
先日、以下のようなつぶやきをしました:
山本由伸投手の活躍をキッカケにウエイトトレーニングの是非についての議論を見かける機会が増えました。勢いを増している意見は「一般的なウエイトトレーニングをしないと言われている山本由伸投手があれだけ活躍したのだから、やる必要ないのでは?」というものです。私なりの考え方もありますが、誤…
— 河森直紀 Naoki Kawamori (@kawamorinaoki)
メジャーリーグベースボール(MLB)のワールドシリーズでドジャースが優勝しました。
とくに山本由伸選手の活躍が光り、ワールドシリーズMVPも受賞されました。
先発登板翌日にもリリーフ登板するなど、個人的にもとても感動する活躍でした。
山本由伸選手は、一般的なウエイトトレーニング(以下「ウエイトトレーニング」)を一切しない、ということで知られています。
代わりに、BCエクササイズと呼ばれるものを実践されているそうです。
そんな山本由伸選手の活躍をみて、多くのスポーツ関係者が「ウエイトトレーニングって必要ないんじゃない?」と思いかねないんじゃないか、と個人的に危惧していました。
実際に、そんな意見が発信されているのを見かける機会も増えてきました。
そこで、いわゆる「ウエイトトレーニング」の有効性を信じて、アスリートに指導している立場であるS&Cコーチとして、私なりの考え方をブログ記事で解説することにしました。
冒頭で紹介したX投稿はその決意を表明したものですが、そこそこ反響があったので、多くの方が知りたいトピックなんだろうと思います。
X上でブログを書くぞ!と表明してから、どういう切り口で解説したらわかりやすいかと、悩みました。
いろいろな切り口があろうかと思います。
そのうえで、私の解説の対象を「山本由伸選手」と「それ以外のアスリート」に分けて考えたほうがわかりやすいだろう、という結論に達しました。
山本由伸選手を対象に解説
まずは山本由伸選手を対象に以下の3点について解説していきます:
- ①勝てるのであればウエイトトレーニングという手段を使わなくてもいい
- ②ウエイトトレーニングをやったほうがより活躍できるようになるのか?
- ③現実的にはウエイトトレーニングを取り入れるのが難しそうな理由
①勝てるのであればウエイトトレーニングという手段を使わなくてもいい
まず、山本由伸選手はウエイトトレーニングを一切せずとも、あれだけの活躍をされています。
それで、本人がウエイトトレーニングをやりたくないのであれば、それでいいんじゃないか、というのが私の考えです。
ウエイトトレーニングは「手段」にすぎず、「目的」はチームとして勝つこと、もしくは個人として活躍してチームの勝利に貢献することのはずだからです。
私はアスリートがウエイトトレーニングを実施することの有効性を信じています。
だからこそ、それを指導することを生業としているわけですが、それと同時に、ウエイトトレーニングは手段にすぎず、それを目的化してはいけない、ということも強く意識するようにしています。
大前提として、ウエイトトレーニングなんてやらなくても、勝てるのであればそれでいい、という信念があります。
ただし、多くのアスリートはそんなに活躍できているわけではないので、勝つ確率を高めるためにウエイトトレーニングをやったほうがいい、ということです。
一方、山本由伸選手の場合は、ウエイトトレーニングをやらずにBCエクササイズと呼ばれる他の手段を使って十分勝てているので、それでもいいんじゃないの、ということです。
②ウエイトトレーニングをやったほうがより活躍できるようになるのか?
