先日、以下のようなツイートをしました:
大学院の学位は、非常に狭い専門領域において、学位取得時に報告されていた科学的知見を知っている、ということは証明してくれる。
専門領域を少しでも外れた分野の知識は証明してくれない。
学位取得後に報告された、より最新の科学的知見をアップデートしているかどうかも証明してくれない。 https://t.co/rrpFCjCRjo
— 河森直紀 Naoki Kawamori (@kawamorinaoki)
ちょっと面白いトピックだな〜と感じたので、ブログ記事で詳しく解説してみることにしました。
実際に大学院で修士号と博士号を取得した経験から言えることもあると思うので。
大学院の学位は知識量の証明ではない!?
冒頭のリツイートの引用元において、「大学院を出ているというのは、一定の研究能力の証明であって知識量の証明ではないんだよ」という一節がありました。
この発言に対して、個人的には「う〜ん」と唸ってしまいました。
言わんとしていることはわからないでもないけど、その一方で、「ある程度の知識量の証明にはなるだろう」とも感じたからです。
※この発言をされた方は博士号を2つお持ちだそうなので、多少の謙遜も含まれているのかもしれません。
ただし、大学院の学位が証明してくれる「知識量」というのは、かなり限定されたものであることは間違いありません。
具体的には、私のツイートでも言及したように、「非常に狭い専門領域において、学位取得時に報告されていた科学的知見についての知識量」です。
これがないと研究をして学位を取ることは不可能なので、学位を取得したということは、このタイプの知識量の証明にはなるはずです。
それ以上でもそれ以下でもないわけですが。
この「非常に狭い専門領域」と「学位取得時に報告されていた科学的知見」という2点について、その意味をさらに詳しく解説します。
非常に狭い専門領域
大学院で学位を取得するためには、広い分野についての知識は必要とされません。
自分の研究テーマ周辺の非常に狭い専門領域について知っていればOKです。
つまり、広い知識ではなく深い知識が要求されるわけです。
「狭く・深く」です。
たとえば、私は博士号を取得しましたが、そのときの研究テーマは「スレッド走トレーニング」でした。
これについては過去にブログ記事でも紹介しているので、暇なときにでも読んでいただければ。
» 参考:オーストラリア大学院博士課程に留学してやった研究のまとめ【スレッド走トレーニング】
当時、私はスレッド走トレーニングについては、世界一詳しくて、世界最先端の研究をしていた、という自負があります。
これは決して誇張ではなく、博士号というのは、そのテーマについて世界で最先端の研究をしたことに対して授与される、という面もあると私は考えています。
ただし、S&Cに関連する分野で博士号をもっているからといって、S&C全般について博士レベルの深い知識を有しているわけではありません。
関連分野であっても、ちょっとでもテーマがずれた場合は、世界一詳しいなんて恥ずかしくて言えません。
つまり、大学院の学位が証明してくれる知識量って、皆さんが考えるよりもかなり狭い領域についての深さ、なんですよね。
学位取得時に報告されていた科学的知見
狭い領域の知識ではありますが、大学院で学位を取得するために実施した研究テーマについては深い(ある意味世界一レベルの)知識を有している。
これが大学院の学位が証明してくれることです。
しかし、学位取得後に報告された、より最新の科学的知見をアップデートしているかどうかは証明してくれません。
仮に2010年に学位を取得したとすると、その学位が証明してくれるのは2010年以前に論文として発表された科学的知見についての知識量であり、2010年以降に発表された論文を読み込んでいるかどうかは本人次第、ということになります。
学位を取得するために、自分の研究テーマに関する論文はすべて読みこんで非常に深い知識を有していたとしても、学位取得後、その研究テーマについての興味が一切なくなり、関連論文を読むことを止めてしまった場合は、その研究テーマについての知識は学位取得時以前のものに限定されます。
大学教授等の研究者であっても、学位を取得するために実施した研究のテーマと、大学教員になってから取り組んでいる研究のテーマがだいぶ異なっている、というケースは珍しくありません。
その場合、前者についての知識は古いままでアップデートされていないことは十分ありえます。
大学院の学位が証明してくれる知識について知っておくと役立つシチュエーション
大学院の学位が証明してくれる知識量について、ご理解いただけたものと思います。
まあ、「だから、何なの?」と言われかねない情報ではあります。
ただ、知っておくと役に立つであろうシチュエーションもあるので、いくつか紹介しておきます:
