昨日、以下のようなツイートをしました:
ドクターはトレーニングの専門家ではないって事ですね。
わからない事はわからないって言うべきだと思います。 https://t.co/AZFsmPf9Vp
— 河森直紀 Naoki Kawamori (@kawamorinaoki)
そこそこ反響があったので、深堀りしてブログを書いてみます。
まずはこのツイートで紹介している記事を読んでみてください。
前置き
まず最初に言っておきたいのは、ドクター(=医師)全般を批判したり攻撃したりしようとしているわけではないということです。
基本的に、ドクターのことは専門家としてリスペクトしています。
ツイートで取り上げた記事に出てくるドクターも、トミージョン手術については日本屈指の方らしいので、それで救われたアスリートも数多くいることでしょう。
しかし、今回の記事の発言はいただけないです。
私が批判したいのはあくまでもそこの部分です。
とはいえ、ここまで丁寧な前置きをしても、ドクター全般に対する攻撃だと勘違いしてしまう人は一定数いるでしょう。
それは私の本意ではありません。
また、私以外にも、このようなドクターの間違った発言に対して物申したいけど、ドクター批判と勘違いされるのを恐れて沈黙している方もいるでしょう。
しかし、そんなのビビってたら自分が正しいと思う主張なんてできないので、私はやります。
ここまで丁寧に説明しても、感情的に私のことを嫌いになるなら、もうしょうがないです。
ドクターはトレーニングの専門家ではない
そのような前置きをしたうえで、本題に入ります。
まず、ツイートで紹介した記事を読んだ私の感想が「ドクターはトレーニングの専門家ではない」でした。
実際そうなんです。
「ドクターは頭も良いし、人間の身体のことを熟知しているはずだから、トレーニングについても詳しいに違いない」という一般的なイメージがあるのかもしれませんし、だからこそメディアがトレーニングについてドクターに取材しているのかもしれませんが、ドクターはトレーニングについて専門的な教育を受けているわけではありません。
身体に関することだったら、なんでもかんでも知っているわけではないのです。
それは、ツイートで紹介した記事の内容を、トレーニングの専門家が読めば一発でわかります。「ああ、わかってないな」と。
※記事のどこがおかしいのかは後ほど解説します。
たまに、筋トレについて詳しいドクターもいらっしゃいますが、それはたまたまそのドクターが個人的に筋トレが好きでご自身でやっていて、筋トレについて勉強されているからです。
そのように個人レベルでトレーニングに詳しいドクターがいるからといって、医師免許を持っている人がすべてトレーニングに詳しいわけではありません。
基本的には「ドクター≠トレーニングの専門家」なのです。
今回ツイートで指摘した記事以外にも、トレーニングについてドクターに取材している記事を見かけることはちょくちょくあります。
そういうのを見ると「なんで、トレーニングについてドクターに聞いてるの?」と違和感をおぼえます。
これは、トレーニングのことについて、トレーニングの専門家ではないドクターに取材してしまっているメディア側にも問題があります。
そのトピックについて、誰が専門家なのか調べることを怠っているわけですから。
仮に、メディア側の無知により、専門外であるトレーニングについてドクターが取材の依頼を受けたとしても、お断りすればいいだけの話です。
「それは私の専門ではないので、お答えすることはできません」と。
それこそが専門家としての真摯な態度ではないでしょうか?
メディアを含めた世間の人から「ドクターは身体のことについては何でも知っているはずだ」と過剰な期待をされることに同情する気持ちもなくはないですが、「わからないことはわからない」と言えない人には同情できません。
たとえば、トレーニングの専門家である私が「トミージョン手術」について取材を受けたら断ります。
そんなの私の専門じゃないし、わからないですから。
仮に、私が「トミージョン手術は高校卒業するまではやらないほうがいいですよ」みたいに知ったかぶってインタビューに答えた記事がネットで配信でもされたら、ドクターの方々は「あいつは医師免許も持っていないのに何を無責任なこと言ってるんだ!」とお怒りになることでしょう。
今回私が指摘しているのは、それと同じことです。立場が逆なだけで。
だから、アスリートや競技コーチに知っていただきたいのは「ドクターはトレーニングの専門家ではない」ということです。
仮にトレーニングについてドクターに質問をして答えてもらえなかったとしても、そのドクターを責めたり、ドクターとしての腕を疑ったりしないでください。専門じゃないんですから。
むしろ、専門外であるトレーニングについて答えないドクターのほうが信頼できます。
中途半端に答えてしまうドクターのほうが、その腕や倫理観を疑ったほうがいいです。
そして何よりも、そもそもトレーニングについてドクターに質問しないであげてください。
記事で間違っている点の指摘
