バスケW杯でのプレーを終えた選手たちのコメントがメディアにチラホラと出てきています。
先日、そうしたネット記事の1つを紹介して、以下のようなツイートをしました:
田中大貴選手「40分間当たられ続けて削られて、終盤に足が止まってしまう」
この発言には、球技スポーツにおける「持久力」について考え直すためのヒントが詰まっています。
日本代表と世界、篠山竜青と渡邊雄太はフィジカルコンタクトの差をどう埋めるのか https://t.co/YPzkzLY9uE
— 河森直紀 Naoki Kawamori (@kawamorinaoki)
この田中大貴選手の発言には、実際に海外の強豪国とガチンコの対決をしたからこそ得られる経験が凝縮されていると私は感じました。
こうした経験を日本のバスケ界にフィードバックしてもらうことで、日本全体のレベルアップに繋げることができるはずです。
「試合の終盤で足が止まってしまうから、さらに走り込もう」という考え方は単純すぎる
田中大貴選手が感じた「試合の終盤に足が止まってしまう」という問題点。
これは、別な言い方をすると「試合の最後まで走り続けるだけの持久力が足りない」ということです。
で、この問題に対する解決策として「今までの走り込みじゃ足りないから、今まで以上に走り込もう」と考えるアスリートや競技コーチは多いと思います。
まあ、アスリート自身が「もっと走り込もう」と思うことはレアでしょうから、基本的には競技コーチが「もっと走らせよう」と考えることになるでしょう。
しかし、残念ながら、このような思考は単純すぎます。
場合によっては、それが問題を解決してくれる場合もあるかもしれませんが、多くの場合は問題解決には繋がらないはずです。
少なくとも、今回のバスケW杯でプレーをした田中大貴選手たちのケースでは、「さらに走り込む」という方法では「試合の終盤に足が止まってしまう」という問題を解決することはできないでしょう。
試合における持久力 ≠ 生理学的な意味での持久力
「試合における持久力」というのは、みなさんが一般的に思い浮かべる「持久力」と必ずしもイコールではありません。
後者の「持久力」は、いわゆる「生理学的な意味での持久力」であり、運動をするためのエネルギー(=ATP)を産生する能力のことを指しています。
いわゆる「走り込み」と呼ばれるようなトレーニングで向上することができるのは、この「エネルギー産生能力」です。
私の経験上、バスケ界において「走り込み」みたいなトレーニングは海外よりも日本のほうがたくさんやっていますし、ただ走るだけなら日本人が例えばアメリカ人に負けるとは思えません。
つまり、「エネルギー産生能力」だけに着目すると、必ずしも日本人選手が海外の選手に劣っているとは考えづらいのです。
それにもかかわらず、「試合の終盤に足が止まってしまう」と田中大貴選手が感じたということは、原因は「エネルギー産生能力」以外のところにあるはずです。
具体的には、産生されたエネルギーを使う部分の能力、すなわち「エネルギー使用能力」で差があったと考えられます。
うまい例えではないかもしれませんが、イメージとしては、運動会の「玉入れ」をする時に、玉はたくさんあるけど(エネルギー産生能力は高い)、玉をかごに入れるのが下手(エネルギー使用能力が低い)みたいな感じです。
「さらに走り込もう」というのは、玉をもっと増やそうという戦略にあたります。
しかし、玉の数の不足が問題なのではなく、玉をかごに入れるのが下手なのが問題なのであれば、それは解決策としては有効ではありません。
そういうケースにおいて適切な解決策は、玉をかごに入れるスキルを高めることや、(ルール上認められるのであれば)玉をかごに入れる人数を増やすことでしょう。
エネルギー使用能力に貢献する3要素
私はアスリートにとっての「エネルギー使用能力」には3つの要素が貢献していると考えています:
- ①筋力
- ②技術
- ③戦術
①筋力
筋力という体力要素は持久力とはまったく異なるものと考えられがちです。
たしかに、生理学的な意味で考えると、この2つはある程度は独立した別ものと捉えることができるかもしれません。
