トレーニングに関する仕事をしていると、「キツい」という事について色々と考える機会があります。
私の思う事について、つれづれなるままに書いていきます。
過去にも同じような記事を書いたので重複する部分があるかもしれません。
キツいトレーニングが自信に繋がる!?
「キツいトレーニングを乗り越えればアスリートが自信を持って試合に臨める」と主張するS&Cコーチや競技コーチがいますが、まったく論理的ではありません。
たしかに、キツいトレーニングをして体力が向上したら自信に繋がるかもしれません。
でも逆に、キツいトレーニングを乗り越えたのに体力が向上しなかったら(あるいは逆に体力が低下したら)どうでしょうか?
まったく自信は持てないはずです。
むしろ「あれだけ頑張ってキツいトレーニングをしたのに、なぜ体力が向上しないのか?」と自信を失い不安になる事でしょう。
つまり、キツいトレーニングを乗り越える事が自信に繋がるのではなく、体力が向上した事が自信に繋がるのです。
さらにわかりやすい例を挙げると
- ラクなトレーニングをして体力が向上した場合
- キツいトレーニングをしたけど体力が低下した場合
どちらが自信に繋がるでしょうか?
答えは明白だと思います。
やはり、キツいことをすることが自信に繋がるのではなく、体力が向上することが自信に繋がるのです。
キツいトレーニングを選びたい人がいる!?
上記の例は極端な対比のため答えは明白ですが、もう少しビミョーな対比を考えてみるとどうでしょう。
- ラクなトレーニング
- キツいトレーニング
どちらも同じだけ体力向上効果があるとします。
どちらを選びますか?
合理的に考えれば前者を選ぶと思います。
ラクして同じものを得られるのであれば、そちらのほうが良いはずですから。
わざわざキツい方を選ぶなんてドMじゃないですか!
しかし、日本のスポーツ界では、時々後者を選んでしまう傾向があるように思います。
それは「トレーニングはキツくないといけない」とか「ラクをして体力を向上させてははいけない」とか「成功するためには苦しまないといけない」というような非合理的な考えを持っている人がいるからでしょう。
トレーニングを勝つための手段としてでなく、ある種の「修行」として捉えているのです。
そういう考えの人は指導者側だけではなく、アスリートの中にも多く存在します。
「目的とする体力向上を達成するため、この時期にはこれだけのトレーニングをすれば良い」と判断して比較的ラクなトレーニングプログラムを処方すると、トレーニングセッション終了後「ちょっとまだ身体を動かし足りないから、もっとトレーニングして追い込みたいんですけど、何をしたらいいですか?」と尋ねてくるアスリートがいます。
皮肉なことに、競技やトレーニングに対する意識が高くて一生懸命頑張っているアスリートにそのような傾向があります。
これは上に挙げたように「キツくないといけない」「ラクしちゃいけない」「吐くまで追い込まないといけない」といった非合理的な先入観があるから起こる事だと思います。
しかし実際は、時期や目的によってはラクな(あるいはラクに感じるくらい強度や量が低めの)トレーニングを実施する事が体力向上にとってはベストな選択となる場合もあるのです。
逆にそのような状況で、こちらの意図を無視して追い込むようなキツいトレーニングをされてしまうと、体力向上効果が下がって逆効果になりかねないので、その辺りをアスリートに説明して理解してもらう事が重要だと感じます。
理解してもらわないとアスリートが隠れてコッソリと追い込むようなトレーニングをしてしまうので。
「minimum effective dose」という考え方
英語圏のトレーニング業界の中には「minimum effective dose」という考え方が存在します。
日本語で言うと、「目的を達成するために必要な最低限のトレーニング量」みたいな意味合いです。
それ以上トレーニング量を増やしても効果がそれほど変わらない閾値とでも言いますか。
我々S&Cコーチがトレーニングを処方する時は、この「minimum effective dose」を狙うべきだと思います。
体力向上という目的を達成するために最低限の時間やエネルギーしか使わないで済めば、競技練習により多くの時間やエネルギーを割く事ができます。
やはり競技力向上には競技練習が最も大切で、トレーニングはそれだけで足りない部分を補う補強に過ぎません。
それなのに必要以上にトレーニングで追い込んで競技練習の量や質に悪影響を与えてしまうのは本末転倒です。
必要なだけやれば良いのです。
それが「minimum effective dose」という考え方です。
結果としての「キツい」 vs. 目的としての「キツい」
誤解のないように言っておくと、決してキツいトレーニングを否定しているわけではありません。
キツい事がトレーニングの理由や目的になるのを否定しているのです。
目的を達成するためのトレーニング計画を立案した結果、ある時期には量や強度の多いキツいトレーニングをしないといけないという場合は多々あります。
そういう時は追い込むようなトレーニングをガシガシやればいいのです。
つまり、目的を達成するために選んだトレーニングが結果としてキツいのであれば、何の問題もないのです。
問題なのは、キツい事が目的にすり替わってしまった場合です。
この辺りの考え方を、アスリートや競技コーチにもしっかりと理解してもらう事が非常に重要だな〜と最近は強く思います。
理解してもらわないと、とにかくキツいトレーニングをさせて吐くまで追い込ませるようなS&Cコーチが有能であると誤解されてしまうからです。
正直言って、キツいトレーニングで追い込ませてヘトヘトにさせるなんて簡単です。
べつに生理学やバイオメカニクス、解剖学、トレーニングetcに関する専門的な知識なんて必要ありません。
誰でもできます。
何の知識もないはずの高校の部活の先輩に吐くまでシゴカれた経験はありませんか?
とにかくキツいトレーニングをさせて吐くまで追い込ませるようなS&Cコーチが有能であるとすると、あの高校の部活の先輩は有能なS&Cコーチという事になってしまいます。
そんなアホな!!
S&Cコーチとしても、吐かせるまで追い込むのが目的にすり替わってしまうと、吐かせるのにベストなトレーニングは何だろうと考え始めてしまいます。
それでは本来の目的である体力向上を実現するために必要なトレーニングからは乖離してしまい、大きな問題です。
何のためにトレーニングをやっているのかという基本の部分を忘れないようにしたいものです。
まとめ
最後に少し異なる視点から議論をしてみると、そもそもトレーニングを実施する目的として「アスリートに自信を付けさせる」という事はどれほど重要なのでしょうか?
極端な話、トレーニングが自信に一切つながらなくても、体力を向上させて競技力のポテンシャルをアップする事に成功すれば、目的は達成されたと捉えることはできないのでしょうか?
試合に勝つ事よりも、キツいトレーニングを乗り越えて忍耐強くなって自信をつける事のほうが重要なのでしょうか?
少し立ち止まって、考えてみていただければ。
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【編集後記】
腰を痛めてしまいました。
腰が痛いと何もできないな〜。
みなさんもお気をつけ下さい。