ここまでの文章を読んで、「なんだ、ウエイトトレーニングの有効性を信じていると言っている一方で、勝てるならやらなくてもいいなんて、河森は矛盾しているじゃないか!」と思われた方もいるかもしれません。
そこで、この矛盾と感じられる違和感を取り除くために、もう一歩踏み込んで解説をしていきます。
山本由伸選手はウエイトトレーニングを一切せずに活躍できているので、やりたくないのであればやらなくてもいい、というのは本音です。
それと同時に、適切なウエイトトレーニングを取り入れたほうが、より活躍できる可能性を高めることはできる、とも信じています。
個人的には、山本由伸選手が適切なウエイトトレーニングも取り入れるようになったら、どれだけすごい選手になるのだろうと想像してワクワクしてしまいます。
しかし、山本由伸選手を取材した本を読んだ感じだと、山本由伸選手はBCエクササイズやそれを指導されている矢田氏を心底信頼されている様子で、その矢田氏はウエイトトレーニングを一切推奨されていないようなので、実際に山本由伸選手がウエイトトレーニングを取り入れることはないんだろうな、と思われます。
BCエクササイズというのがそもそもなんなのか、本を読んでもイマイチ理解できなかったのですが、ざっくりとした位置づけとしては、適切な身体の使い方を覚えることを目的としたエクササイズなんだろうな、と私は理解しました。
一方で、ウエイトトレーニングの役割は身体そのものの性能(筋力、爆発的パワー、柔軟性)をアップすることです。
したがって、私はウエイトトレーニングとBCエクササイズは両立しうるものである、と感じました。
ウエイトトレーニングで身体の性能UPを図りつつ、BCエクササイズで性能UPした身体の使い方をアップデートして、さらには練習でそれを野球の動作に繋げていく。
そのように両方をうまく取り入れることで、理屈としては山本由伸選手も今以上に活躍できるようになるのではないか、と思います。
③現実的にはウエイトトレーニングを取り入れるのが難しそうな理由
理屈としては、ウエイトトレーニングもBCエクササイズも両方やればいいんでしょうけど、山本由伸選手のケースについては、現実的には難しいだろうな、場合によっては無理してウエイトトレーニングを取り入れないほうがいいかもな、と思います。
まず、すでに紹介したように、BCエクササイズを指導されている矢田氏がウエイトトレーニングを一切推奨されていないようなので、山本由伸選手が矢田氏に師事している限りはウエイトトレーニングを取り入れることはないんだろうな、と想像できます。
仮に、矢田氏からウエイトトレーニングを取り入れることの許可がでたとしても(多分出ないでしょうが、思考訓練だと思って読んでください)、今からウエイトトレーニングを取り入れると失敗するリスクもありそうだな〜、もしかしたら無理して取り入れないほうがいいかもな〜、と考える理由がいくつかあります。
まず、一言で「ウエイトトレーニング」といっても、そのやり方は千差万別です。
そして、それを指導するS&Cコーチの腕もピンキリです。
不適切なやり方でウエイトトレーニングを取り入れてしまうと、ウエイトトレーニングのメリットを享受できないどころか、逆効果になってしまうリスクすらあります。
したがって、能力のあるS&Cコーチに出会って、適切なウエイトトレーニングを指導してもらえるのであればよいのですが、そうではないのであれば下手に取り入れないほうが無難かもしれません。
また、良いS&Cコーチから適切なウエイトトレーニングを指導してもらえた場合、今まで取り組んでいなかったからこそ、体力が急激に向上する可能性があります。
体力が大きく伸びるというのは好ましいことのように思われるかもしれませんが、別の言い方をすると自分の身体の性能が急に変わってしまう、ということでもあります。
急激に性能UPした身体の使い方をアップデートするのに苦労する恐れがあり、一時的にパフォーマンスが低下してしまうかもしれません。
成長期のアスリートにおいて、急激な身体変化により神経系・筋力・骨格のバランスが崩れて一時的に運動能力が低下する状態を「クラムジー」と呼んだりしますが、それと似たような現象が起こりかねない、ということです。
山本由伸選手を取材した本を読む限りにおいては、おそらく山本由伸選手は性能UPした身体の使い方をアップデートする能力が高そうに思われます。
それでも時間はかかるはずで、やはり短期的なパフォーマンス低下を避けることは難しいでしょう。