しかし、こと「試合における持久力」という観点で考えると、筋力も重要な要素であり、多くの方が見過ごしがちな部分でもあります。
たとえばバスケのように相手との身体接触があるスポーツにおいては、筋力の差が、1回のフィジカルコンタクトによる消耗度に大きな影響を及ぼします。
そして、それが何度も繰り返されると、筋力で劣っている側は疲労していきます。
田中大貴選手のコメントにある「40分間当たられ続けて削られて」というのがこの事実を如実に表しています。
ただし、フィジカルコンタクトの能力というのは筋力とイコールではないので、それ以外にも体重や身体を当てる技術、意識等も含めてトータルで考える必要があります。
ここでは、議論をわかりやすくするために「筋力」という言葉にまとめているだけなので、ご注意ください。
» 参考:【競技コーチ・アスリート向け】身体接触のある球技スポーツでフィジカルコンタクトを強化する方法
また、相手との身体接触がないスポーツにおいても、筋力は「試合における持久力」に影響を及ぼします。
たとえば、私がトレーニング指導を担当していたフェンシング選手で、「エネルギー産生能力」が非常に高い選手がいました。
インターバル走のようなトレーニングにおいては、馬車馬のごとく走り続けることができました。
「これだけ走れれば、フェンシングの試合で疲れることはないだろう」なんて思っていましたが、実際には、試合の終盤でガス欠になることが多かったです。
その理由を考えると、筋力不足が原因の1つとして挙げられます。
フェンシングでは相手を剣で突きに行く「アタック」をした時に、うまく突けずに得点が決まらなければプレーは続行されるので、相手からの反撃を喰らわないために、「アタック」した姿勢から防御できる姿勢に素早く戻る必要があるのですが、この動きがとても遅かったのです。
つまり、筋力不足により、切り返し動作が遅かったということです。
そのために生じる無防備な姿勢で相手に攻撃されてしまうため、相手はラクラクと省エネで得点を積み重ねることができ、こちらは1点を取るのに相手よりもたくさん動く必要があるので、「エネルギー産生能力」が高いのに試合の終盤でガス欠になってしまったのです。
身体接触があるスポーツもないスポーツも、筋力不足が原因で「試合における持久力」が低いことがあります。
その場合には、走り込む量を増やすよりも、ウエイトトレーニングに取り組み筋力を向上させたほうが、問題解決に繋がる可能性は高いでしょう。
スタミナ不足解消のためウエイトトレーニングをやる、という発想がない方も多いかもしれませんが、頭の片隅においておいても損はありません。
②技術
エネルギー産生能力が高くても、技術が低いために、試合の終盤で足が止まってしまうことはありえます。
たとえば、上記の「筋力」について解説したときに取り上げた「フィジカルコンタクト」や「切り返し動作」というのは、筋力が大きな要因ではありますが、技術も大切です。
上手に身体を当てる技術を高めることができれば、1回あたりのフィジカルコンタクトでの消耗度を減らすことができるし、フェンシングの切り返し動作の技術を磨けば、相手にラクに得点を与えてしまうことも防げます。
また、それ以外にも、単純に技術が下手だと余計なエネルギーを使ってしまうから、スタミナが切れてしまうことはあります。
バスケのオフェンスで、スクリーンを使ったりボールを持ってない選手が動き回ったりしてディフェンスとのズレを作り、フリーでシュートを打つチャンスを作り上げたとしても、パスのキャッチミスをしたり、ボールハンドリングのミスをしてしまうと、ディフェンスに追いつかれてしまいます。
そうすると、ディフェンスを振り切れない状態でタフショットを打たないといけなくなったり、もう一度、ディフェンスとのズレを作る動きをやり直さないといけなかったりするので、余計なエネルギーを使ってしまいます。
また、フェンシングの例でいうと、5回アタックをしてようやく相手を突けて1点を取れる技術レベルの選手と、3回アタックすれば1回は相手を突けて1点を取れる技術レベルの選手がいたら、後者のほうがより効率よく得点を取ることができることになります。
