昨年末に、私がオーストラリアの大学院に留学していたときの恩師であるDr. Newtonが論文を紹介していたのをリツイートしました:
Full paper @JSCRonline now available – bilateral RT superior for COD performance. Importance of targeting underlying physiological stimulus – not exercise selection based on movement specificity of target performance @BrendynAppleby @StuCormack https://t.co/CL2RGuDetN pic.twitter.com/KZ1MHAaKNt
— Rob Newton (@ProfRobNewton)
私が本ブログで何度も取り上げてきた「特異性の原則」や「トレーニング効果の転移」に関連する研究です。
今回はこちらの論文をレビューします。
論文の内容
研究プロトコル
トレーニング経験のあるラグビー選手がプレシーズン中に被験者として研究に参加した。
被験者は3つのグループにランダムに分けられて、8週間に渡って以下のトレーニングを週2回実施した:
- 比較群(10名):通常の活動を継続
- 両脚群(13名):下半身のウエイトトレーニングとして両脚エクササイズ(スクワット)を実施
- 片脚群(10名):下半身のウエイトトレーニングとして片脚エクササイズ(ステップアップ)を実施
両脚群と片脚群は、それぞれのメインエクササイズ(スクワットとステップアップ)に加えて、傷害予防目的でノルディックハムストリング・グルートハムレイズ・ルーマニアンデッドリフト・カーフレイズ等のエクササイズも実施した。それ以外に、上半身のウエイトトレーニングも実施した。
両脚群と片脚群とでは、トレーニングにおける相対的な強度・量は等しくした。
両脚群と片脚群で異なるのは、下半身メインエクササイズの種類(スクワット vs. ステップアップ)だけであった。
この8週間のトレーニング期間の前後に、20-mスプリントタイム・50°方向転換タイム・スクワット1RM・ステップアップ1RMの測定を実施した。
※スクワットもステップアップも1RM測定では膝関節が90°になる深さが基準と報告されており、トレーニング中の可動域については言及がありませんが、おそらく膝関節90°でトレーニングしたものと思われます。
結果
主だった内容だけ抜粋します。
トレーニング前後で、スクワット1RMとステップアップ1RMは両脚群・片脚群ともに向上し、ステップアップ1RMは片脚群のほうが大きな伸びを示す傾向が見られた。
トレーニング前後で、20-mスプリントのパフォーマンスは、比較群と比べると両脚群・片脚群ともに向上したが、両脚群と片脚群の間では伸び率に大きな差は見られなかった。
トレーニング前後で、50°方向転換のパフォーマンスは、比較群と比べると両脚群・片脚群ともに向上したが、両脚群のほうが大きな伸び率を示す傾向が見られた。
考察
ちょっと研究デザインが複雑なので、わかりやすい部分だけを抜粋して紹介しました。
この研究の核となる部分を理解するぶんには、今回紹介したところにフォーカスして解釈して問題ないはずです。
さらに詳しく知りたい方は論文を読んでみてください。
この研究において最も注目すべき発見は、方向転換のパフォーマンス向上効果については、両脚エクササイズ(スクワット)のほうが片脚エクササイズ(ステップアップ)よりも優れていた、という点です。
この研究から言える客観的な事実はそれだけです。
この客観的な事実をどう解釈するか、がこの論文を読むときの肝(きも)になります。
私なりの解釈の仕方を紹介していきます。
まず、ウエイトトレーニングを実施して筋力や柔軟性を向上し、それがスプリントや方向転換といった動きのパフォーマンスUPに繋がる現象を「トレーニング効果の転移」と呼びます。
この観点でいうと、方向転換動作への「トレーニング効果の転移」はスクワットのほうがステップアップよりも優れていた、と解釈することができます。
ここでポイントなのは、方向転換動作は基本的に片脚での動作であるという点です。
べつにずーっと片脚でケンケンみたいに動くわけではないですが、左右の脚を交互に動かし、地面に足が着いて地面に対して力を発揮するときは片脚になっているということです。
トレーニングにおける「特異性の原則」の解釈を誤り、ウエイトトレーニングの見た目の動きを実際の競技の動きに近づけたほうがよい、と主張する人たちが一部います。
もしその考え方が正しいのであれば、片脚エクササイズであるステップアップのほうが、両脚エクササイズであるスクワットよりも、片脚で行う方向転換動作に見た目が似ているので「トレーニング効果の転移」も優れているはずですが、この研究では逆の結果が得られたということです。
つまり、少なくとも「片脚 vs. 両脚」という観点でいうと、向上させたい競技の動き(例:方向転換)にウエイトトレーニングが似ているからといって「トレーニング効果の転移」が促進されるわけではないのです。
両脚で実施するスクワットによって得られる何かしらの適応(例:筋力向上、柔軟性向上、RFD向上、胴体部分の剛性向上)が、片脚で実施するステップアップによって得られる適応よりも、方向転換動作を向上させるのに役に立ったということです。
