「エンプティカンエクササイズ」(右の写真)は肩のリハビリまたは障害予防エクササイズとして、広く一般的に実施されています。これは肩のローテーターカフ、特に棘上筋を鍛えるエクササイズで、日本でも有名なフランク・ジョーブ博士によって広められました(ちなみにフランク・ジョーブ博士は実況パワフルプロ野球に登場するダイジョーブ博士のモデルになった人です)。
このエクササイズは、棘上筋をisolateして強化する事を目的に実施される事が多いと思いますが、実際にやってみると肩の痛みやつまり感を引き起こす事があります。なぜでしょうか?この謎を解くヒントが以下の研究論文の中にあったのでご紹介します。
論文内容の簡単なまとめ(客観的事実)
Reinold et al. (2007) Electromyographic analysis of the supraspinatus and deltoid muscles during 3 common rehabilitation exercises. J Athl Train 42(4): 464-469 (無料でPDFをダウンロードできます)
この研究では、以下の3つのエクササイズ実施中の棘上筋・三角筋中部・三角筋後部の活動を筋電図で調べました。
- エンプティカンエクササイズ(肩内旋位)
- フルカンエクササイズ(肩外旋位)
- 腹臥位フルカンエクササイズ(肩外旋位)
実際の動作は論文中の写真を参考にして下さい。結果を簡単にまとめると:
- 棘上筋の筋活動レベルは、3つのエクササイズ間で有意な違いは無かった
- 三角筋中部の筋活動レベルは、フルカンエクササイズよりもエンプティカンエクササイズと腹臥位フルカンエクササイズのほうが有意に高かった
- 三角筋後部の筋活動レベルは、フルカンエクササイズよりもエンプティカンエクササイズのほうが有意に高く、さらにエンプティカンエクササイズよりも腹臥位フルカンエクササイズのほうが有意に高かった
といった所です。詳しくは論文のPDFをダウンロードして全文を読んでみて下さい。
個人的な感想(主観的意見)
まず注目に値するのが、棘上筋の筋活動レベルは3つのエクササイズ間で違いが無かったという事。つまり、棘上筋強化の効果という点では、どのエクササイズを選んでもあまり違いは無いだろうと推測されます(この研究は筋電図を調べただけなので、長期トレーニング効果については推測の域を出ません)。
一方、フルカンエクササイズよりもエンプティカンエクササイズのほうが三角筋(特に中部)の筋活動レベルが高いという結果は、すなわち三角筋と棘上筋の筋活動レベルの比率がエンプティカンエクササイズ中のほうが高い事を示しています。ここから、上腕骨頭にかかる力のベクトルの和がエンプティカンエクササイズ中はより上向きとなる事が推測されます。
つまり、エンプティカンエクササイズ中は上腕骨頭を肩甲関節窩の中心にキープするのが難しく、ローテーターカフの働きが十分でない場合は上腕骨頭が上方向に移動する事によってインピンジメントが生じる可能性があるという事です。エンプティカンエクササイズ中にしばしば感じられる痛みやつまり感の原因は、この辺りにあるのかもしれません。
まとめ
この論文を読んでみた感想をまとめてみると、
- 肩のリハビリや障害予防の目的で棘上筋強化エクササイズを選択するなら、エンプティカンエクササイズよりもフルカンエクササイズを選ぶべき(フルカンエクササイズではインピンジメントを抑えつつ、棘上筋をisolateしてトレーニング刺激を与える事ができるから)
- 棘上筋の徒手筋力テストを実施する時は、フルカンエクササイズのポジション(肩外旋位)で測定するべき(三角筋の影響を最小限に抑えて、棘上筋をisolateできるから)
- ローテーターカフの動的なスタビリティ能力(上腕骨頭を肩甲関節窩の中心にキープして、上腕骨頭の上方向への移動とそれに伴うインピンジメントを防ぐ能力)を評価するためのprovocative test(症状誘発テスト)としては、エンプティカンエクササイズの動作を用いるのもありかもしれない
といった感じになります。ローテーターカフを強化して肩の障害を予防するという意図でエンプティカンエクササイズをアスリートにやらせているのに、逆に肩のインピンジメントを誘発してしまう危険性があるという事です。いや〜、コワいですね〜。恐ろしいですね〜。
もちろん、あくまでもこれは1つの実験結果をもとに導き出した結論に過ぎません。実験の条件等が多少変われば結論自体も変わってくる可能性がありますので、この論文だけを読んで「エンプティカンエクササイズは絶対やったらいかん!!」と言い切るのは危険です。いろいろな情報を総合的に吟味した上で、自分なりの結論を出してみて下さい。
ただし、少なくとも私は今のところアスリートにエンプティカンエクササイズをやらせる理由を1つも持ち合わせていないので、やらせる事はないでしょう。これを否定する新たな研究結果等が出てこない限りは・・・。