先日、以下のようなツイートをしました:
この研究デザインでは、中重量よりも高重量のほうがRFD向上に効果的とは言えません。解釈が飛躍しすぎていると思います。
何度も繰り返し言っていますが、SNS上の情報をそのまま受け入れずに、自分で一次情報にあたる、すなわち論文を読む能力を身に付けましょう。 https://t.co/aRcTLdPv3E
— 河森直紀 Naoki Kawamori (@kawamorinaoki)
この件については色々と思うところがありますが、今日は、この論文の研究デザインにフォーカスして、詳しく解説します。
論文を読んで解釈するときの考え方みたいなものをお伝えできれば。
論文の研究デザインを考えてみよう!
今日取り上げるのはこちらの論文です。
まず、こちらの論文の研究デザインを簡単に図解すると、以下のようになります。
つまり、前半の4週間は「中重量(60-82.5% 1RM)」を使ってウエイトトレーニングをして、後半の4週間は「高重量(80-90% 1RM)」を使ってウエイトトレーニングをしている形です。
そして、最初と中間と最後の3回の測定を行っています。
この「測定」は、「isometric mid-thigh pull」というものが採用されています。
イメージとしては、昔ながらの体力テストにある「背筋力」の測定みたいな感じの動きで、その時の力発揮をより精密に計測しているような形です。
そこで計測された力-時間データから、さまざまな指標が計算されています。
ここでは、代表的な指標として、力を入れ始めてから50ミリ秒後の力の大きさ(force at 50 ms)が、トレーニングによりどのくらい変化したのかをグラフでお見せします。
こちらのグラフは、各4週間のトレーニング期間の前後で、force at 50 msがどのくらい変化したのかをパーセントで表示したものです。
あきらかに、前半4週間に実施した中重量トレーニングの前後よりも、後半4週間に実施した高重量トレーニングの前後ほうが、force at 50 msの伸び率が高いのがおわかりいただけるはずです。
したがって、この研究デザインと研究結果から言えるのは、「最初に中重量トレーニングを4週間実施し、その後、高重量トレーニングを4週間実施した場合、force at 50 msの伸び率は、高重量トレーニングを実施した後半の4週間のほうが大きかった」ということです。
ここでは議論を単純にするため、force at 50 msという指標だけを取り上げましたが、素早く力を立ち上げる能力に関連する他の指標も、ほぼ同様の傾向が見られます。
そこで、素早く力を立ち上げる能力に関連する指標をRFD(rate of force development)とまとめて呼んで、ここからは議論をしていきたいと思います。
※力学的に厳密に言うと、force at 50 ms等が表しているのは「力(単位はN)」であり、「RFD(単位はN/s)」ではないのですが、まあ、そこは大雑把に「素早く力を立ち上げる能力=RFD」としておきます。
単純に「高重量 > 中重量」と解釈してしまうのがダメな理由
で、冒頭で紹介したツイートで私が批判しているのは、この研究結果をもって「中重量よりも高重量でのトレーニングのほうがRFD向上に効果的である」という飛躍した解釈をしている点です。
この研究デザインでは、そんなことを言えません。
この研究デザインと研究結果から言えるのは「先に中重量でトレーニングして、その後に高重量でトレーニングをしたら、後半の期間におけるRFDの伸び率のほうが大きかった」ということだけです。
もしかしたら、実際に「中重量よりも高重量でのトレーニングのほうがRFD向上に効果的である」のかもしれません。
その可能性を否定しているわけではありません。
しかし、問題なのは、「先に中重量でトレーニングして、その後に高重量でトレーニングをしたら、後半の期間におけるRFDの伸び率のほうが大きかった」という結果の説明として、他にもたくさん可能性というか候補があり、この研究デザインでは、1つに絞りきれないということです。
それらの可能性(候補)をいくつか紹介します(これがすべてではありません)。
- ①RFDの向上には時間がかかる
- ②強度の問題ではなく、量の問題である
- ③中重量→高重量という順番が重要である
①RFDの向上には時間がかかる
「中重量 vs. 高重量」というのが原因ではなく、単純にRFD向上という形でトレーニング効果が見られるまでには時間がかかるので、前半の4週間では目立った変化が見られず、後半の4週間になってようやく向上が見られ始めた、ということかもしれません。
たとえば、以下のような形で、同じような研究をしたとします。
で、前半の4週間ではRFDに変化があまり見られず、後半の4週間で大きな伸びが見られる、という結果が得られるかもしれません(Comfort et al.の研究と同じような結果)。
もしそうであれば、前半に中重量でトレーニングして後半に高重量でトレーニングしたComfort et al.の研究において、後半の期間でRFDに大きな向上が見られた原因は、高重量のほうが中重量よりも優れているということではなく、単純にRFD向上効果が見られるまでには時間がかかるから、最初の4週間では変化が見られなかっただけ、という可能性があります。
これは可能性でしかなく、実際にどうなのかは、Comfort et al. の研究デザインでは何とも言えません。
しかし、可能性としては十分考えられるし、その可能性を排除することができていないという点が、Comfort et al. の研究デザインの限界ということでもあります。
②強度の問題ではなく、量の問題である
Comfort et al.の研究では、たしかに前半と後半で「重量」が異なります。「強度」と呼んでもいいかもしれません。