したがって、ウエイトトレーニングにおけるエクササイズを選択する際には、向上させたい競技動作に見た目が似ているかどうかで決めるのではなく、そのエクササイズを実施することで引き起こされる適応が狙った競技動作の向上に繋がるかどうかで決めることが大切なのです。
冒頭で紹介したツイートの「Importance of targeting underlying physiological stimulus – not exercise selection based on movement specificity of target performance」という英語表現はまさにこのことを指しています。
とはいえ、だからといって、この研究のみをもって、両脚エクササイズのほうが片脚エクササイズよりも、方向転換動作向上に優れていると結論づけることはできません。
まず、スクワットとステップアップというのは、両脚か片脚か以外にも大きな違いがあります。
スクワットは「しゃがんで切り返して立ち上がる」といういわゆる「エキセントリック→コンセントリック」のストレッチショートニングサイクル(SSC)タイプの動きです(注:SSCでもとくに遅い部類です)。
一方、ステップアップはSSCの要素がほぼない、コンセントリックオンリーの動きです。
つまり、両脚か片脚か以外にも、筋の収縮様式という点で、スクワットとステップアップでは大きな違いがあるのです。
もしかしたら、両脚か片脚かの違いではなく、筋の収縮様式の違いが、方向転換動作への「トレーニング効果の転移」の差に繋がったのかもしれません。
とはいえ、たとえそうだったとしても、それはそれで、見た目が似ているかどうかでエクササイズを決めないほうがいいという考え方を否定するものではなく、むしろその考え方を強化するものです。
結局のところ、見た目が似ているかどうかではなく、そのエクササイズの特徴がどのようなものであり、その特徴によって引き起こされる特異的な適応が競技動作向上に役立つかどうかでエクササイズを選択するのが適切なわけです。
また、この研究で集められた被験者にとっては、スクワットのほうがステップアップよりも方向転換動作向上に効果的であったとしても、それがすべてのアスリートに当てはまるとは限りません。
たとえば、日常的にスクワットでガシガシ鍛えていて、スクワットの1RMも高いレベルにあるようなアスリートにとっては、ステップアップに切り替えてトレーニングしたほうが短期的には方向転換動作向上に効果的かもしれません(あくまでも可能性のお話ですが)。
たまたま、今回紹介した研究に参加したアスリートにとっては、スクワットを実施して得られる適応が方向転換動作向上に役に立っただけなのかもしれません。
つまり、向上させたい競技動作において必要な体力要素が複数存在していて、その中で目の前のアスリートに不足している体力要素を向上させるようなエクササイズが「トレーニング効果の転移」を最大限にする可能性も高いということです。
スクワットを実施して向上させることができる体力要素をすでに高いレベルで有しているアスリートにさらにスクワットをやらせても方向転換動作の向上に結びつかないかもしれないのです。
まあ、それはそれで、見た目が似ているかどうかでエクササイズを決めるのではなく、そのエクササイズを実施することで得られる適応が、目の前のアスリートにとって必要なものか・役に立つものかどうかで決めるのが大切であるという考え方に変わりはありません。
まとめ
今回紹介した論文を読んで「方向転換動作を向上させるには、片脚エクササイズよりも両脚エクササイズのほうが有効だ!」と解釈してしまうのは危険です。考え方が浅すぎます。
少なくとも、このブログで書いた程度の考察ができないと、研究結果を誤って活用してしまい、パフォーマンス向上につながらないなんてことがありえます。
とはいえ、最近のツイッターを見ていると、論文を紹介する人が増えてきましたが、「方向転換動作を向上させるには両脚エクササイズのほうが有効かもしれません」みたいに浅いコメントしかしない人が多いです。
やはり、他人に頼らずに、自分で論文を読んで自分で解釈をする力を身に付けておいたほうがいいです。
» 参考:誰かが学術論文を引用して意見を発信していたら、その学術論文を読んでチェックしたほうがいい理由
今回紹介した論文を、両脚エクササイズと片脚エクササイズのどちらが「トレーニング効果の転移」が優れているのかという観点で解釈しないとすると、じゃあこの研究の意義は何なのか?と疑問に思われる方もいるでしょう。
私がわざわざこの論文を取り上げたのは、「特異性の原則」を誤って理解している人達の「ウエイトトレーニングの見た目が競技の動きに近いほうが『トレーニング効果の転移』が促進される」という主張を否定するデータとして価値があると感じたからです。
それこそがこの研究の意義であると私は解釈しました。
「両脚 vs. 片脚」という点でいうと、両方やればいいじゃん、と個人的には考えています。
今回紹介した論文を読んでもその考え方は変わりませんでした。
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【編集後記】
とある高校バスケ部のトレーニング指導のお話をいただき、もろもろの条件面を調整中です。