#685 身体接触のある球技スポーツにおける「sprint momentum(体重×走速度)」の重要性

 

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こんにちは、河森です。

アスリートの競技力向上のためのトレーニング指導をしているS&Cコーチです。

アメリカとオーストラリアの大学院に留学してスポーツ科学を学び、博士号も持っています。

 

多くの球技スポーツにおいて、「スプリント」は非常に重要なアスリートの能力です。

速く走ることができれば、相手よりも先にボールに追いついたり、ディフェンスで相手に抜かれづらくなったり、逆にオフェンスで相手ディフェンダーを置き去りにしたりすることができます。

そうした重要性から、スプリント能力を向上させるためにさまざまなトレーニングが実施され、また、スプリント能力を測定するテストも広く行われています。

 

 

スポーツにおける「sprint momentum(体重×走速度)」という能力

一方で、近年では、ラグビーのような激しい身体接触のあるスポーツを中心に、単純に速く走る能力だけではなく、「sprint momentum」という能力にも注目が集まっています。

「momentum」というのは日本語に訳すと「運動量」という意味です。

運動量というのは、もともと力学に出てくる概念・物理量であり、「p = mv」と表されます。

pは運動量、mは質量、vは速度を指しており、ようするに「運動量 = 質量 × 速度」ということです。

 

運動量は「運動中に物体がもつ勢い」を表すものです。

2つの物体が衝突するような場面においては、運動量が大きい物体のほうが勢いがあり有利ということになります。

たとえば、軽自動車と大型トラックが同じスピードで正面衝突をした場合、運動量は大型トラックのほうが大きいので、どうなるかは想像がつきますよね。

※ちなみに、momentumという英単語には、運動量以外にも「勢い」という意味があります。

 

そんな力学の概念である運動量を、アスリートのスプリント中の勢いに当てはめたのが「sprint momentum」です。

具体的には、「体重×走速度」で計算します。

ここでの体重は「body weight」ではなく「body mass」であり、単位がkgのものです。

また、走速度については、特定の距離をスプリントしたときの平均速度をあてることが多いです。

10mスプリントの平均速度とか、40mスプリントにおける30mから40mまでの区間における平均速度とか。

 

厳密に言うと、sprint momentumは力学でいうところの運動量とイコールではありませんが、アスリートの「勢い」を定量化する指標として、力学の考え方をスポーツに応用したということです。

たとえばラグビーにおいて、sprint momentumが大きい選手と小さい選手が衝突したら、前者のほうが有利であろうと考えられます。

もちろん、ラグビーにおいては運動量だけで身体接触の勝ち負けが決まるわけではありません。

地面反力も影響しますし、身体接触(例:タックル)のスキルも影響を及ぼすはずです。

しかし、大雑把に考えればsprint momentumが大きい選手のほうが有利であろうということで、これを測定しようとする試みが増えているのです。

 

 

「sprint momentum」を調べた研究

私の知る限り、「sprint momentum」を最初に研究対象としたのが2008年に発表されたこちらの論文です。

Baker & Newton. (2008) Comparison of lower body strength, power, acceleration, speed, agility, and sprint momentum to describe and compare playing rank among professional rugby league players. J Strength Cond Res. 22(1):153-8.

この研究では、ラグビーリーグという13人制のラグビー選手を対象にして、トップリーグのプロ選手(NRL)と2部リーグに参加しているセミプロ選手(SRL)の体力が比較されています。

つまり、競技レベルの異なるアスリート間で体力測定結果を比較して、差が見られるかどうかを調べた研究というわけです。

 

結果としては、スプリント測定の10mタイムと40mタイムには、NRLとSRLの間で統計学的に有意な差は見られませんでした。

しかし、sprint momentum(この研究では「体重×10mスプリント平均速度」)については、統計学的にも有意な差が見られ、NRL > SRLでした。

つまり、競技レベルの高いNRLの選手のほうが競技レベルの低いSRLの選手よりも足が速いわけではないけど、sprint momentumは大きかったということです。

競技レベルの異なるグループを測定して差が見られたからといって、その体力要素を向上すればアスリートとしてより良い成績を残せるとは限りませんが(因果関係まではわからない)、参考になるデータであることは間違いありません。

 

また、この論文以降にsprint momentumを調べた研究を眺めてみても、概ね同じような結果が報告されています。

つまり、競技成績の異なるグループ間で比較した場合に、スプリントタイムには差はないけどsprint momentumには差が見られる傾向があるということです。

論文検索エンジン「PubMed」等で「”sprint momentum”」というキーワード検索をすると、関連論文を見つけることができます。

 

 

まとめ

スプリント能力を向上させるのは非常に難しく、多くの労力と長い時間がかかるものです。

そして、多くの労力と長い時間をかけて向上することができたとしても、その向上率は微々たるものです。

その一方で、スプリント能力を維持したまま体重を増やすほうが、実現可能性は高いと思います(あくまでも私の主観でしかありませんが)。

スプリントの練習をしつつ、ウエイトトレーニングを実施して、筋量を増やせばいいわけですから。

 

純粋なスピードが重要な競技であれば(陸上競技とか)、ほんの僅かなスプリント能力の向上のために、多くの労力と長い時間をかける価値があるのかもしれません。

しかし、ラグビーのような身体接触のある球技スポーツにおいては、純粋なスピード向上はある程度あきらめて、スピードは落とさないように維持しつつも体重を増やし(主に筋量のUPで)、sprint momentumを向上させる方向にトレーニングの舵を切ることも選択肢としてはアリなのかもしれません。

「sprint momentum」という考え方、知っておいて損はないでしょう。

 

参考文献

 

 

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【編集後記】

昨日はNTC拡充棟でのトレーニング指導を終えて、すぐに帰宅。バスケW杯の日本対チェコ戦の後半だけテレビ観戦できました。まだまだ世界の壁は高いな〜と思いつつ、1年ちょっと前には予選4連敗で崖っぷちに立っていたことを考えると、すごいスピートで進化しているな〜と感心しています。日本がW杯に出場するのは13年ぶりということで、その間は世界の壁を体感することさえできていなかったわけです。今回、世界の壁を体感した選手たちが、その悔しさを各所属先に持ち帰り、来年の東京五輪に向けて自身を高めるために努力をすることで、周りのチームメイトにも伝播して、日本バスケ界全体のレベルアップに繋がるといいな〜と期待しています。まだ、一番高い壁であるアメリカ戦が残っていますが。。。