最近「エビデンスに基づいた」トレーニング指導という表現をよく目にします。
もともとこの「エビデンスに基づいた」という表現は医療の現場で使われ始めたもののようで(Wikipedia「根拠に基づいた医療」参照)、ようするに研究や臨床結果等の最新の医学的知見を用いて最善の医療を行うという考え方です。
このコンセプトをS&Cの分野に応用すると、最新のスポーツ医科学の知見を用いてトレーニング指導を実施するということになるのでしょうか。
まあ、なんとなく思いつきでS&Cプログラムを作ってなんとなく思いつきでエクササイズテクニックの指導をするよりも、何らかの根拠をもとにコーチングするほうが良いと思うので、この流れには基本的に賛成です。
しかし、この「エビデンスに基づいた」という概念の捉え方や適用の仕方を間違えたり、さらにこの概念にとらわれ過ぎるのは危険だな〜とも思います。
その危険性について、思いついた順番でランダムに書いていきます。
間違った「エビデンスに基づいたトレーニング」
①エビデンス=研究結果(論文)と思い込む
「エビデンス」と聞くと、学術論文という形で発表されている研究結果の事を思い浮かべると思います。
しかし、それだけがエビデンスと思い込むのは危険です。
論文としては発表されていなくても、例えば生理学や解剖学・バイオメカニクスの基礎的な知識をもとに論理的に考えて、このエクササイズを実施したらこうこうこういう理由でこのような効果があるはずだと推測する(論理的推論=logical reasoning)というのもエビデンスの一つだと思います。
また、経験(自分自身の経験だけでなく他の人の経験も含めて)も一つのエビデンスです。
たとえば、筋肥大についてはボディビルダーの経験というデータが役に立つ情報になり得ます。
なので、エビデンス=研究結果(論文)というふうに思い込んでしまうと、逆にS&Cコーチとしての視野を狭める事になりかねません。
いろいろな形のエビデンスがあっていいと思うので、「あなたのやり方をサポートする研究結果がないのであれば、あなたのやり方はエビデンスに基づいていない」という批判は成立しません。
そもそもS&Cというのは研究分野としては歴史の浅い分野なので、研究により解明されていない事のほうが解明済みの事よりも多い状態です。
研究結果しかエビデンスとして認められないなら、そもそもエビデンスに基づいたトレーニングなんて成立しません。
②エビデンスを信用しすぎる
エビデンスを信用しすぎるのも危険です。
例えば、論文として発表された研究結果は、一般的にピアレビューと呼ばれる審査プロセス(同じ分野の他の研究者が論文の意義や研究方法の妥当性を審査する)を経ています。
そこで、「審査を経ているんだから大丈夫だろう」と、その内容については正しいと信じてしまいがちですが、実際に発表された論文を詳しく批判的に読んでみると、「このデータからこんな結論は言い切れないぞ」と思う事が結構あります。
また、いろいろな分野で科学論文データの捏造がニュース等で報道されるのをたまに見かける事があるかと思います。
これはピアレビューという審査プロセスが完璧に機能していない事を示しています(そもそもピアレビューではデータが捏造されているかどうかを判断できません)。
また、上記の論理的推論というエビデンスも、論理的には正しいと思えても実際に研究で調べてみると推論とは異なる結果が出るという事はしょっちゅうです。
論理的に正しいと思える事が必ずしも現実的に起こるわけではないのです。
さらに、経験というものも信用しすぎてはいけません。
ボディビルダーは筋肥大のエキスパートでその経験は貴重なエビデンスではありますが、彼らが筋肥大に必要だと思っている要素が実際には筋肥大には重要な役割を果たしていないという事もありえます。
彼ら自身が重要だと考えていないけど無意識に実践している事が実は筋肥大に有効だという事があるかもしれません。
ここまで読むと、「だったらエビデンスに基づいたトレーニングなんてそもそもできないじゃん」と思われるかもしれませんが、私が言いたいのはそういう事ではありません。
あくまでも信用しすぎるのが良くないと主張しているだけです。
まずはいろいろなエビデンスを集めて、それぞれのエビデンスを疑ってかかってその信用性を確かめた上で、これは信用できると判断したエビデンスを採用してS&Cコーチングに活かせばよいのです。
この「まずは全てを疑ってかかる」というのがキーです。
③エビデンスの解釈・応用の仕方が間違っている
エビデンスそのものは正しくても、それをどう解釈して実際のトレーニングに応用するかという段階で間違いを犯してしまうと、最終的な結果に結びつかない事もありえます。
たとえば、あるトレーニングを実施したら筋力が向上したという研究結果があるとします。
そして、この研究自体はしっかりとしていてプロトコル等には問題が無かったと仮定します。
そこで、このトレーニング方法を実施すれば筋力向上に効果があると信じてしまいたい所ですが、物事はそんなにシンプルではありません。
そもそも、研究では一般的に被験者グループの平均値データをもとにトレーニング効果のありなしを判定しますが、実際には個人差というものが存在します。
研究データ的には効果があると証明されたトレーニング方法でも、特定のアスリートには効果がない事は十分あり得ます。
逆に、科学的には効果がないとされるトレーニングでもある個人には効果があるという事もあり得ます。
また、研究結果を解釈するときには、被験者の特徴を考慮に入れる必要があります。
多くのスポーツ科学の研究では一般の大学生が被験者に使われます。
多くの研究が大学で行われているので、一番手に入れやすい被験者が大学生だからです。
でも、トレーニング未経験者の一般大学生を被験者にして効果があったと結果が出た研究データを何年もトレーニングを積んでいるトップレベルのアスリートに応用するのはムリがあります。
トレーニング未経験者ではどんなトレーニングでも最初は効果が出るものです。
さらに、ボディビルダーのトレーニングを例えばサッカー選手のトレーニングにそのまま応用するのもムリがあります。
ボディビルダーは筋肥大のためだけのトレーニングをすればよいですが、サッカー選手はレジスタンストレーニング以外にも持久力のトレーニングやサッカー自体の練習をやらないといけないからです。
ボディビルダーと同じだけの高頻度・多量のトレーニングを実施する事はできないし、同時に実施するサッカー練習と持久力トレーニングの影響でレジスタンストレーニングの効果が阻害されてしまいます。
以上のようなさまざまな要因を考慮に入れた上で、エビデンスを正しく解釈して自分の状況に適用できるかどうかを判断する事が重要なのではないでしょうか。
まとめ
エビデンスに基づくトレーニング。
聞こえはいいですし、必要なことだと思いますが、結構難しい事だと思います。
ただ、個人的には自分が行うS&Cコーチングのすべての事に対して理由を説明できるように準備しておく事は重要だと考えますし、その理由というのはいわゆるエビデンスという事になるのでしょう。
いまいち考えがまとまりませんでしたが、とりあえず思いついた事を書いてみました。
ブログなのでまとまりのない考えをとりとめもなく書くのもたまにはいいでしょう。
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