#48 【論文レビュー】トレーニングによる筋力UPは、やり方によっては競技力UPにも競技力DOWNにもつながりますよって事をコンピューターシミュレーション研究の結果をもとに考えてみる

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恐らくこれまでのブログで一番長いタイトルです。

どうやら短くてわかりやすいタイトルを付ける才能が私にはないようです。

コピーライターにはなれそうもありません・・・。

 

さて、本題に入ります。

以前のブログ「トレーニングによる体力の向上が直接競技力の向上に結びつくわけではなく、あくまでも競技力のポテンシャルを向上させるにすぎない」という趣旨のお話をしました。

実際に競技力を向上させるにはトレーニング効果を転移させる必要があります。

この「トレーニング効果の転移(Transfer of training effect)」というプロセスがうまく行かないと、逆に競技力を悪化させるリスクすらあります。

よく「ウエイトトレーニングをやったらパフォーマンスが落ちた」とか言うコーチやアスリートがいますが、その場合は2つのパターンが考えられます:

  • そもそもトレーニングのやり方自体がダメだった
  • トレーニング効果の転移がうまく行かなかった

前者に関しては、自己流でめちゃめちゃなトレーニングを実施したか、トレーニングを指導してくれたS&C専門家がイマイチだったかどちらかでしょう。

後者に関しては、体力の向上には成功したけど、その向上した体力を競技動作中にうまく活用する事ができなかったと解釈できます。

 

前置きが長くなりましたが、この「トレーニング効果の転移」という概念の重要性を知っていただくために、コンピューターシミュレーションを活用した研究を紹介したいと思います。

 

 

コンピューターシミュレーション研究

Bobbert & Van Soest. (1994) Effects of muscle strengthening on vertical jump height: a simulation study  Med Sci Sports Exerc. 26(8):1012-20

 

研究プロトコル

この研究では、反動なしの垂直跳び(スクワットジャンプ)という動作のパフォーマンスに対して、「筋力」と「(神経筋システムの)コントロール」という2つ要因がどのように貢献するかについて、コンピューターシミュレーションを用いて調べられました。

後者の「コントロール」は、どの筋肉をどの程度の強さでどのタイミングで発火させるかという事で、一般的に「テクニック(技術)」とか「コーディネーション」とか呼ばれているものに相当します。

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まず、上図のような筋骨格モデルがコンピューター上で作成されました。

このモデルは4つの剛体セグメントと6つの骨格筋からできており、各骨格筋の動態は筋長・筋力・速度等により規定されています。

このモデルの妥当性については、実際にバレーボール選手がスクワットジャンプをしている際のキネマティクス・床反力・筋電図といったデータを記録して、コンピューター上でこのモデルにスクワットジャンプをさせた場合と比較して検証されています。

両者の動態が近い事から、このモデルは実際に人間がスクワットジャンプをしている様子を十分シミュレートする事が可能であると、筆者は述べています。

このモデルの作成と妥当性の検証を実施した上で、このモデルを用いて3つのシミュレーション実験が実施されました。

 

実験A

まず、この筋骨格モデルを利用して、各筋の発火タイミング(「input(入力)」と呼びます)を色々と変化させながら、最大のジャンプ高が得られる最適なinputが決定されました。

実際の人間のジャンプに当てはめて考えてみると、現在持っている筋力を使って最大限のジャンプができるように練習をしつくして、ベストのテクニックまたはコーディネーションを手に入れた状態に相当します。

 

実験B

続いて実験Bでは実験Aで得られた最適なinput自体は変えずに、上記モデルにおける筋力のパラメーターだけ変化させた場合にジャンプ高がどう変化するかが調べられました。

膝伸展筋群のみの筋力を5%、10%、20%増やした場合、ジャンプ高はそれぞれ0.017m、0.065m、0.090mずつ低下しました。

また、モデルの全ての筋群の筋力を5%、10%、20%ずつ増やした場合、ジャンプ高はそれぞれ0.001m、0.033m、0.020mずつ低下しました。

これを実際の人間のジャンプに当てはめて考えてみると、前者は大腿四頭筋のみをトレーニングして筋力UPしたら、ジャンプ高がDOWNした事に相当します。

そして、後者は下半身全ての筋群をトレーニングして筋力UPしたら、ジャンプ高がDOWNした事に相当します。

「ウエイトトレーニングをやったらパフォーマンスが落ちた」というのはまさにこの状態に当てはまります。

つまり、筋力が向上しても、それがジャンプ動作に転移されなければパフォーマンス向上に繋がらないだけでなく、場合によってはパフォーマンス低下という結果になってしまうのです。