ドクターはトレーニングの専門家ではない、ということを説明したうえで、次は、ツイートで紹介した記事の具体的な内容について見ていきます。
まあ、トレーニングの専門家が読めば「なんだこれ!」と引いてしまうレベルの内容です。
しかし、ただ「この記事は間違っている」と言っているだけだと、トレーニングに詳しくない第三者の目には「筋トレ至上主義者が筋トレを否定しているドクターを攻撃している」ように映ってしまうかもしれないので、少し詳しく解説してみます。
ツッコミどころはたくさんあるのですが、批判したいことを整理してみると、大雑把に以下の2点に集約されます:
- ①競技力向上のための筋トレについての理解が間違っている
- ②アスリートが筋トレを開始すべき時期について根拠のない発言をしている
①競技力向上のための筋トレについての理解が間違っている
まず、”1つ1つの筋肉を大きくする筋トレ”云々という記述があります。
そのような筋トレは、どちらかというとボディビルディング的なやり方です。
アスリートが競技力向上を目指して実施する筋トレの実態とは大きく異なります。
もちろん、単関節エクササイズで特定の筋肉を狙ってトレーニングをする場合もありますが、それはあくまでも補助的な役割に過ぎません。
メインはあくまでもスクワットやデッドリフトのような多関節エクササイズです。
したがって、この”1つ1つの筋肉を大きくする筋トレ”という表現を見た段階で、「あれ、このドクターは競技力向上のためにアスリートがやる筋トレのことわかってないな」と怪しむ気持ちが芽生えるはずです。
そもそも、このドクターは「筋トレ=筋肉を大きくする」と考えているフシがありますが、必ずしも筋トレは筋肉を大きくするのが目的というわけではないですし、筋肉を大きくするのと筋力を向上させるのもまた別の話です。
また、記事では”小中学生はまだスピードがない時期。プロの選手と比べれば、走る、(バットを)振る、(ボールを)投げるという、いろいろな動作のスピードは劣ります。”という記述があります。
さらには、”筋肉を太くするとかパワーを付けるのであればスピードが身につかない”から、小中学生はまだ筋トレしないほうがいいということが暗示されています。
「小中学生から筋トレやったほうがいいのか?」という筋トレ開始時期については、少し横に置いておいて、ここではスピードと筋トレの関係について見ていきます。
そもそも小中学生が大人であるプロの選手と比べて動作スピードが劣る理由はなんでしょうか?
走る・バットを振る・ボールを投げるといった動作における適切な身体の使い方(=スキル)が身についていないのが1つの理由としては考えられますが、もう1つの理由として筋力が低いからというのもあるはずです。
たとえば、小学1年生から野球をやっている小学6年生のピッチャーと、野球経験のない元ハンマー投げ選手の室伏広治さんを比べてみてください。
後者のほうが野球のボールを投げるスピードは速いはずですが、これは完全に筋力の差です。スキルだけなら6年間も野球をやっている小学生のほうが上のはずですから。
もしくは、速いボールを投げるために最適な動作を実行するためには筋力が必要で、小学生はこれが足りないから、スキルという点でも筋力に優れている室伏広治さんのほうが上かもしれません。
どちらにしても、スピードが劣ることの改善策として筋トレを選択肢から外したり、むしろ筋トレをするとスピードが身につかないと指摘したりするのは的外れです。
※参考動画↓
そもそもバットであれボールであれ自分の身体であれ、物体を加速してスピード(正確には速度)を高めるためには、その物体に力を加える必要があります。
これはニュートンの第二法則「F=ma」からも理解できるはずです。
実際には単純な力ではなく力積が重要なのですが、スポーツ動作においては力積を加えることができる時間がとても短いことから、結局は大きな力を発揮することが大切になります。
で、この力はどこから来ているのか?と考えれば、基本的には筋肉です。
したがって、スピードを高める方法を考える際に、筋肉を鍛えて筋力を向上することを除外したり、むしろ逆効果として禁忌しまうのは無責任です。
もちろん、筋トレをしたからといって、必ず動作スピードがUPするわけではありません。
やり方が不適切であれば逆効果となり、スピードが低下してしまうリスクはあります。
しかし、それはやり方の問題であり、筋トレをすること自体の問題ではありません。
それなのに筋トレを禁忌とするのは「間違った包丁の使い方をしたら手を切る恐れがあるから、包丁は一切使わないで料理しろ!」と言っているようなもんです。
②アスリートが筋トレを開始すべき時期について根拠のない発言をしている
次に、筋トレ開始時期について見ていきます。
記事内では、野球選手は少なくとも高校を卒業するまでは筋トレをしないほうがいいと発言されています。
その理由として、あまり早くに筋トレをしてしまうとスピードが身につかないからとしています。
そんなことを言うのであれば、高校から筋トレをしている野球選手のほうが、高校の時に筋トレをしていなかった野球選手と比べて、動作スピードが劣っているというエビデンスはあるのでしょうか?
