今回は久しぶりに人の褌で相撲を取らせていただきます。
本ブログでもたびたび言及していますが、競技スポーツの世界でアスリートのトレーニング指導に携わるために、絶対に持っておかないといけない資格というものはありません。
たとえば、医師として活動する場合は、国家資格である医師免許が必要ですが、S&Cコーチとして活動するのに必要な国家資格は存在しません。
極端な話、誰でも今日から「私はS&Cコーチです」と名乗ることができてしまいます。
そして、なんの資格も持っていない状態でS&Cコーチを名乗ってトレーニング指導というサービスを提供しても、警察に捕まることはありません。
違法ではないので。
以前に、NSCAが発行しているCSCSという資格を取得することをオススメするブログ記事を書きましたが、それだってS&Cコーチとして必須の資格というわけではありません。
アスリートのパフォーマンス向上に関わる専門家の職域
取得が必須とされる資格がないからこそ、S&C(=アスリートのトレーニング指導)の世界ではさまざまなバックグラウンドを持った人達が活動しています。
ポジティブに捉えれば、多様性が保たれているため、新しいアイデアがうまれやすい環境があると言えるかもしれません。
また、トレーニング指導者を選ぶ立場である競技コーチやアスリートからすると、選択肢が増えるのは悪いことではないのかもしれません。
その一方で、「職域」という境界があいまいだからこそ、本来はアスリートにトレーニングを指導する専門家ではない他分野の方々が、この分野に入り込んで活動してしまっている現状があります。
「いや、あなたはトレーニングを教える専門家じゃないでしょ!」とツッコミを入れたくなるような人がトレーニングを教えちゃっているのを見ることもありますし、同じような話を同業の方から聞くこともあります。
残念ながら、トレーニング指導者を選ぶ立場の方々(競技コーチ、アスリート、チーム編成担当)には、そのあたりの専門分野の微妙な違いはわからないはずです。
結果として、トレーニングを教える専門家ではない人からトレーニングを教わってしまい、結果に繋がらないケースが実際におこっています。
私自身、そのような現状を憂えて、アスリートのパフォーマンス向上に関わる専門家の職域について、いつかブログで書かないとな〜と思っていました。
それなのに、なかなか手を付けられずに、今日まで来てしまいました。
というのも、書き方に細心の注意を払わないと、勘違いをされたり、誤ったメッセージが伝わったりする危険性が高いと感じていたからです。
その危険をあえて冒してまで、専門家の職域についてブログを書いて発信することにメリットがあるのだろうか、と悩んでいたわけです。
そんなこんなで、本ブログ「S&Cつれづれ」の記事数が700を超えるようになっても、まだ重い腰をあげられないでいました。
そんな中、まさにこの「アスリートのパフォーマンス向上に関わる専門家の職域」をテーマに書かれたブログを読ませていただく機会がありました。
ブログを更新しました。
以前から気になっていたスポーツトレーナーという名称への違和感と、最近Twitterの投稿で良く見かける専門職の職域についてまとめてみました。
専門職だけでなく、アスリートやスポーツ指導者、さらには一般の方々にも読んでいただければ嬉しいです。https://t.co/vPfnEwukXd— 池田克也 (@WPC_ikeda)
職域の説明については、池田さんが書かれている以上のものを私は書ける自信がないので、改めて本ブログで書くことは今後ないと思います。
だから、今回はこちらのブログを紹介させていただくことで、人の褌で相撲を取らせていただくことにしました。
将来スポーツ分野で働く若者に道を示すという視点
上記のブログが更新されてから、SNS等の反応を拝見していると、反響が大きいように見受けられます。
やはり、誰かが書かないといけない内容だったのでしょう。
私自身は、危険が大きいと尻込みをして書けないでいたのですが、そこをあえて書かれた池田さんの勇気は素晴らしいと思います。
また、SNS等を見ていると、将来この分野での活躍を目指して勉強をしている若者たちが「そんな違いがあるなんて知りませんでした」とか「自分がやりたいこととは異なる勉強をしてしまっていました」という意見を述べていました。
そういう発信を見て、ハッとしました。
「職域についてブログ書かないとな〜。でも、書き方に気をつけないと、勘違いされるのも怖いな〜」なんて悩んでいた私の頭の中からは、将来この分野を目指す若者のことなんて全く抜け落ちていたのです。
振り返ってみると、私も早稲田大学に入学し、スポーツ科学を勉強し始めた頃には、私がやりたいのはアスレティックトレーナーだと思っていました。
しかし、1年生のときに岡田純一先生と出会い、S&Cコーチなる職業について教えていただき、「俺がやりたいのはアスレティックトレーナーではなくS&Cコーチだ!」と知ることができたので、進む方向を間違えずに済んだのです。
もし、早稲田大学に入学していなければ、しばらくは勘違いしたままアスレティックトレーナーを目指して勉強していたかもしれません。
で、途中で、「あれ、俺がやりたいことと違うな?」と気付いてから、目指す方向を変えることになっていたでしょう。
