#162 【論文レビュー】クウォータースクワットvs.パラレルスクワット:活動後増強(post-activation potentiation)

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PAPって何よ?

Post-activation potentiation(PAP)という現象があります。日本語では活動後増強とか呼ばれているようです。

1-5RM程度の高重量のスクワット等を実施した後、少し休んでからジャンプとかすると、何もしない場合と比べてより高くジャンプできるというものです。PAPを引き起こす運動はダイナミックなものだけでなく、アイソメトリックでも良いようです。

PAPは生理的な現象で、そのメカニズムとしては神経系の興奮度アップやらミオシン軽鎖のリン酸化やらカルシウムイオンへの感受性アップやらが考えられています。それ以外にも、心理的な効果や運動制御面での影響も考えられます。

要するに、大きな力発揮をした後に、パワーやRFDが増強される時間帯がありますよという事です。

この原理を実際のトレーニングに応用したのが「コンプレックストレーニング」と呼ばれるもので、「高負荷のレジスタンスエクササイズを実施後にプライオメトリクスやパワー系エクササイズを実施すると、後者のパフォーマンスが向上し、より高いトレーニング刺激を与えることができる」と考えられています。

コンプレックストレーニングを適切に実施するには、「どのようなレジスタンスエクササイズをどの程度の強度でどの程度の量を実施するのか」とか「レジスタンスエクササイズを実施後どの程度の休憩をとってからプライオメトリクスまたはパワー系エクササイズを実施するのか」等々いろいろと考えないといけない事が多く、まさに「コンプレックス(複雑)」なトレーニングと言えます。この点は以前のブログでも触れましたのでそちらをご覧ください。

今日は、そんなPAPに関する論文をレビューしたいと思います。

 

 

論文の内容

Esformes and Bampouras (2013) Effect of Back Squat Depth on Lower-Body Postactivation Potentiation.  J Strength Cond Res. 2013 Nov;27(11):2997-3000.

今回、紹介する論文は、バックスクワットの深さがPAPの効果に及ぼす影響について調べた研究です。

 

研究プロトコル

腕振りなしのカウンタームーブメントジャンプ(CMJ、反動を使ったジャンプ)をまず実施し、10分間休憩した後に、クウォータースクワットまたはパラレススクワットを3RMの重量で3レップ実施し、さらに5分間休憩した後に、再びCMJを実施した。その際に、スクワット前後のCMJの変化率が、2つの種類のスクワットで異なるかどうかを比較した。

CMJにおけるしゃがみ込みの深さは特に規定されておらず、被験者がより高くジャンプするために自由に決定する事が許された。

 

結果

パラレススクワットの方が、クウォータースクワットよりも、スクワット前後のCMJの変化率が大きかった(例:ジャンプ高は4.6 cmアップ vs. 3.5 cmアップ、ピークパワーは285 Wアップ vs.215 Wアップ)。

 

考察

要するに、バックスクワットの深さが深い方が(パラレルスクワット)、浅い場合よりも(クウォータースクワット)ジャンプ高をアップさせるというPAPの効果が高かったという事です。

一般的に、CMJのしゃがみ込みの深さを規定しない場合、その深さはクウォータースクワットに近いものになると思います。つまり、可動域という見た目においてはクウォータースクワットのほうがCMJに”特異的な”動きと言う事もできます。

しかし、見た目が似ているor可動域が特異的なエクササイズを実施したからといってPAPの効果が必ずしも最大になるというわけではないというデータが示されたと受け取る事ができます。

このブログでは繰り返し、見た目が似ているかどうかという意味においての”特異性”がトレーニング効果の大小とは関係ないという主張をしてきました。それは、ある程度の長期にわたるトレーニング効果についての議論ですが、今回紹介した研究においては、PAPという短期的な現象においても見た目が似ているかどうかは重要ではないという事が示されたのです。

実際に、かなり重そうな重量でクウォータースクワットを実施した後にジャンプを繰り返しているアスリートを見たこともありますが、それはベストな方法とは現時点では言えません。ただ単にたくさんプレートをバーに付けて強くなった気分になっている、という自己満足の部分が大きいような気もします・・・。 

 

補足

ここまで読むと、「やっぱり深くしゃがめばいいんだろ〜!」と単純に考えたくなります。が、1つの研究の結果だけでそんな事を言い切ることはできません。実際には、同じ研究テーマであってもいろいろな条件の下でさらに多くの研究がなされていかないことには結論を出すことはできないのです。

例えば今回の研究においては、どちらのスクワットにおいても相対的な強度は同じ(3RM)でレップ数も同じ(3レップ)という条件でしたが、パラレルスクワットの方がバーベル(と被験者の身体重心)の移動距離が長いため総仕事量という意味においては2つのスクワットの条件が同じではなかった可能性があります。もしかしたら、クウォータースクワットを3RMで3レップを2セット実施したら、パラレルスクワットよりもPAP効果が高くなる可能性もあります。

もしそうなれば、PAPの効果を規定するのはスクワットの深さだけでなく総仕事量という変数も大きな役割を果たしているという事になり、単純に深くしゃがめばいいという話ではなくなり、もっと複雑な考察が必要になってきます。

 

 

まとめ

コンプレックストレーニングを利用してジャンプ高をアップさせ、より大きなトレーニング効果を得ようとする場合、スクワットをより深くしゃがんだ方が効果が高いよという主旨の論文を紹介しました。それと同時に、科学的な論文を読む時には、物事はそれほど単純ではないという事に注意して読まないといけないという考え方も紹介しました。

現時点ではこのテーマについて結論を出すことはできませんが、もし「クウォータースクワットのほうがジャンプのしゃがみ込みの深さと似ているから(”特異的”だから)、コンプレックストレーニングとしての効果は高いぞ」と言っているS&Cコーチが周りにいたら、その人の主張は科学的データによって裏付けられていないと批判するくらいの事は少なくとも自信をもってできるのではないかと思います。 

 

 

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【編集後記】

世の中では色々なトレーニング・メソッドが流行っては廃れていくという現象が起きています。メディアではトレーニング効果があるかないかよりも、見た目として面白いか、視聴者・読者の興味を惹くことができるかという事が重視されます。この業界に関わる人間として悲しく感じますが、ある意味ダメなものは淘汰されていっているのも事実です。流行に惑わされずに、たとえ見た目が地味であっても基本に忠実なトレーニング指導を続けていきたいと思います。アスリートの中には地味なトレーニングが嫌いで流行りものに目が行く人もいますが、妥協はせずに自分の軸をブラさないようにしようと改めて心に誓う今日このごろです。