私の知る限りでは、そのようなエビデンスはありません。
医学界ではEBMというエビデンスに基づく医療が重視されているはずなのですが、専門外のトレーニングに関してはエビデンスなんて知ったこっちゃね〜ということなのでしょうか?
「僕の考えですが」と前置きしたうえで発言をされていますが、専門である医療について、エビデンスのないことを「僕の考えですが」という前置きをしたうえで発言されるとは思いません。
やはり無責任だな〜と感じずにはいられません。
また、記事内では”自分のピークに行く前に筋肉を付けすぎると、技術やスピードの発達が止まってしまうんじゃないか”との発言もあります。
こういう発想をする前提として、技術と体力は別物という考えがあると思われます。これは間違いです。
体力が変われば適切な技術は変わるのです。
また、技術を身につけるのに必要な体力というものもあります。
もし、若い時期は一切筋トレをせずに技術を磨き続け、その後、筋トレを開始して筋力が変わったら、それまでに磨いてきた技術はもはや最適なものではなくなり、新たな筋力レベルに合わせて技術を身に付け直さないといけなくなります。
そして、初めて筋トレをやり始めた直後は、伸びしろがめちゃくちゃあるので、筋力の伸びも大きい(つまり、体力が急激に大きく変わってしまう)ので、それに合わせて技術を調整するのが難しくなるものと想像できます。
結果として、パフォーマンスは一時的に低下してしまうでしょう。
だったら、若いときから技術を磨くのと体力を向上するのを並行して実施したほうが、パフォーマンスは向上するはずです。
なにより、若い時期から筋トレを始めたほうが、より高い筋力レベルに到達できる可能性も高まるはずなので、あえて筋トレ開始時期を遅らせるのは、その選手のポテンシャルを狭めていることにもなりかねません。
この辺りの話は、本ブログでは5年以上前から発信しています。
私の発信力が足りないのかもしれませんが、若くから筋トレすることに反対する人がなかなか減らないのがもどかしいところです。
» 参考:ウエイトトレーニングを若くから始めてしまうと、大人になってからのパフォーマンスの伸びしろを狭めてしまうのか?
ちなみに、若いアスリートが筋トレをすることの安全性や有効性については、アメリカのAvery Faigenbaum博士あたりが精力的に研究されています。
興味のある方は、Faigenbaum博士の論文や書籍を読まれることをオススメします。
まとめ
私が言いたいことをまとめると、「ドクターはトレーニングの専門家ではない」ということです。
べつにドクターを批判しているわけではなく、当たり前の事実をそのまま述べているだけです。
ただ、「ドクターだったら身体のことを何でも知っているはずだ」と勘違いをしてしまっている人が多いので、そんな過剰な期待をするのはやめましょう、ということです。
それは取材をする立場のメディアも含めて、です。
トレーニングについての質問をドクターにするほうにも責任があると思いますよ。
残念ながら、一部のドクターはそのような専門外であるトレーニングについての取材を受けてテキトーなことを発信してしまっています。
これは、私のようにトレーニングを専門としている人間からすると非常に迷惑です。
そして、メディアを通じて発信されたそのような間違った情報を信じてしまう可能性があるアスリートや競技コーチにとっても迷惑です。
なにより、自らの専門を把握し、専門外のことについては口を出さず、真摯な姿勢でわからない事にはハッキリとわからないと言ってそのような取材を断っているような他のドクターにとっても迷惑な話です。
新型コロナウイルスの感染が広がってからは「感染症に詳しい専門家」なるコメンテーターがテレビに出演されていますが、ツイッター上では多くのドクターが「あいつは感染症の専門家じゃないぞ!」と激しいツッコミを入れています。
そういうのを見ていると、本来、良識のあるドクターは、医療の分野の中でも細分化された専門性というものを強く意識されていて、専門分野以外のことに頭を突っ込んでいる他のドクターに対して厳しい姿勢で批判するような方達のはずです。
それだけ自分たちの専門にプライドを持たれているはずだし、リスペクトできるような倫理観の持ち主のはずなのです。
だから、一部のドクターが専門外のトレーニングに口出しをして、ドクターの権威を貶めてしまうようなことをしているのを見ると、他のドクターからすると迷惑だろうな〜と思わざるをえないのです。
とはいえ、ドクターはトレーニングの専門家じゃないので、専門外のトレーニングに口出ししてしまっている他のドクターがいたとしても、そこを批判することは難しいでしょう。
だからこそ、トレーニングの専門家が声を上げないといけないと考え、このブログを書きました。
私の意図が正しく伝わることを祈っています。
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【編集後記】
トレーニング指導の活動も徐々に再開しつつあります。しかし、使わせていただいている施設によっては、トレーニング中もマスク着用が義務付けられているところもあります。アスリートはだいぶ息が苦しそうです。
ちょっとしばらくは、1セットあたりのレップ数が多いプログラムは避けて、せいぜい5レップ程度までに抑えておこうと思います。