私はトレーニング指導をする時に、科学的知見を重視しています。
そして、科学的知見を仕入れるために論文を読んでいます。
もちろん、科学的知見がすべてではありません。
「科学的知見」に加えて、「S&Cコーチの経験・知識・スキル」や「アスリートのニーズや好み」も踏まえたうえで、総合的に判断を下すよう心がけています。
» 参考:「エビデンスに基づくトレーニング指導」っていうのは難しいことではなく、当たり前のことです
S&Cコーチとして科学的知見を重視し、それに基づいて意見を発信していると、以下のような主旨の反論をもらうことがあります。
研究結果はグループの平均値に過ぎず、個人に当てはまるとは限らない。
つい先日も、SNS上で、科学的知見を重視しているS&Cコーチの知り合いが、このような反論を食らっていました。
私に対する反論ではなかったのですが、あまりにも的はずれな指摘に少しイラッとして、外野の人間でありながら軽く横槍を入れてしまいました。
その後、反論されたご本人が冷静に対応されているのを見て、「大人になれ、河森!!」と深く自省をしているところです。
しかしながら、科学的知見の重要性を押し出して意見を発信していると、上記のような反論をいただくことは度々あります。
したがって、そのような反論がどれだけ的外れであるかを一度説明しておくことは有用であると考え、今回のブログを書くことにしました。
研究結果はグループの平均値に過ぎないから意味ない!?
まず、「研究結果はグループの平均値に過ぎず、個人に当てはまるとは限らない。」という意見はそのとおりです。
大枠では同意するところです。
だったら、何に対して河森はイラッとしているのか?と思われるでしょう。
科学的知見を適切に活用している人は、そんなことわかっているからです。
百も承知なのです。
それなのに、鬼の首を取ったように指摘する偉そうな態度がイラッとさせるのです。
と書きつつ、イラッとしてはダメだ、「大人になれ、河森!!」と自省しております。
そもそも、なぜ研究においては、個人を調べるのではなく、被験者の集団を調べて、その平均値をもとに統計学的な分析をするのでしょうか?
究極的には、「因果関係」を調べるためです。
そして、個人を調べるだけでは、因果関係を調べるのが難しいからです。
「因果関係」というのは原因と結果のことです。
これこれをやったから(=原因)こうなった(=結果)という関係のことです。
たとえば、Aというアスリートが◯◯トレーニングを3ヶ月間やって、パフォーマンスがUPしたと本人が信じているとします。
もちろん、本人の感覚は重要ですが、もしかしたら、◯◯トレーニングをやらなかったほうが、よりパフォーマンスUPしていたかもしれません。
つまり、どちらにしろパフォーマンスはUPしていたけど、◯◯トレーニングを実施したことで、その伸び率にネガティブな影響を及ぼしたという可能性を排除し切れないということです。
したがって、Aというアスリートが◯◯トレーニングをやって、パフォーマンスがUPしたという現象が実際に確認されたとしても、それが◯◯トレーニングのおかげとは断定できないのです。
別の言い方をすると、◯◯トレーニングという「原因」によりパフォーマンスUPという「結果」が起きた、という因果関係があるとは言い切れないのです。
だったら、◯◯トレーニングをやった場合とやらなかった場合で、パフォーマンスの変化量を比較すればいいじゃないか、と思われるかもしれません。
たとえば、まずは◯◯トレーニングを3ヶ月間実施して、パフォーマンスの変化量を調べて、その後、◯◯トレーニングを3ヶ月間中止して、パフォーマンスの変化量を調べて、比較するという感じです。
たしかに、それで◯◯トレーニングをやったほうがパフォーマンスの伸びが大きければ、◯◯トレーニングをやることでパフォーマンスがUPするという因果関係を証明することができそうです。
だが、しか〜し!!物事はそう単純ではありません。
一般的に、パフォーマンスが向上すればするほど、そのパフォーマンスをさらに向上するのは難しくなります。
上記の例だと、先に◯◯トレーニングを3ヶ月間実施してパフォーマンスがUPしたとすると、その後、さらにパフォーマンスUPするのが難しい状況が生じます。
そのような条件下で、◯◯トレーニングを中止して3ヶ月後のパフォーマンス変化量を調べて、それと最初の◯◯トレーニングを実施した3ヶ月間のパフォーマンス変化量を比較するというのは、そもそもフェアではないのです。条件が異なるのですから。
とはいえ、アスリートAに対して、まったく同じ条件下で、◯◯トレーニングを実施する場合としない場合を比べようとすると、タイムマシンでもない限り不可能です。
つまり、個人を調べるだけでは、因果関係を特定するのが難しいのです。
そこで、被験者の集団を調べる研究の出番です。
たとえば、上記の例で言うと、被験者を◯◯トレーニングを3ヶ月間実施するグループと実施しないグループに分けて、パフォーマンスの変化量を比べるのです。
この時に、2つのグループにおいて、トレーニング歴や年齢、性別等、トレーニング効果に影響を及ぼしそうな特徴が似通っていて、2つのグループ間で異なるのが◯◯トレーニングを実施したかどうかだけである、ということであれば、もしパフォーマンスの変化量にグループ間で違いが見られれば、それは◯◯トレーニングが原因であろうと推測することができるのです。
つまり、個人ではタイムマシンでもないと比較できないところを、被験者を複数集めてグループ分けをして、平均値を比べることで、フェアな比較ができるようになるわけです。
※もちろん、そのような比較をするためには、グループ間が十分比較可能になるように、被験者の数をしっかり集めたり、ランダムにグループ分けをしたり、という手続きも欠かせません。
研究を行う上でのそんな大前提を理解せずに、「研究結果はグループの平均値に過ぎず、個人に当てはまるとは限らない。」とか言っているから、私もイラッと来てしまうのです。
「だったら、個人のアスリートにとって、特定のトレーニングやリカバリー手法が効果があるのかどうか(=因果関係)をどうやって調べるんだ、コノヤロー!そんな方法があるんだったら、教えてみやがれ!」って思ってしまうのです。
と書きつつ、「熱くなってはダメだ、大人になれ、河森!!」と自省しております。
まとめ
「研究結果はグループの平均値にすぎない」というのはまさしくその通りなわけですが、個人を調べるだけでは因果関係の特定が難しいからこそ、グループの平均値を見ているんだ、という研究の大前提を理解してもらいたいというのが今回のブログの主張です。
科学的知見を適切に活用しているS&Cコーチは、そのような大前提はもちろん理解しているはずですし、それと同時に、研究の限界も把握しているはずです。
そのうえで、「科学的知見」に加えて、「S&Cコーチの経験・知識・スキル」や「アスリートのニーズや好み」も考慮に入れながら、アスリートに対してベストのサービスを提供しようと努力しているわけです。
その点、ご理解いただければと思いつつ、もっと大人になるよう精進していこうと自省している河森でした。
※ちなみに、今回お話をした、研究において因果関係を調べるためにグループの平均値を見ている云々という説明については、以下の本でとてもわかりやすく解説されているので、興味のある方は一読をオススメします。
買って損はしないはずです。
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【編集後記】
昨日、久しぶりにネクタイを締めました。
なんだか首周りが窮屈で、暑苦しいですね。
毎日ネクタイを締めてスーツで出勤しないといけないサラリーマンにならないで良かったと改めて思いました。