ドジャースでもエースとしての活躍が来シーズン以降も期待されるような立場になってしまったので、ウエイトトレーニングを取り入れることで一時的とはいえパフォーマンスが低下してしまう、というリスクをとるのは難しいのではないか、と考えられます。
短期的なパフォーマンス低下には目をつむり、長期的なパフォーマンス向上を目指すのであれば、ウエイトトレーニングを取り入れた方が良いのは間違いありませんが。
また、BCエクササイズなるものは数が多くて、めちゃくちゃ時間もかかるそうです。
自主トレ期間中は、午前中に3時間ほどかけてBCエクササイズをやる、という記述も本の中ではありました。
それを削ることなくウエイトトレーニングを導入しようとすると、全体の運動量が増えすぎてしまい、オーバーワーク状態になりかねません。
疲労のマネジメントが難しくなり、結果としてパフォーマンス低下に繋がる恐れがあります。
つまり、仮に良いS&Cコーチから適切なウエイトトレーニングを指導してもらえたとしても、すでに実施しているBCエクササイズや野球の練習との兼ね合い・組み合わせが上手く行かなければ、パフォーマンス向上には繋がらないかもしれないのです。
それだったら、無理してウエイトトレーニングを取り入れないほうがいいかもしれません。
それ以外のアスリートを対象に解説
理屈としては、山本由伸選手もウエイトトレーニングを取り入れたほうが今以上に活躍できるようになる可能性はあるけど、現実的には難しそうだし、取り入れ方次第ではデメリットがメリットを上回りかねないし、現状で勝てているので、本人がやりたくないのであれば、まあそれでもいいかな〜、というところです。
しかし、この考え方は山本由伸選手以外のアスリートには当てはまりません。
ここからは、山本由伸選手の活躍や取り組みを踏まえたうえで、他のアスリートがどう捉えて自らに当てはめていけばいいのかについての私見を解説していきます。
※ここで言う「他のアスリート」は、山本由伸選手ほどの活躍をしていないアスリートを想定しています(ほとんどのアスリートが当てはまるはずです)。
①あなたは山本由伸選手ではない
身も蓋もないことを言うようですが、あなたは山本由伸選手ではありません。
現時点でそこまでの活躍をできていないし、生まれつきの才能も違います。
バズーカ岡田先生がYouTubeでおっしゃっていましたが、MLBであれだけ活躍している山本由伸選手は「異常個体」なんです。
あなたが山本由伸選手と同じような「異常個体」である可能性は0.01%もありません。
それにもかかわらず「山本由伸選手がウエイトトレーニングを一切やらないでも活躍できるんだから、俺だってウエイトトレーニングやる必要ないじゃん!」なんて考えるのはおこがましいです。
「異常個体」と同じことをやっていて、あなたも活躍できるようになるわけないじゃありませんか!
動物にたとえるなら、山本由伸選手のような「異常個体」はライオンです。
食物連鎖の頂点に君臨する存在です。
一方、あなたはシマウマです。
「ライオンはウエイトトレーニングやらないんだから、俺もやる必要ないじゃん!」なんて言っていたら捕食されて終わりです。
だから、ライオンに食われないためにも、シマウマである多くのアスリートはウエイトトレーニングをして強くなる必要があるのです。
» 参考:ウエイトトレーニングの必要性を否定する「トラとかライオンはウエイトトレーニングしない」発言への上手な反応の仕方
②結果を残したアスリートがやっているかどうかでトレーニングの良し悪しを決めるな!
「ウエイトトレーニングを一切やらない山本由伸選手があれだけ結果を出したんだから、アスリートはウエイトトレーニングなんてやる必要ないじゃん!」
そう感じたアスリートや指導者が多いのではないか、と危惧したからこそ、このブログ記事を書いています。
そもそも、結果を残したアスリートやチームのやり方が効果的であると評価していいのでしょうか?
私は、そのような思考回路は絶対にダメである、と主張したいです。
そんな考え方は今すぐゴミ箱にポイッと捨ててしまいましょう。
仮に、来シーズン、山本由伸選手が良い成績を残せなかったとしたら(あくまでも仮の話で思考訓練です)、今度は「やっぱりウエイトトレーニングをやったほうがいい!」と心変わりするのでしょうか?
ウエイトトレーニングを取り入れている大谷翔平選手も今年えげつない活躍をされてナ・リーグMVPを受賞されましたが、じゃあウエイトトレーニングをやったほうがいいのでしょうか?(矛盾してない?)
