマンス向上の効果が高そうです。
また、深さに関係なく、スクワットをすると主観的な痛みや硬さが増すようですが、そうした悪影響は浅くしゃがんだ場合のほうが大きいようです。
以上の結果から、体力向上というメリットと痛みや硬さ等の主観的な部分でのデメリットの両面から考えると、スクワットにおいては少なくともパラレル以上の深さまでしゃがんだほうが良いだろうと、私なら解釈します。
ただし、いくつか気になる点があるので、言及しておきます。
まず、スミスマシンを用いてスクワットを行ったという点です。必ずしも、この研究結果がバーベルを用いたフリーウエイトのスクワットにも当てはまるとは限りません。
また、スクワットを実施したすべてのグループにおいて、主観的な痛みや硬さが増したという点も気になります。
フォームはきちんとしていたのか?トレーニング後の測定をした時点では疲労がたまりすぎていたのではないか?もし、そうなら、トレーニング期間終了後に1~2週間のレストもしくは軽いトレーニングの期間をおいてから測定をしたほうが良かったのではないか?等の疑問が残ります。
最後に、この研究の被験者はレジスタンストレーニング経験があるということでしたが、トレーニング前のフルSQ 1RMは80kgちょっと、体重比だと1.12~1.24程度であることを考えると、それほど筋力が強くないと考えられます。
したがって、この結果が、もっと鍛錬されていて筋力が強いアスリートにも当てはまるかどうかは、微妙なところです。
まとめ
今回ご紹介した論文をもとに考えると、スクワットにおいては深くしゃがんだほうがよさそうです。
しかし、これは1つの研究の結果にすぎません。
このテーマについて、もっと多くの論文が発表されるまでは、最終的な結論を出すのは難しいところがあります。
実際、スクワットでは浅くしゃがむほうがよいと逆の結果を示唆している論文もあるくらいです(Rhea et al. 2016)。
おそらく、条件や状況によって、スクワットでどこまで深くしゃがんだほうがよいのかは変わってくるのだろうと思われます。
だからこそ、こういう条件・状況ではこの深さがいいですよ〜と言えるようになるためには、スクワットの深さという同じテーマについて、少しずつ条件の異なるさまざまな研究がされることが望ましいのです。
ただ、そんな日が来るまでにはまだまだ時間がかかりそうなので、S&Cコーチとしては、現時点でのとりあえずの方針を決めておく必要があります。
研究者だったら、「結論を出すには、まだまだデータが足りない」と言っていればOKですが、S&Cコーチはそんなこと言ってられないので。
私は個人的に、ほとんどの場合においては、適切なフォームを維持できる範囲内で、できるだけ深くしゃがませたほうがいいと今は考えています。
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【編集後記】
昨日は、娘の「お食い初め」をやりました。
生後100日前後でやる儀式で、こどもがこれからの人生で食べ物に困ることがないように、との意味合いが込められているそうです。
ま、その責任は実際のところ、私がちゃんと稼いでくるかにかかっているんですけどね。