- ①研究者(や大学院の学位を持っている人)の意見を聞くとき
- ②S&Cコーチとして大学院進学を考えているとき
①研究者(や大学院の学位を持っている人)の意見を聞くとき
S&Cコーチとして現場で日々活動していると、さまざまな疑問にぶち当たります。
そして、それらの疑問への答えを求めて、研究者(や大学院の学位を持っている人)のアドバイスを参考にすることもあるでしょう。
直接質問をする機会もあるかもしれないし、研究者が発信している情報をインプットする場合もあるでしょう。
そのときに、その研究者の現在の研究テーマを事前にチェックしておくことをオススメします。
研究テーマと一致したトピックについてのアドバイスや発信であれば、ある程度は信用してもいいでしょう。
もし、研究テーマとは異なるトピックについてのアドバイスや発信をしているのであれば、「あまり詳しくないかもしれないな」とちょっと疑ってみたほうがいいかもしれません。
研究者(や大学院の学位を持っている人)の知識は基本的には「狭く・深く」なわけですから、わずか少しでも分野がずれれば専門家ですらない恐れがあります。
研究者だって全知全能の神なわけではありませんから。
「このテーマについては〇〇先生が専門家だ、あっちのテーマについては△△先生が専門家だ」みたいな感じで、自分が興味のあるテーマごとに、それを専門としている研究者を自分のなかで分類しておいたうえで、情報をインプットするようにするのがよいかもしれません。
どちらにしろ、研究者(や大学院の学位を持っている人)の知識は基本的には狭くて深いと認識したうえで、上手に彼ら・彼女らのアドバイスや発信を活用したいものです。
②S&Cコーチとして大学院進学を考えているとき
べつに研究者になりたいわけではなく、今後もS&Cコーチとして活動していくつもりだけど、大学院に進学して学びたい、という方もいるでしょう。
日々のトレーニング指導のなかで浮かんできた疑問を自分で研究して解明したい、とか。
あるいは、単純に科学的な知識や論文を読む技術が足りないから、それを身に付けたい、というケースもあるでしょう。
そういうケースにおいては、大学院に進学して身につけることのできる「知識」は、とても狭くて深いものだ、と予め知っておいたほうがいいでしょう。
入学してから、「あれ、俺が期待していたようなことを学べないな」なんて気づいても遅いですからね。
入学金とか授業料はもう払っちゃってるでしょうし。
S&Cコーチとして活動するうえで求められる知識の広さと比べると、大学院で得られる知識はめちゃくちゃ狭いです。
たとえば、すでに述べたように、私の大学院博士課程の研究テーマは「スレッド走トレーニング」でした。
S&Cコーチとしてスレッド走トレーニングについての深い知識が役に立つ機会なんて、ごくごく僅かなものです。
スレッド走トレーニングなんて使わないケースのほうが圧倒的に多いくらいです。
だから、大学院に進学して学位を取得したからといって、S&Cコーチとしての知識が大幅に増えるわけではない、というのは理解しておきましょう。
ただし、非常に狭い専門領域の知識を深める方法を会得することはできます。
大学院に入学したばかりのときは、研究テーマについてそれほど知識がない状態だったのに、大学院在籍のわずか数年間で、世界トップレベルの知識量を身に付けるようになるわけですから。
そのプロセスを一度体験して学んでおけば、それを横展開することで、他のテーマについても知識を深めることができるようになります。
修士課程で「ハングパワークリーン中のパワー発揮特性」、博士課程で「スレッド走トレーニング」というテーマで研究をやっただけの私が、それとは全く関係のないテーパリングについての本を執筆したり、筋肉痛についてのセミナーで講師をつとめたりできているのは、まさに私が大学院において知識を深める「方法」を会得したからです。
» 参考:S&Cコーチが「論文を読む能力」を身に付けて横展開すればドンドン知識を増やすことができる
まとめ
あまり多くの読者が興味を持ってくれるようなテーマではないですが、大学院で学位を取得する経験をした私だからこそシェアできる内容だったので、勢いにまかせて書いてみました。
大学院で学位を取得することで得られる「知識」について、理解を深めるキッカケにしていただければ幸いです。
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【編集後記】
先日、注文住宅メーカーのモデルハウス見学に行きました。
断熱材としてセルロースファイバーなるものを使用していたのですが、防音性の高さに驚きました。
交通量の多い道路沿いに建っていたのですが、建物内にいる間は車の音はまったく気になりませんでした。
バーベルを落とせるジムのある自宅を建てたい私としては、防音というのは重要な要素なので、とても惹かれるものがありました。