最近はブログのネタがなかなか見つからなかったのですが、面白い論文を読んだので紹介したいと思います。
論文の内容
研究の背景
スクワットにおいては、股関節と膝関節を伸展させる必要があります(足関節の議論はとりあえず置いておきます)。
膝関節伸展に貢献する筋群は大腿四頭筋です。
一方で、股関節伸展に貢献する主要な筋群は大殿筋とハムストリングです。
2つの股関節伸展筋群のうち、大殿筋は単関節筋、ハムストリングは二関節筋です(大腿二頭筋短頭は除く)。
単関節筋の大殿筋が発揮した力は股関節のみに働きますが、二関節筋のハムストリングが発揮した力は股関節伸展だけでなく膝関節屈曲にも働きます。
したがって、ハムストリングの力発揮が増えれば増えるほど、それによって生じる膝関節屈曲モーメントに対抗する膝関節伸展モーメントを発生させるために、大腿四頭筋の負担が増えることになります。
もっとわかりやすく言うと、「ハムストリングをたくさん使うと股関節伸展にとってはプラスだけど、膝関節伸展にはマイナスになっちゃうから、そのぶん大腿四頭筋がもっと頑張らないといけなくなっちゃうよ」って事です。
「それだったら、股関節だけに働く単関節筋の大殿筋に最大限頑張ってもらって、ハムストリングはできるだけ使わない(必要最低限だけ使う)ほうが効率が良いし、より重い重量をスクワットできるのではないか?」という仮説が思い浮かびますが、それを検証したのが今回紹介する論文です。
もっと具体的に言うと、股関節伸展に対する大殿筋とハムストリングの貢献度の違いが、大腿四頭筋の負担(=必要な力発揮)に及ぼす影響を調べた研究、という事になります。
研究プロトコル
複雑なので全部は説明しません!っていうかうまく説明する自信が無いので、興味がある人は自力で論文を読んでみてください。
とりあえず今回はザックリと説明します!
まず、50, 60, 70, 80, 90% 1RMでのスクワット中の股関節・膝関節・足関節モーメントを逆動力学解析によって求めました。
それとは別に、各関節周りの最大アイソメトリック筋力(MVC)を測定しておいて、スクワット中の各関節モーメントをMVCの相対値(%)で表しました(=RME; relative muscular effort)。
そのように実測されたデータを元に計算されたRMEとは別に、コンピューター上で構築された筋骨格モデルを用いて、以下の2つの条件における大腿四頭筋のRMEも計算されました:
- モデル1:大殿筋とハムストリングを同じだけ発火(activate)する
- モデル2:できるだけ大殿筋の発火によって股関節伸展モーメントを発生させ、それでは足りない分だけハムストリングを発火させる
結果
上図を見れば分かるように、モデル1の条件下で計算した大腿四頭筋のRMEが、90% 1RMで深くしゃがんだ時に、100%を上回っています。
つまり、モデル1の条件下では、そもそもスクワットで立ち上がれないという事になり、モデル1は非現実的である、と結論付ける事ができます。
逆に言うと、ハムストリングよりも大殿筋を優先して使って股関節伸展モーメントを発揮させるモデル2の方が現実に近いという事です。
要するに、スクワットにおける股関節伸展戦略としては、大殿筋をできるだけ使って、ハムストリングからの貢献は必要最小限に抑える、というのが理にかなっていると考えられるのです。
ちなみに、上図で「Knee Extensor」と示されている黒線は、実際の計測値から逆動力学解析によって計算された「膝関節伸展RME」です。
90% 1RMという高重量を持ち上げているわりに、最も深くしゃがんだ関節角度(105°-119°)においてもこの値が60%に満たないのはおかしいんじゃないか?と思われた方もいるかもしれません。
なぜ、この値が意外に低いのかというと、この値が大腿四頭筋が発揮した膝関節伸展モーメント値からハムストリングが発揮した膝関節屈曲モーメント値を引いたもの(正味のモーメント)だからです。
つまり、大腿四頭筋とハムストリングの発揮したモーメントのプラスマイナスの差が60%程度、という事であって、大腿四頭筋が60%程度しか頑張っていないというわけではありません。
実際にはもっと高い強度で発火しているはずです。
一方で、モデル1とモデル2を示した赤線と緑線が示しているのは、正味の膝関節伸展モーメント値ではなくて、大腿四頭筋onlyのモーメント値です。
ハムストリングによる共縮の影響は排除されたデータなので、黒線の値よりも数値が高くなっているのです。
ちょっとわかりづらいですが・・・。
研究結果から何が言えるのか?