特にこのシミュレーションによると、一部の筋群(大腿四頭筋)だけの筋力を向上させた時のほうが、下半身の筋群すべての筋力を向上させた時よりもパフォーマンス低下率が大きいという事になり、なかなか興味深い結果です。

でも、このままだとトレーニングして筋力アップしてもパフォーマンスが向上しないどころか低下するって事になってしまい、我々S&Cコーチにとっては都合が悪いですね・・・。

 

実験C

最後に、この研究では、実験Bで筋力を向上させたモデルを用いて、ジャンプ高を最大にする最適なinputがそれぞれの条件ごとに新たに決定されました。

この新たに決定されたinputを用いてモデルにスクワットジャンプをさせたところ、膝伸展筋群のみの筋力を5%、10%、20%増やしたモデルでは、ジャンプ高はそれぞれ0.008m、0.012m、0.030mずつ向上しました。

同様に、全ての筋群の筋力を5%、10%、20%ずつ増やしたモデルでは、ジャンプ高はそれぞれ0.019m、0.039m、0.078mずつ向上しました。

これを実際の人間のジャンプに当てはめて考えてみると、筋力を向上させた上で、その向上した筋力をうまく使いこなせるようにジャンプ動作を繰り返し練習して、テクニックやコーディネーションを最適化することにより、パフォーマンス向上に結びつくという事に相当します。

やはり、一部の筋群だけの筋力を向上させるよりも、下半身すべての筋群の筋力を向上させるほうがパフォーマンス向上率が高いという結果も興味深いです。

 

 

まとめ

今回紹介した研究は、あくまでもコンピューターシミュレーション上での結果にすぎません。

ジャンプという動きをかなりシンプルなモデルで表現しており、筋群の動態等も実際の人間と比べるとかなりシンプルなものになっています。

したがって、この研究結果が必ずしも実際の人間に当てはまるとは限りませんし、ジャンプ以外のもっと複雑な動作にも応用できるかはわかりません。

しかし、実際の人間を被験者にして研究をする場合、「筋力」と「(神経筋システムの)コントロール」という要因を完全に分離して、それぞれがパフォーマンスに及ぼす影響を別々に調べる事はほぼ不可能なので、このシミュレーション研究の結果からは、色々な示唆を得ることができます。

 

今回紹介した研究結果を実際の人間のトレーニングとパフォーマンスの関係に置き換えてまとめてみると:

  • トレーニングによって筋力が向上しても、それに伴いテクニックやコーディネーションを調節できなければ(つまり「トレーニング効果の転移」がうまくいかないと)、パフォーマンスは向上しないどころか低下する可能性がある
  • テクニックやコーディネーションを練習等で調節できれば、トレーニングによる筋力の向上に伴いパフォーマンスも向上させる事が可能である
  • 一部の筋だけをトレーニングするよりも、すべての筋群をトレーニングした場合の方が、パフォーマンス向上のポテンシャルをアップさせる事ができる

といった感じでしょうか。

 

これらの概念を一番良く表している論文中の一文を引用したいと思います。

… in a training program aimed at improving jumping achievement, muscle training exercises should be accompanied by exercises in which the athletes may practice with their changed muscle properties.

 

この研究結果は、以前のブログで述べたように、「体力向上」の次に「トレーニング効果の転移(Transfer of training effect)」というステップがあって初めて「パフォーマンス向上」が実現できるという考え方をサポートするエビデンスの1つと捉える事ができます。

逆に言うと、トレーニングにより体力が向上してもパフォーマンス向上に繋がらないどころか低下してしまうリスクがあることを示唆しているので、我々S&Cコーチは気を付けないといけないな〜と改めて思います。

アスリートには「トレーニングで向上した筋力や筋パワーを実際の競技動作で使えるように、常に意識しながら練習に取り組むように」と指導するようにしています。

いわゆる一流と呼ばれるアスリートはこちらが言わなくてもこれができているように思います。

ただし、この「トレーニング効果の転移」を最大にするためには競技動作の練習をガンガンやるしか方法がないのか、あるいは別のエクササイズを取り入れる方が良いのかはまだまだこれからの課題です・・・。