体力は急に向上しない
トレーニング指導の専門家の立場から、競技コーチの方に是非理解しておいていただきたいことがあります。
それは「トレーニングをしても体力は急に向上しない!」ということです。
「いや、そんなの当たり前だろ」と思われるかもしれませんが、私の経験上、そうした認識のない競技コーチが多いような気がしてならないのです。
たとえば、「フィジカル合宿」とか「トレーニングキャンプ」と題して、オフシーズンの序盤に1~3週間、競技練習はほとんどせず、体力的なトレーニングを中心に鍛える機会が設けられることがあります。
チーム競技で比較的多い印象です。
また、合宿とかキャンプといった特別な形でなくても、「今週と来週はフィジカルウィークにして競技練習は一切やらないから、トレーニング指導はまかせたぞ!」なんて頼まれた経験もあります。
そういう場合、おそらく競技コーチ側には、「数週間トレーニングに専念できる期間を作ってやるから、その間にグワンと体力を向上させて、シーズンを戦い抜けるカラダ作りをしてくれ!」という期待があるんだと思います。
直接そう言われることはないですけど。
なんだったら、「しばらくの間、トレーニングをやりたい放題にしてやるんだから、お前(トレーニング指導の専門家)は嬉しくてたまらないだろ!?」と思われているフシもあります。
でも言っておきます。
数週間だけトレーニングに割く時間を増やして、トレーニング量を一時的に増やしたとしても、体力が急に向上することはありません!
トレーニングは魔法じゃないんですから!
そもそも、1回のトレーニングで向上させることのできる体力レベルは、ほんの僅かです。
それをコツコツと継続することで、ほんの僅かの体力向上が徐々に積み重なっていき、長期的に見ると大きな体力向上に繋がるのです。
何度も繰り返しますが、短期間だけ急激にトレーニングに量を増やしても、体力は急に向上しません!
冒頭の「トレーニングをしても体力は急に向上しない!」という私の発言を聞いて、「いや、そんなの当たり前だろ」と思われた競技コーチの方は、もう一度、ご自身の行動を振り返ってみてください。
数週間だけ、体力的なトレーニングだけに専念する時期を作ったり、短期間で急激に体力を向上させようとして、一気にトレーニング量を増やしたりしたことはありませんか?
もし、そのような行動をしてしまっているのであれば、「トレーニングをしても体力は急に向上しない!」ということを真に理解していることにはなりません。
急に体力を向上させようとすることの問題点
「短期間だけトレーニング量を増やして体力を急激に向上させよう」という間違った考え方による弊害は、そもそも体力が急に向上しないということだけではありません。
体力が急に向上しない一方で、疲労は急に蓄積しうるという弊害もあるのです。
そして、急にトレーニング量を増やしてしまうと、怪我のリスクが跳ね上がる恐れがあります。
つまり、プラスの効果(急に体力が上がる)が期待できないだけでなく、逆にマイナスの効果(疲労の蓄積、怪我のリスクUP)に繋がりかねないのです。
だからこそ、「トレーニングをしても体力は急に向上しない!」ということを真に理解しておくことがとても重要です。
良かれと思ってやっていることが、マイナスになってしまうリスクがあるのですから。
» 参考:【アスリート・競技コーチ向け】アスリートがケガをしやすい時の2パターンを知っておいて、リスクを避けましょう
たとえば、前のシーズンが終了し、数週間の完全オフを挟み、次のシーズンに向けての準備を始める時に、「まずは次のシーズンも戦い抜ける体力をつけよう!」と考えて、「フィジカル合宿」とか「トレーニングキャンプ」という形で数週間トレーニングばかりやるというシナリオを想像してみてください。
体力の専門家から言わせれば、そんなのクレージーです。
完全オフの間は運動量が大幅に低下しているはずなのに、その状態からいきなりフィジカルメインで鍛えようなんて言ってトレーニング量を一気に増やしてしまうと、怪我のリスクが跳ね上がるからです。
疲労が蓄積する一方で、急激な体力向上は望めません。
私がトレーニング指導の専門家として、競技コーチから「オフ明けは競技練習は一切やらずに体力トレーニングをメインでやるから、次のシーズンを戦い抜ける体力をつけさせてくれ!」なんて言われても、全然うれしくありません。むしろ困ります。