結局、この研究結果からスクワットについて何が言えるのかをリスト形式でランダムに書いてみます:
- スクワットにおける最適な股関節伸展戦略は、単関節筋である大殿筋をできるだけ優先的に使い、それで足りない分だけをハムストリングの発火によって補う、というものである
- このような戦略の優位性の理由としては、二関節筋のハムストリングが発火されると、膝関節において望ましくない屈曲モーメントが発生してしまい、それを相殺するために大腿四頭筋が発生させないといけない膝関節伸展モーメントが増えてしまう点が挙げられる
- スクワットにおいて制限要因となるのは、大殿筋と大腿四頭筋の筋力である
- スクワットにおいて、できるだけ重い重量を持ちあげるには、大殿筋の活動を最大限にしつつ、ハムストリングの活動は最小限に抑える必要がある
- ハムストリングと比べて大殿筋の筋力が弱いと、ハムストリングの負担が増えるため、ハムストリングを攣ったり肉離れにつながる可能性がある(スクワットに限らず、競技中のさまざまな動作中に)
まとめ
今回の論文を読んで、大殿筋やハムストリング等の身体後面の筋群をひとまとめにして「posterior chain筋群」と呼んでしまう事の弊害について気が付きました。
また、スクワットにおけるハムストリングの重要性を見直すキッカケになりました。
この論文に関連した議論を読みたい方は、以下のネット記事がオススメです。
- Hamstrings – The Most Overrated Muscle Group for the Squat
- Hamstrings: The Most Overrated Muscle for the Squat 2.0
ちなみに、今回紹介した論文は「できるだけ重い重量を持ちあげるために最適なスクワットの仕方」について調べたものです。
「できるだけ重い重量を持ちあげるために最適なスクワットの仕方」と「できるだけ最適なトレーニング効果を得るためのスクワットの仕方」とでは視点が異なる点に注意しましょう。
今回の研究結果は例えばパワーリフターにとっては直接的に意味のあるデータになりますが、競技パフォーマンスを向上させるためにスクワットをトレーニングエクササイズとして利用しているアスリートにとっては、そのまま取り入れることは危険かもしれません。
あくまでも参考程度にするのが良いでしょう。
また、「ウエイトトレーニングにおけるスクワット」という視点を飛び出して、ジャンプやスプリントのように、股関節と膝関節を伸展させるような競技動作にこの研究結果を当てはめてみると、ハムストリングと比べて相対的に大殿筋が強いほうがパフォーマンス向上や効率の良い動きに繋がる可能性がある、と捉えることもできます。
とくに、ジャンプやスプリントを何度も繰り返す場合、大殿筋が弱いとハムストリングにも大腿四頭筋にも過剰な負担がかかって疲れやすくなったり、疲労した結果としてケガのリスクが高まったりする恐れがあります。
これは少し飛躍した解釈ではありますが、あながち的外れというわけでもないと私は考えています。
やはりアスリートはケツを鍛えておくにこしたことはありません!!
» 参考:ハムストリングの肉離れを予防するためには、ハムストリングを直接鍛えるだけではなく「ケツ(特に大殿筋)」も鍛えるべし!
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【編集後記】
ブログネタが思いつかないサイクルに入りました・・・。
思いつく時は次から次へと思いつくのに・・・。