こんにちは、河森です。
アスリートの競技力向上のためのトレーニング指導をしているS&Cコーチです。
アメリカとオーストラリアの大学院に留学し、博士号も持っています。
これまで、世界中のスポーツ科学者たちが、さまざまなトレーニング方法について研究してきました。
そして、そうした研究の結果は「論文」という形で世の中に発信されています。
したがって、論文を読みさえすれば、さまざまなトレーニング方法について、科学的にどのようなことが調べられていて、どのようなことがわかっているのかを知ることができます。
アスリートにベストなトレーニング指導を提供したいのであれば、論文を読んで、そうした「科学的知見」を利用しない手はありません。
ある意味、論文を読めるようになれば、世界中のスポーツ科学者を味方につけてアドバイスしてもらえるようなものです。
しかも、今現在活躍しているスポーツ科学者だけでなく、すでに引退されたり亡くなられたりした過去のスポーツ科学者も、論文を通じてあなたにアドバイスをしてくれるのです。
こんなに力強い味方は他にいないでしょう。
ただし、論文を読むにはそれなりの知識やテクニックも必要です。
気をつけてチェックすべき項目もいくつかあります。
今日は、その中から、トレーニング効果を調べた研究論文を読む時に、とくに気をつけてチェックしておきたいことについて解説します。
介在研究そしてランダム化比較試験
ひとことで「スポーツ科学の研究」といってもさまざまな種類があります。
その中でも、トレーニング指導を専門としているS&Cコーチとして、最もありがたい(参考になる)研究は「トレーニング効果」を直接調べるタイプの研究です。
具体的には、被験者を集めて、数週間〜数カ月間にわたって特定のトレーニングをやってもらって、その前後に測定を実施して、そのトレーニングの効果を調べるようなタイプの研究です。
一般的に、そのようなタイプの研究は「介在研究(intervention study)」と呼ばれます。
べつに「介在研究=トレーニング効果を調べる研究」というわけではなく、たとえばサプリメントの効果を調べるようなものも介在研究です。
なにかしらをやる、もしくは操作することを「介在」と呼ぶので、トレーニング効果を調べるタイプの研究は、介在研究というカテゴリーのなかの1つと捉えることができます。
トレーニング効果を調べるために介在研究をやるのは時間もかかるし、被験者を集めるのも大変だし、いろいろとコントロールするのも大変だし、かなり面倒くさいタイプの研究でもあります。
だからこそ、そのようなタイプの研究を実施して論文として発表してくれているスポーツ科学者には、本当に頭の下がる思いです。
そういう論文を読む時は、お風呂に入って身体を清めてから読んだほうがいいんじゃないかと思うくらいです(実際にやったことはありません)。
また、介在研究の中でもとくに「ランダム化比較試験(randomized controlled trial; RCT)」と呼ばれる手法を用いたものは、根拠の質(エビデンスレベル)が高いとされています。
具体的には、被験者をトレーニングを実施する「介在群(intervention group)」と実施しない「対照群(control group)」にランダムに振り分けて、数週間〜数カ月間にわたって介在群にはトレーニングをやってもらう一方で対照群にはトレーニングをやらないでもらい、その前後に測定を実施して、両群を比較します。
介在群のほうが対照群よりも大きな向上が測定値に見られた場合に、そのトレーニングは効果があったと解釈することになります。
たとえば、ウエイトトレーニングを12週間やった介在群とやらなかった対照群の垂直跳びの数値が、前者は5cm伸びて後者は1cm伸びて、その差が統計的にも有意となれば、そのウエイトトレーニングは垂直跳びを向上させる効果があったと解釈します。
逆に、介在群が5cm向上しても対照群も5cm伸びていた場合は、ウエイトトレーニングが原因とは断定できません。
たまたまトレーニング研究を実施した時期が、疲労が抜けたりして垂直跳びの値が伸びる時期と重なっただけかもしれないので。
つまり、RCTにおいては、「介在(トレーニング)をやる介在群とやらない対照群を比較する」というところがミソなのです。
比較することで、他の要素を排除して、介在(トレーニング)の効果だけを抽出して評価することができるわけです(完全に他の要素を排除できるかどうかはさておき)。
しがたって、RCTを用いて特定のトレーニングの効果を調べたときに、対照群と比較しても効果が大きかったとなれば、基本的にそのトレーニングは効果アリと解釈してOKです。
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トレーニング効果の有無だけではなく大きさもチェック
RCTという手法を使って研究をしたときに、対照群と比較して介入群に有意な差が見られれば、「トレーニング効果アリ」と解釈できます。
しかし、「トレーニング効果アリ」だからといって、必ずしもアスリートがそのトレーニングを取り入れるべきとは限りません。
それはまた別の議論なのです。
たとえば、体幹トレーニングを1回90分、週2回、全部で20週間やったら垂直跳びのジャンプ高が3cm増加して、対照群と比べても有意に大きな差があったとします。
つまり、この体幹トレーニングは垂直跳び能力を向上させる効果があるということになります。
しかし、普通に全身を鍛えるようなウエイトトレーニングをやったら、6cmジャンプ高が増加したとしたらどうでしょうか?