それが、トレーニング指導の専門家の本音です。
まともな知識を持った専門家であれば、言われたとおりに、オフ明けの数週間、トレーニング量を一気に増やしてガシガシと鍛えるという選択はしないはずです。
そのような状況での正解は、徐々にトレーニング量を増やしていくこと、だからです。
それがアスリートのことを考えると、ベストの選択のはずです。
しかし、競技コーチが「トレーニングをしても体力は急に向上しない!」ということをきちんと理解しておいてくれないと、アスリートのことを考えて、徐々にトレーニング量を増やしていくという選択を私のような専門スタッフがしても、「なんで頼んだとおりにできないんだ!もっと追い込んでガシガシとトレーニングさせろよ!」と怒られてしまいます。
で、悲しいことに私のような専門スタッフの立場は非常に弱いことが多く、競技コーチ(特に監督)は大きな権限を握っているので、せっかくアスリートのためを思って正しいことをやっても、競技コーチを怒らせてしまうとクビにされたりトレーニングをあまりやらせてくれなくなったりします。
だからといって、怒られることを恐れて、競技コーチの言われたとおりにやってるようでは、アスリートのためになりません。
専門家として、あくまでも「アスリートファースト」で考えたいのです。
となると、競技コーチ・アスリート・専門スタッフ三者すべてにとってベストの解決策は、競技コーチのみなさんに「トレーニングをしても体力は急に向上しない!」ということを真に理解していただくことだと思うのです。
そうすれば、我々専門スタッフが怒られることもないし、競技コーチが怒ることもないし、アスリートが損害を被ることもないので、みんながハッピーになれるはずです。
ピーキングでも体力は急に向上しない!
「トレーニングをしても体力は急に向上しない!」ということをしっかり理解しておかないと、逆にマイナスになってしまうシナリオとして、オフ明けのオフシーズン鍛錬期の序盤に「フィジカル合宿」とか「トレーニングキャンプ」という形で、体力的なトレーニングの量を一気に増やしてしまう状況を挙げました。
もう1つ、マイナスに繋がりうる場面があります。
それは重要な試合に向けてコンディション調整(=テーパリング)をしてピーキングをする場面です。
たとえば、重要な試合まであと数週間という段階で、なかなかコンディションが上がってこないという状況で、焦ってしまい体力を一気に上げようとしてトレーニング量を急激に増やしてしまうという選択をしてしまうケース。
すでに述べたように、そんなことをやっても体力は急に向上しません。
逆に、疲労が蓄積してコンディションが下がるし、場合によっては怪我をしてしまうかもしれません。マイナスでしかないんです。
競技コーチが「トレーニングをしても体力は急に向上しない!」ということを頭に叩き込んでおいて、真に理解しておけば、そのような失敗は避けることができます。
なんとな〜く理解しておくだけでは不十分です。
骨の髄まで染み込むほど理解しておき、そのような状況においても、自信を持って「トレーニング量を一気に増やす」という選択肢を外すことができるくらいでないといけません。
さらに一歩進んで、「トレーニングをしても体力は急に向上しない!」という考え方も含めた「フィットネスー疲労理論」というフレームワークを知っておき、それにもとづいてテーパリングを計画することができれば、さらにピーキングの成功率を高めることが可能となります。
そのあたりの話について詳しく知りたい方は、拙著「ピーキングのためのテーパリング −狙った試合で最高のパフォーマンスを発揮するために−」をお読みいただければ。
まとめ
オフシーズン序盤であれ、重要な試合に向けての調整期間であれ、「トレーニングをしても体力は急に向上しない!」ということを理解しておけば、適切な選択をすることができるはずです。
トレーニングを魔法のように捉えずに、常にコツコツと継続するべきものと位置づけていただければ。
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【編集後記】
今夜はサッカーW杯の日本代表の初戦コロンビア戦です。
今回はピーキングがうまく行ったのか、楽しみです。
勝敗とは別に、選手たちの動きに注目して観戦したいと思います。