しかし、具体的なプログラム内容を見ると、「強度」だけでなく「量」も異なることがわかります。
たとえば、中重量でトレーニングしている前半4週間の1週目のバックスクワットの「量(volume load)」は、75% x 3セット x 5レップ = 1125です(任意の単位で計算しています)。
一方、高重量でトレーニングしている後半4週間の1週目のバックスクワットの「量(volume load)」は、85% x 3セット x 3レップ = 765です。
つまり、トレーニングの「量」は後半期間は前半期間の68%にしか過ぎないのです。
この数値はバックスクワットのみを取り上げて、各期間の1週目だけを比較したものですが、全体的にも同様の傾向が見られます。
つまり、前半4週間と後半4週間では、トレーニングの「強度」だけでなく「量」も異なるのです。
したがって、前後半の期間でRFD向上効果に差が見られたからといって、その原因を「強度」の違いだけに限定することはできません。
もしかしたら、「量」の違いが大きな要因だったかもしれないのです。
たとえば、前半4週間はトレーニングの「量」が多くすぎて、実際にはRFD向上効果があったにもかかわらず、同じくらい疲労が溜まっていたため、プラスマイナスがほぼゼロになっていたのかもしれません。
それが、後半4週間は「量」が減ったので溜まっていた疲労も徐々に取り除かれていき、RFDの向上が測定数値として見られた、という可能性があるのです。
※このあたりの可能性を理解するには、「フィットネスー疲労理論」の知識が必要です。
つまり、以下のような研究デザインで研究をやっても、Comfort et al.と同じような結果が得られたかもしれないということです。
もしそうであれば、「中重量よりも高重量でのトレーニングのほうがRFD向上に効果的である」なんてことは言えません。
実際のところどうなのかはわかりませんが、強度ではなく量の問題である、という可能性は十分ありえますし、その可能性を排除することができていないという点が、Comfort et al. の研究デザインの限界ということです。
③中重量→高重量という順番が重要である
RFDを向上するために、高重量でのトレーニングのほうが中重量でのトレーニングよりも優れているわけではなく、「中重量→高重量」という順番で実施することが重要である可能性があります。
たとえば、以下のような研究デザインで、2つのパターンを比較したとします。
この場合、上のパターンのほうが下のパターンよりもRFD向上効果が高いかもしれません。
もしそうであるならば、単純に「高重量 vs. 中重量」という比較をするよりも、「中重量→高重量」という順番でトレーニング刺激を身体に与えることがRFD向上には重要である可能性があります。
更に言うと、上の比較だけだと、「中重量→高重量」という順番が重要であるとは言い切れず、せいぜい言えるのは、ずーっと同じ内容でトレーニングを続けるよりも、定期的に内容を変えてバリエーションをつけるのが重要である、ということくらいです。
「中重量→高重量」という順番こそが肝なんだ、ということを確かめたいのであれば、以下のような比較も必要になってきます。
こうした比較をしたうえでも、まだ上のパターンのほうがRFD向上効果が高いということであれば、「中重量→高重量」という順番でトレーニング刺激を身体に与えることがRFD向上には重要であると判断することができるでしょう。
まとめ
長々と説明をしてきましたが、簡単にまとめると、Comfort et al.の論文の研究デザインと結果から言えるのは「先に中重量でトレーニングして、その後に高重量でトレーニングをしたら、後半の期間におけるRFDの伸び率のほうが大きかった」ということだけです。
そのような結果が観察されたというのは事実であり、それを否定するつもりはありません。
しかし、問題なのは、なぜそのような結果が観察されたのか、という原因やメカニズムの解釈の部分です。
冒頭のツイートで批判した、「中重量よりも高重量でのトレーニングのほうがRFD向上に効果的である」というのは、単純すぎるし、あまりにも飛躍した解釈です。
その可能性はありますが、Comfort et al. の論文の研究デザインでは、そんなこと言い切れません。
今回のブログ記事でご紹介したように、他にも多くの可能性が存在するからです。
そして、Comfort et al. の論文の研究デザインではそれらの可能性を排除することができないからです。
論文を読む時は、研究デザインをしっかりと理解して、そこから言えることはどこまでなのか、その線引をすることが重要です。
それができずに、間違った解釈をしてしまい、それをトレーニング指導に活用してしまうと、最終的に被害を受ける恐れがあるのはアスリートです。
それだけは、なにがなんでも避けなくてはいけません。
とくに、論文をSNS等で紹介して発信している方には、しっかりと責任を持って発信していただきたいです。被害者はアスリートなのですから。
とはいえ、間違った情報をSNSで発信している人が多くいるのが現実ですし、そういう人たちを完全に排除することは不可能なので、我々ができることは、情報の受け取り側として十分注意することです。
誰かがSNSで論文情報を発信しているのを見たら、必ず一次情報である論文を自分で読んで確かめる癖をつけていただければ。
動画 論文の読み方
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【編集後記】
今日も自分のトレーニングをしてきましたが、換気のため窓が開いているので、クソ暑かったです。こんな日は、以前にも紹介した「NALGENEカラーボトル広口1.5L」の出番です。