そして、目指す方向を変えようと思ったとしても、そこからS&Cコーチなる職業の存在にたどり着くまで、さらに時間がかかっていたはずです。
私も先日40歳になり、そろそろ後進のことも考えないといけない年齢になってきました。
岡田先生が私にしてくれたことに対して報いるためには、今度は私が若者に対して道を示すことしかありません。
その視点が欠けていたことや、「勘違いされて敵を作りたくない」と自分のことしか考えていなかったことについて、反省の気持ちしかありません。
そこに自分で気づく前に、池田さんがブログで発信していただいたことに対して、ありがたい気持ちと悔しい気持ちで一杯です。
私がブログを書くのに慎重になっていた理由
私が職域についてブログをいつか書かないといけないな、と思っていた理由は、上記の池田さんのブログ内での分類でいうところの、「アスリハ」「治療」の分野の専門家が、専門外のはずの「トレーニング」に手を出してしまっているのを見てきたからです。
で、多くの場合、そういう非専門家の方々は、アスリートの競技力向上に貢献するとは思えないような「トレーニング」を提供してしまっています。
そういうケースにおいて、被害者はアスリートです。
せっかく競技力向上を目指して一生懸命トレーニングに取り組んでいるのに、「それやっても意味ないでしょ」と思われることをやらされているアスリートが不憫でなりませんでした。
それなのに、職域についてのブログを書くのに慎重になっていた理由がいくつかあります。
- ①「アスリハ」「治療」分野の資格やバックグラウンドを持っている人すべてが、「トレーニング」を教える能力がないわけではない
- ②まれに複数の専門分野をこなせてしまう天才がいる
- ③「アスリハ」「治療」分野の専門家が「トレーニング」について学ぶことは悪いことではない
①「アスリハ」「治療」分野の資格やバックグラウンドを持っている人すべてが、「トレーニング」を教える能力がないわけではない
書き方に気をつけないと、「アスリハ」「治療」の資格やバックグラウンドをお持ちの方はすべて、「トレーニング」を教える能力がないと批判していると誤解されかねないと危惧していました。
必ずしもそんなことはありません。
なんだったら、私が同業者として尊敬しているS&Cコーチのなかには、もともと「アスリハ」「治療」の分野での活躍を目指して勉強されていたり、実際に現場で活動されていたりした方が数多くいます。
だから、たとえばアスレティックトレーナーとか理学療法士の資格を持ちつつ「トレーニング」をアスリートに指導している方がすべて、専門外に手を出してしまっている不誠実な人物、というわけではありません。
もともとは「アスリハ」「治療」の活動をしていてケガをするアスリートを多く見ているうちに、そもそもケガをさせないことの重要性に気づき、ケガをしづらい身体づくりという役割を持つ「トレーニング」に興味がうつり、転向する人口が一定数いるだろうことは容易に想像がつきます。
私だって早稲田大学に入学して岡田先生と出会っていなければ、しばらくアスレティックトレーナーとして勉強・活動して、途中で「俺がやりたいことと違う」と気付いて方向転換していたかもしれません。
だから、もともとは「アスリハ」「治療」の分野で活動していたとしても、途中で「トレーニング」の分野に転向するぶんには何の問題もないのです(ファイナルファンタジーでいうところの「ジョブチェンジ」みたいなものです)。
一方で、私が許せないのは、「アスリハ」「治療」の分野の知識やスキルしかないのに、「トレーニング」についての知識やスキルをイチから勉強し直すこともせず、「アスリハ」「治療」の分野でやっていることをそのまま「トレーニング」と称してアスリートに提供してしまっている人達です。とても無責任だと思います。
とはいえ、何度も説明しているように、「トレーニング」分野で活動するのに必須とされる資格はありません。
だから、もともと「アスリハ」「治療」の分野で活動していた方が、「トレーニング」分野に転向しようとして、イチから「トレーニング」について学び直したのかどうかは、外から見ただけだとわかりません。
資格のようなわかりやすい目安がないので。
「トレーニング」分野の専門家であれば、その人が提供している「トレーニング」の内容を見ればある程度見分けが付きますが、非専門家である競技コーチやアスリートが見抜くのはほぼ不可能でしょう。
もともと「アスリハ」「治療」の分野で活動していたけど「トレーニング」分野に転向してイチから学び直した専門家と、「トレーニング」について学び直すことなく「アスリハ」「治療」の知識やスキルだけで「トレーニング」の専門家を自称してしまっている人とを見分けるのは困難です。
ただ、唯一可能性があるとすれば「掛け持ちでやっているかどうか」で判断することが挙げられます。
私が尊敬しているS&Cコーチで、もともと「アスリハ」「治療」の分野で活動していたけど、「トレーニング」の分野に転向した方達は、「トレーニング」の活動に専念しています。
「アスリハ」「治療」と掛け持ちで「トレーニング」をやっている人はいません。
