柔軟性を高めるためにがんばってストレッチを実施しているアスリートは多いでしょう。
アスリートがストレッチをする理由はいくつかあるでしょうが、その1つは「ケガ予防」だと思います。
なんとなく、身体が固いとケガをしやすいというイメージを持っていて、ストレッチをして身体を柔らかくすればケガをしづらくなると期待して、ストレッチをしているということです。
真面目なアスリートほど、しっかりとストレッチに取り組んでいる印象があります。
ストレッチを含むいわゆる「セルフケア」と呼ばれる行動にしっかり取り組むアスリートは個人的に好きだし尊敬もしています。
まあ、必ずしも努力したからといって結果につながるわけではないのがスポーツの残酷なところではありますが、それでも努力をするアスリートにはそれに見合った結果を出して欲しいと個人的には思っています。
ストレッチをして柔軟性を高めると逆にケガをしやすくなるかも
ストレッチをして柔軟性を高めれば自動的にケガ予防に繋がると考えているアスリートに伝えたいことがあります。
それは、ストレッチをして関節の可動域を広げると、逆にケガをしやすくなってしまう可能性(リスク)があるということです。
ケガ予防を目指してストレッチをしているアスリートからすると、「身体が柔らかくなったらケガをしづらくなるんじゃないの!?」と思うかもしれません。
確かに、身体が固すぎると、特定の姿勢をとったり、特定の動きをしたりするときに、不必要なストレスが身体の他の部位にかかってしまい、ケガや痛みに繋がるリスクはあります。
したがって、理屈としては、ストレッチをして身体を柔らかくすれば、そのようなストレスを減らすことができて、結果としてケガをしづらくなるはずです。
その一方で、ストレッチをして関節の可動域が広がっても、その広がった新たな可動域において動きをコントロールするだけの「筋力」が伴わなければ、逆に危険です。
柔軟性が向上して今まで以上に関節を大きく動かせるようになっても、新たな可動域に筋力がないと、過剰に関節が動きすぎてしまって、結果として筋肉だったり靭帯だったりが切れたりしかねないのです。
実際に、身体が柔らかすぎる(hypermobile)アスリートは、ケガのリスクが高いと報告している科学的データも存在します(そうではないと報告しているデータもあります)(1, 2)。
また、科学的なデータとはべつに、前職場の国立スポーツ科学センターでさまざまな競技のアスリートを見てきた私の経験からすると(自分が担当した以外のアスリートも含めて)、たしかに柔軟性の高いアスリートがケガをしやすい傾向があるな〜という印象はあります。
とくに、おそらく生まれつき身体が柔らかいんだろうな〜と思われる女性アスリートなんかは、膝をケガしやすい傾向があるように思います(一般論として、女性アスリートのほうが男性アスリートよりも柔軟性の高い人が多いです)。
本当に生まれつき身体が柔らかいかどうかを調べたわけではないし、正式な調査をしたわけでもないので、完全に私の主観でしかありませんが。
ストレッチで広げて、ウエイトトレーニングで強化する
ここまで読んで「じゃあ、ストレッチはしないほうがいいのか?」と思われるアスリートもいるでしょうが、必ずしもそういうわけではありません。
べつに「ストレッチをして柔軟性を高めること」自体がリスクなわけではないからです。
あくまでも、「広がった新たな関節可動域に筋力が伴わず、動きをコントロールできないこと」が危険なのです。
であるならば、解決策としては「広がった新たな関節可動域に筋力をつけてあげること」であるはずです。
広がった新たな関節可動域に筋力が伴うのであれば、柔軟性を高めたほうがケガをしづらくなるし、パフォーマンス向上に貢献しうるというのが私の持論です。
じゃあ、具体的に、柔軟性を高めつつ、広がった新たな関節可動域に筋力をつけてあげるにはどうすればいいのでしょうか?
基本的には、以下の2つを並行して実施するのがベストだと思います:
- ①ストレッチ等を使って関節可動域を広げる
- ②その広がった可動域を使ってウエイトトレーニングを実施する
ウエイトトレーニングのウォームアップ等で、ストレッチやその他のメソッド(呼吸、フォームローラー等でコロコロする)を使って一時的に可動域を広げます。
そのうえで、その広がった可動域を使って大きな可動域でウエイトトレーニングを実施すると、新たな関節可動域においても筋力をつけてあげることができるはずです。
ここでのポイントは、ストレッチ等を使って広げた可動域をウエイトトレーニングでしっかり使ってあげることです。
ウォームアップでせっかく可動域を広げても、その後のウエイトトレーニングで狭い可動域しか使わないような、いわゆる「パーシャルレンジ」でしか鍛えなければ、新たな可動域に筋力をつけてあげることはできないでしょう。
結果として、柔軟性だけが向上するけど、広がった新たな関節可動域に筋力が伴わず、ケガのリスクが高まってしまいます。
また、ケガのリスク云々という話以外にも、ストレッチ等で一時的に可動域を広げてあげたうえで、その可動域を使ってウエイトトレーニングをして筋力もつけてあげたほうが、柔軟性の向上が定着しやすいという考え方もあります。
私の知る限りでは、この考え方の妥当性を調べた研究はされていないので紹介することができませんが、私の主観的にはこれはありうると思っています。
» 参考:『Get Long, Get Strong』:持久系アスリートに対してレジスタンストレーニングを処方したり指導したりする時のフィロソフィー⑦
まとめ
ストレッチばっかりやって柔軟性が向上しても、新たに獲得した関節可動域に筋力が伴わなければ、逆にケガのリスクが高まる可能性があります。
ストレッチ等の可動域を広げることと、その広がった可動域において筋力をつけるようなウエイトトレーニングを、並行して実施していただければと思います。
ちなみに、ウエイトトレーニング前のストレッチは、動的ストレッチが基本的にはオススメです。
静的ストレッチは一時的に筋力等を数%低下させる可能性があるので。
しかし、数%筋力等が低下することよりも、可動域を広げておいてそれを使ってウエイトトレーニングをすることのほうが重要度が高いと判断するのであれば、静的ストレッチをするのもアリです。
静的ストレッチの保持時間を短くすれば(例:30秒以下)、筋力等の低下はそれほど大きくないとの報告もあるので、やり方さえ工夫すれば、マイナス効果を最小限に抑えつつ、一時的に可動域を広げることも可能です。
参考文献
- Pacey et al. (2010) Generalized Joint Hypermobility and Risk of Lower Limb Joint Injury During Sport: A Systematic Review With Meta-Analysis. The American Journal of Sports Medicine 38(7):1487-97
- Tingle et al. (2018) The links between Generalized Joint Laxity and the incidence, prevalence and severity of limb injuries related to physical exercise: a systematic literature review. Physical Therapy Reviews. 23(4-5):259-272.
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【編集後記】
最近は小腹がすいた時にちくわを食べています。