逆に言うと、相手を突く技術が下手なフェンサーは、1点を取るのに多くのエネルギーを使わないといけないので、試合の終盤で足が止まってしまう可能性が高いのです。
したがって、そもそも技術が下手なアスリートの場合、練習をして技術を高めることが「試合における持久力」の向上に繋がりうるということです。
ただし、技術を高めるには時間がかかるので、たとえば中学生とか高校生のバスケチームを勝たせようと思ったら、ひたすら走り込みをさせてエネルギー産生能力を高めたほうが手っ取り早いのかもしれません。
③戦術
戦術とかプレースタイルとして、とにかく動き回って相手のスタミナを奪っていき、相手が疲れてくる試合終盤に勝負をかけるというタイプの選手やチームがいます。
そういう戦術をとると、たとえエネルギー産生能力が高くても、試合終盤にガス欠を起こして足が止まってしまう可能性は高まります。
とくに、試合が1発で終わらずに、トーナメント制のように何試合も戦わないと行けない場合には、疲労が蓄積してしまい、最後までその戦術で勝ち切るのは次第に難しくなっていくでしょう。
多くの場合、そのような戦術をとるのは、筋力や技術が劣っているけど生理学的な意味での持久力には自信があるというアスリートやチームです。
自分の特徴や長所を活かした戦術を選択するのは決して悪いことではありません。
その戦術で戦っても、ガス欠にならずスタミナが最後まで持つのであれば、変更する必要はありません。
しかし、「試合における持久力」に問題があり改善が必要なのであれば、解決策の1つとして、戦術の見直しも視野に入れる必要があるでしょう。
ただし、筋力や技術が劣っているため他に選択肢がなくそのような戦術を採用したのであれば、その戦術を変えるだけだと勝てなくなってしまうリスクがあります。
そういう場合は、筋力や技術を強化するという解決策とセットで戦術の変更を実施することが大切です。
まとめ
試合でのスタミナ不足を感じたときに、「さらに走り込もう」という単純な解決策に走るのではなく、「エネルギー産生能力」「エネルギー使用能力」というより大きな観点で、どこに原因があるのかを模索しましょう、というのが今回のブログの趣旨です。
試合でのスタミナ不足の原因にはいろいろな可能性が考えられるということは、解決策も「走り込み」以外にいろいろあり得るということです。
課題を解決するのに、もっとも効率的な解決策を見つけられるように、今日解説したような考え方を知っておくと役に立つでしょう。
ちなみに、走り込むような持久力トレーニングを否定しているわけではありません。
エネルギー産生能力が不足していて試合でガス欠を起こしているケースもあるので、その場合は走り込みが適切な解決策であることはありえます。
そもそも、走り込みもウエイトトレーニングも技術練習も、すべてアスリートはやるべきことなので、トータルで考えて、やるべきことをすべてバランスよくやっておけばいいだけのことなんですけどね。
こと日本のバスケ界においては、とくに海外と比べた場合に、筋力や筋量を高めるウエイトトレーニングやフィジカルコンタクトの技術を高める練習の部分が不足しているので、そこにフォーカスしたほうが効率よく「試合における持久力」を高めることができると個人的には思います。
ただし、Bリーグは試合数も多いしシーズンも長いし、オフシーズン中にもアーリーカップとかあるし、なかなかウエイトトレーニングばかりガシガシやって強化していればいいってわけではないので、高校・大学の段階から当たり前に取り組むようにならないと難しいのかな〜とも感じています。
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【編集後記】
昨日はバスケW杯決勝のアルゼンチン対スペイン戦をネット観戦しました。
スペイン強かったですね。
マーク・ガソルが効いていたように見えました。
デカくて強くて3ポイントシュートも入る。
アルゼンチンは抑えきれませんでしたね。