逆に、「アスリハ」「治療」の専門家を自称してその活動を続けつつ、「トレーニング」にも掛け持ちで手を出してしまっている人達は、ちょっと怪しんだほうがいいでしょう。
「アスリハ」「治療」の分野の知識やスキルしかないのに、「トレーニング」についての知識やスキルをイチから勉強し直すこともせず、「アスリハ」「治療」の分野でやっていることをそのまま「トレーニング」と称してアスリートに提供してしまっている人達である恐れがあります。
②まれに複数の専門分野をこなせてしまう天才がいる
基本的に、「アスリハ」「治療」と「トレーニング」を掛け持ちでやっている人は怪しんだほうがいいです。
両方の専門分野を高いレベルでこなすことは至難の業なので。
それにもかかわらず掛け持ちでやっている人は、どちらも中途半端でレベルが低い可能性が大です。
とはいえ、たまに例外もあります。
複数の専門分野を高いレベルでこなせてしまう天才もいるんです。
たとえば、医師免許を取得しつつ司法試験にも合格するなんて不可能なことのように思えますが、たまに両方こなしてしまう天才がいるのと同じようなものです。
だから、そこまでの天才を批判するつもりは全然ありません。
むしろ、そんな天才がスポーツ分野で活躍してくれるなんてありがたいと感謝したいくらいです。
そんな人材は業界として大切にするべきでしょう。
したがって、掛け持ちでやっている人はすべて信用するなと言っているわけではないので誤解しないでください。
とはいえ、そんな天才は100人に1人もいません。かなりの希少種です。はぐれメタルみたいなものです。
あなたの目の前の人がその天才である確率は非常に低いので、やはり掛け持ちでやっている人は怪しんでみたほうがいいでしょう。
最初は怪しんでかかっても、本当に天才であればそのうち気付くはずですから。
あ、この人は本物だ、って。
③「アスリハ」「治療」分野の専門家が「トレーニング」について学ぶことは悪いことではない
「アスリハ」「治療」の専門家が、「トレーニング」分野に完全に転向してイチから学び直すことなく、掛け持ちで「トレーニング」を教えてしまうことには反対です。
とはいえ、「アスリハ」「治療」の専門家が「トレーニング」について学ぶことを否定する気持ちは一切ありません。
むしろ、どんどん積極的に学んでほしいくらいです。
というのも、他分野についての理解を深めることで、「生半可な知識・スキルで手を出してはいけないな」と気付くことができるからです。
そうすることで、他分野の専門家へのリスペクトがうまれ、「自分は自分の得意な専門分野でがんばろう」「必要であれば、他分野の専門家と連携しよう」という健全な方向に進むことができるようになるからです。
他分野の専門家と連携するときにも、その分野の専門家が何をできるのかを少しは知っておいたほうが、お互いの役割の線引もしやすくなるし、連携もスムーズになるはずです。
また、「アスリハ」「治療」の専門家が、「トレーニング」について学べば、そのエッセンスを専門の「アスリハ」「治療」にも活かせるはずです。
さらには、「トレーニング」について学んでいるうちに、そちらに興味が移り、転向したいと思うかもしれません。
その場合は、中途半端に掛け持ちをするのではなく、覚悟を決めて、イチから学び直すつもりでジョブチェンジしていただければ。
逆に私も「アスリハ」「治療」分野から学ぶことはあります。
それは物事の見方や考え方であったり、具体的なテクニックであったりします。
だからといって、私は「アスリハ」や「治療」を自分ができるなんてこれっぽっちも思いませんし、そんなことやるのは無責任だから絶対にやろうとも思いません。
あくまでも、自分の専門である「トレーニング」の枠組みの中で活用できるような情報を、他分野から学ぶというスタンスです。
まとめ
将来、アスリートのパフォーマンス向上に関わる専門家を目指している若者は、上で紹介した池田さんのブログを読んでみてください。
そして、「アスリハ」「治療」「トレーニング」のどの分野の専門家としてアスリートに貢献したいかをよく考えて、自らの進む道を決めてください。
それと同時に、私がなぜ職域をテーマにブログを書くことを躊躇していたのかについても知ってもらい、このテーマが白黒ハッキリしたものではなく、複雑な事情がいろいろあるんだな〜と想像してもらえれば。
また、私は「アスリハ」「治療」の専門家すべてを批判しているわけではないので誤解しないでください。
「アスリハ」「治療」の専門家は連携して働く重要なチームメンバーだと考えていますし、幸いなことに私の周りには協力して働きやすい素晴らしい専門家が揃っています。
ただ、それは私がたまたま運が良かっただけで、そうではなく、専門外のことに口やら手やらを出してくる人もいるという話をよく聞きます。
そういう無責任な人たちが、アスリートやチーム編成担当者から選ばれなくなるようになるためにも、職域については多くの方に知ってもらう価値があると思います。
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【編集後記】
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— GS Performance Yohei Kaga (@gs_performance)