私だったら、たとえ体幹トレーニングが効果アリだったとしても、それよりも全身ウエイトトレーニングを選択するでしょう。
つまり、特定のトレーニングを実際に取り入れるかどうかを判断する時には、トレーニング効果の有無に加えて「トレーニング効果の大きさ」も考慮に入れる必要があるのです。
ただし、「大きさ」というのは相対的なものです。
したがって、あなたにとって馴染みのあるよく知っているトレーニング手法と比べて、特定のトレーニングの効果の大きさがどうなのか、という観点で評価するといいでしょう。
たまに「〇〇トレーニングは△△を向上する効果があると、研究によって証明されました!」みたいなアピールをネット上で見かけることがあります。
で、その根拠となる論文の出典を明示している場合もあるのですが、たしかに介在群と対照群とで統計的にも有意な差があったりします。
だから、主張していることに嘘はありません。
しかし、その効果の大きさをよく見てみると、「そんなんだったら、普通にウエイトトレーニングやっているほうがいいんじゃない?」と思うことがあります。
つまり、嘘をつくことなく、科学的知見を悪用して、特定のトレーニング等があたかも既存のトレーニングよりも効果が大きいかのようにアピールすることができてしまうのです。
そういう言葉のマジックに騙されないためにも、S&Cコーチも自ら論文を読んで、効果の有無だけでなく大きさも含めて検討できるだけの知識を身につけておくことは重要だと思います。
また、トレーニングとは少し違いますが、サプリメントに関する研究についても同じようなことが言えます。
たとえば、BCAAを摂取すると、とくにロイシンが筋タンパク質合成のスイッチを入れる働きをして、筋肥大を促進させる効果があると報告する研究が増えています。
「じゃあ、BCAAを摂取しよう!」と考えてしまう人は、効果の有無だけで判断をしようとしていることになります。
しかし実際には、BCAAも含まれているホエイプロテインを摂取した場合と比べても、BCAAだけをわざわざ限定して摂取したほうが効果が高いのかというと、そのような報告はあまりありません。
だったらホエイプロテイン飲めばいいんじゃない?という結論になります。コストもそっちのほうが安く済むでしょうし。
つまり、「BCAAの効果の有無」だけに着目してしまうと、物事の本質が見えなくなってしまうことがあるということです。
BCAA and milk protein equally increased muscle protein synthesis 2h post-consumption. However, only milk protein maintained elevated levels of MPS over 5h; BCAA values returned to baseline. Bottom line: Focus on consuming whole proteins for muscle-building https://t.co/82NN6PF9d0
— Brad Schoenfeld, PhD (@BradSchoenfeld)
まとめ
トレーニング効果を調べた研究論文を読むときには、トレーニング効果の有無だけでなく、トレーニング効果の大きさにも着目して、実際に取り入れるかどうかを判断しましょう。
そして、トレーニング効果の大きさを評価するときには、他の手法と比較して検討するのが有効です。
もし、効果の大きさではなく、効果の有無だけにフォーカスしてやたらアピールしてくる人がいたら、おおいに怪しんであげてください。
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【編集後記】
バスケ日本代表の親善試合ニュージーランド戦をTV観戦。
危なげなく勝ちましたね。
日本も強くなったもんだ・・・。