山本由伸選手と同じ矢田氏に師事していても、山本由伸選手ほどの結果を出せていないアスリートもいるようですが、そのことはどう解釈するのでしょうか?
これらの問いに対して、整合性をもって答えられるような理屈は存在しません。
ということは、そもそも結果を残したアスリートがやっているかどうかでトレーニングの良し悪しを決めること自体がナンセンスだということです。
トップアスリートがどういうことをやっているのかが気になる、というのは感情としては理解できます。私だって気になります。
でも、それを根拠に自分がどのようなトレーニングをやっていくのかを決めるのはオススメしません。
そんな考え方をしているかぎり、あなたがアスリートとして結果を残すことは難しいでしょう。
» 参考:【アスリート向け】トップアスリートのトレーニングを真似しても効果が出るとはかぎらない
③適切なウエイトトレーニングを取り入れましょう!
結果を残したアスリートがやっているかどうかでトレーニングの良し悪しを決めちゃダメとなると、じゃあ、どうやって判断すればいいのか?
科学的知見に基づいて判断するのが確率論的にはベストだと私は考えます。
» 参考:科学的知見に基づいたトレーニングが確率論で考えると最善である
そして、科学的知見に基づいて判断すると、アスリートはウエイトトレーニングをやったほうがいい、という結論にたどり着くはずです。
「ウエイトトレーニングをやったら絶対に勝てるようになるのか・結果を残せるのか?」と問われれば、そんなことはありません。
そもそも、これをやれば「絶対に」勝てるようになる・結果を残せるなんてものは、ウエイトトレーニング以外であっても存在しません。
そんな中で、ウエイトトレーニングはその有効性を支持する科学的知見がそれなりに存在する「手段」であり、パフォーマンス向上を目指すアスリートが取り入れない手はありません。
アスリートがウエイトトレーニングを取り入れることで得られるメリットについては、過去のブログ記事等で解説済みなので、そちらをお読みください。
まとめ
対象を山本由伸選手とそれ以外のアスリートに分けて解説しましたが、そのような分け方をすることで、説明がわかりやすくなったのではないかと思います。
山本由伸選手については、ウエイトトレーニングを取り入れたほうがより活躍できる可能性はあるけど、上手く取り入れないと逆効果になるリスクがあるし、現状をみると取り入れることは現実的ではなさそうなので、せめてケガをせずに順調に活躍し続けてほしいな〜と祈ることしかできません。
一方、それ以外のアスリートに対しては、「山本由伸選手がウエイトトレーニングを一切やらずに活躍したこと」はあなたにとって何の関係もないことなんだから、ゴチャゴチャ言ってないでウエイトトレーニングをやりなさい!とお伝えしたいです。
ただし、山本由伸選手以外のアスリートの場合も、上手く取り入れないと逆効果になるリスクがあることは同じなので、できるだけ腕の良い専門家を見つけて、適切なやり方を指導してもらっていただければと思います。
私のブログやSNSをフォローしてくださっている方にとっては、予想通りの内容になったかかもしれません。
物足りないと感じた方もいらっしゃるでしょう。
「そんなこともうわかってるわ!」と。
そのように感じた方は、ウエイトトレーニングについて適切な理解ができているので、自信をもってください。
それと同時に、私と同じような文章をご自身で書けるかどうか、そのレベルまでご自身の理解が深まっているのかどうか、振り返ってみてください。
言われてみて「そうだろうな」と思うのと、自分で言語化できるのとでは、大きな違いがありますから。
» 参考:「言われてみればそうだよね」ということを言語化することに価値がある
思ったよりも長文になりましたが、とりあえず無料のブログ記事として発信することにしました。
こんな情報を無料で読めるなんてありがたい・申し訳ない、と思われた方は、ぜひ有料商品もご購入ください。
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【編集後記】
先日開催されたHawkin Dynamicsのワークショップに参加しました。
知り合いの参加者と久しぶりに話したり、新たな出会いがあったり、やはり対面式のイベントはそういう良さがあるな〜と実感しました。
私も最近は自主開催セミナーはオンライン開催だけでずーっとやっていますが、たまには対面式もやろうかな…