以前のブログで、過去の研究をまとめてメタ分析を実施した論文を紹介し、静的ストレッチをすると一時的に筋力や爆発的筋力が低下するというマイナス効果についてお話しました。
このメタ分析にも含まれている過去の研究の多くは、静的ストレッチをやった直後または数分後にパフォーマンスを測定して、静的ストレッチをやらなかった場合や代わりに動的ストレッチをやった場合と比べるとパフォーマンスが低下したというデザインの実験を実施しています。
しかし、実際のウォームアップにおいては、静的ストレッチをしてその後すぐに競技の練習や試合に入る事はありません。
静的ストレッチをウォームアップに含める場合の一般的な流れとしては:
- ①ジョギング等で体温を上げる
- ②静的ストレッチ
- ③動的ウォームアップドリル(例:もも上げ、スキップ、カリオカ、サイドステップ)
- ④競技特異的なドリル(例:球技ならボールを使ったドリル等)
という感じになると思います。
つまり、過去の研究の多くは、現実のウォームアップを反映していないと考えられます。
ここで疑問になるのが「静的ストレッチの後に動的ストレッチや競技特異的なドリルを実施したら、静的ストレッチによるマイナス効果は消えるのか?」という点です。
研究結果は何と言っているか?
現実のウォームアップに近い形で静的ストレッチのマイナス効果の有無やその大きさを調べた研究は現時点では多くありません。
Taylorら(2009)によると、静的ストレッチと動的ストレッチを比較した場合、その後のジャンプとスプリントパフォーマンスは前者のほうが統計的に有意に低い事が確認されています。
つまり、静的ストレッチのマイナス効果が見られたことになり、以前紹介したメタ分析の結果と一致しています。
しかし、ストレッチをした後に競技特異的なウォームアップドリル(この研究ではネットボール特有の試合前のウォームアップドリル)を15分間実施してから再びジャンプとスプリントを測定すると、静的ストレッチをした場合と動的ストレッチをした場合で統計的に有意な差が無かったと報告されています。
つまり、静的ストレッチによって引き起こされたマイナス効果が、その後に競技特異的なドリルを実施する事によって無くなるという事を示しています。
一方、Pearceら(2012)によると、静的ストレッチによって引き起こされたマイナス効果は、その後に動的ウォームアップドリルを実施しても無くなる事はないと報告されています。
研究結果から何が言えるか?
数少ない研究結果によると、静的ストレッチによって引き起こされる一時的なマイナス効果は、その後に動的ウォームアップドリルや競技特異的なドリルを実施する事によって、無くなる事もあれば無くならない事もあるという事になります。
どっちやねんとツッコミを入れたくなりますが、研究においては様々な条件が異なれば様々な結果が出てくるのは普通の事です。
静的ストレッチの保持時間や具体的なエクササイズの内容、あるいはその後に実施する動的ウォームアップドリルや競技特異的ドリルの量・強度・実施時間、さらには静的ストレッチ終了後からパフォーマンスを測定するまでの時間等の条件が変われば結果が変わってくる可能性は十分あります。
もっと言うと、アスリートのもともとの柔軟性やパフォーマンスレベルによっても変わってくるかもしれません。
「そんなこと言ったら、何も結論が出せないじゃないか!」と思われるかもしれませんが、実際その通りです。
誰もが納得できて全ての状況に当てはまる結論なんて出せません。
じゃあ、現場でどうすれば良いのか?
じゃあどうすれば良いのかというと、現時点で入手可能なデータをもとに、自分のS&Cコーチとしての経験と、こういう可能性があるんじゃないかという論理的推論を組み合わせて、現時点でこうするのがベストだろうと考える「現時点でのとりあえずの個人的な結論」なるものを作り上げて、現場でのコーチングに活用するという事です。
具体的に私なりの「現時点でのとりあえずの個人的な結論」を紹介すると
「ウォームアップ中に静的ストレッチをした後に動的ウォームアップドリルや競技特異的なドリルを実施すると静的ストレッチによるマイナス効果が無くなる(あるいは薄まる)可能性があるけど、そうならない可能性もある。逆に言うと、静的ストレッチの代わりに動的ストレッチを実施するとマイナス効果がないというデータもあるから、リスクを冒してわざわざ静的ストレッチをウォームアップに含める必要はないだろう。だから練習や試合前のウォームアップにおいては静的ストレッチは含めずに、ジョギング→動的ストレッチ→動的ウォームアップドリル→競技特異的なドリルという構成で実施しよう」
という事になります。
これは現時点でのとりあえずの結論であり、今後新たな研究結果が出てきたり、実際にこの構成でのウォームアップを現場で実践して経験を積んでいく中で、その都度やり方を変えていくことになるでしょう。
ちなみに、上記の私の考え方は、競技の練習前や試合前におけるウォームアップに関するものです。
レジスタンストレーニング前のウォームアップに関しての私の考え方は多少異なります。
以前のブログでも紹介しましたが、「get long, get strong」というコンセプトのもと、特に可動域に制限のあるアスリートの場合は、ウォームアップ中に静的ストレッチ(やモビリティドリルやセルフ筋膜リリース等々)を実施して可動域を広げておいたうえで、その後広がった可動域をめいっぱい使ってレジスタンストレーニングを実施することが重要であるという考えを持っています。
たとえ、それが一時的に数%の筋力減少につながって挙上可能な重量が数kgほど軽くなったとしても、です。
なので、「練習前や試合前には静的ストレッチはやらせないけど、レジスタンストレーニング前は場合に応じて静的ストレッチを実施する」というのが私の現時点でのウォームアップに対する考え方です。
まとめ
今日のブログタイトルの疑問に対する答えとしては、まだわからないとしか言えません。
が、自分なりの現時点におけるとりあえずの結論はあります。
今回は、限られた情報やデータをもとに、自分の主観を含めて結論を導く方法について紹介できたかな〜と思います。
このプロセスこそ、以前のブログで紹介した「data-driven decision making」という事になります。
参考にしてみてください。
参考文献
- Pearce AJ, Latella C, Kidgell DJ. Secondary warm-up following stretching on vertical jumping, change of direction, and straight line speed. Eur J Sport Sci. 2012;12(2):103-12.
- Taylor KL, Sheppard JM, Lee H, Plummer N. Negative effect of static stretching restored when combined with a sport specific warm-up component. J Sci Med Sport. 2009;12(6):657-61.
動画 科学的知見に基づく試合/練習前ウォームアップ戦略
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