#272 【月刊トレーニング・ジャーナル記事転載⑫】S&Cコーチとして幸せを感じる時、苦しいと感じる時

公開日: : 最終更新日:2015/08/07 S&Cコーチとしての思考, コーチング


 

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月刊トレーニング・ジャーナルに掲載して頂いた記事(河森執筆部分)を転載するシリーズの続きです。今回は連載第12回で最終回の「S&Cコーチとして幸せを感じる時、苦しいと感じる時」です。

 

=====ここから記事=====

幸せを感じる時

ストレングス&コンディショニング(S&C)コーチとして幸せを感じる時は、大きく言って2つあります。1つは、トレーニング中にアスリートの成長を感じた時。もう1つはアスリートが試合や大会で好成績を収めた時です。

トレーニングはあくまでも体力向上を通じてパフォーマンス向上に貢献するための手段にすぎませんが(それ自体が目的ではありません)、それでもやはりトレーニング中のアスリートのパフォーマンス向上を感じる時はうれしい気持ちになります。例えば、アスリートがレジスタンストレーニングで扱う挙上重量を増やしていくのはもちろんですが、なかなか適切なフォームでエクササイズを実施できていなかったアスリートが苦戦しながらもフォームを向上させていく姿を見るのは感動的ですらあります。さらには、付きっきりで指導をする必要があったアスリートが、セルフでトレーニングをやってもらってもS&Cコーチとして安心できるようになるまで成長してくれるのを見るのは、大きな喜びです。

また、そもそもアスリートがS&Cトレーニングを実施する究極の目的は競技成績を向上させることなので、実際にアスリートが重要な試合や大会で好成績を収めるのを目撃したり、その報告を聞いたりする時は、S&Cコーチとして大きな幸せを感じます。もちろん、スポーツは残酷なもので常に勝てるわけではなく負けることもあります。また、アスリートが勝ったとしてもその勝利にS&Cコーチが貢献している割合は微々たるものでしょう。それでも、アスリートが勝利した時に一緒に喜ぶことができるのは、S&Cコーチという仕事をするうえで一番の醍醐味であり、もっとも報われた気持ちになる瞬間だと思います。

 

幸せと苦しみは表裏一体

一方で、S&Cコーチとして幸せを感じる時は、それと同時に苦しいと感じている自分がいることも事実です。例えば、トレーニング中にアスリートが拳上重量を伸ばしたりして成長を実感すると幸せな気分になりますが、それが競技成績の向上に結びつかなければ意味がないので、手放しで喜ばないように自分自身にブレーキをかけているところがあります。同様に、アスリートが試合や大会で好成績を収めた時はうれしく思いますが、だからと言ってS&Cサポートがうまくいったとは限らないので、「そこは切り離して冷静に分析しないと」と考えている自分がいたりします。

つまり、S&Cコーチとして幸せを感じるような時であっても手放しで喜ぶことができない、というのがS&Cコーチとして苦しいと感じる部分です。性格的に真面目すぎるのでしょうか。「それはS&Cコーチとしての宿命だからしょうがない」と割り切っている部分もありますが、それだとなかなかモチベーションが上がりません。だから、深く考えないでとりあえずアスリートと一緒に喜んで幸せに浸る期間を意図的に設けるよう努めています。その間は心の底から喜ぶようにして、その期間が過ぎたら冷静に状況を分析するようにメリハリをつける、といった感じです。ある意味、S&Cコーチとしての私は二重人格であると言えます。

 

指導させてもらえないと苦しい

目の前のアスリートのパフォーマンス向上の手助けができる自信があるのに、そのアスリートやコーチからの理解を得られず、トレーニング指導をさせてもらえない時もS&Cコーチとして苦しいと感じます。 

例えば、「○○(競技名)に特異的なトレーニングを教えてください」とアスリートから要望される場合があります。本連載第4回でも説明したように、競技特異的なエクササイズの導入に私は積極的ではありません。したがって、そのようなトレーニングを要望されたら、その問題点を丁寧に説明したうえで、「以上の理由で○○に特異的なトレーニングを指導することはできません。代わりにベーシックなエクササイズを指導して、筋力やパワー等の体力要素を向上させることはできます。そうすることでケガをしにくい身体になり、たくさん練習できるようになりますし、たくさん練習すればトレーニング効果が競技動作に転移してパフォーマンス向上にもつながります」とお伝えするようにしています。そのような説明を理解してくれて「それならベーシックなトレーニングの指導をお願いします」と言ってくれるアスリートもいますが、中には「○○に特異的なトレーニングを教えてもらえないなら、もう結構です」と言って指導をさせてもらえないケースもあります。

それと同様に「クイックリフトを教えてください」と要望される場合もありますが、そのアスリートのトレーニングレベルを見極めたうえで「まだクリックリフトをする準備ができていないので、まずはルーマニアンデッドリフトやデッドリフト、フロントスクワット等の適切なフォームをマスターしてもらって、その後少しずつハングポジションからのパワークリーン等を導入していきましょう」とお答えすることがほとんどです。その場合も、理解してもらえるケースと理解してもらえずに指導をさせてもらえないケースとがあります。

どちらの例に関しても言えることですが、アスリートの理解を得られず指導をさせてもらえない場合、そもそも「○○に特異的なトレーニング」や「クイックリフト」をやることが目的となってしまっていると考えられます。だからその目的を達成できない、つまりそれらのトレーニングを教えてもらえないとわかると、こちらの説明を理解せずに断ってしまうのです。本来は「体力向上」という目的が先にあって、それを達成するための手段としてトレーニング方法やエクササイズを選択するべきです。しかし、そもそも「○○を教えてください」という形で要望してくるアスリートやコーチは、手段と目的を混同してしまっている可能性が高いので、私としてもその誤解をとくために丁寧に説明しようと努めるわけです。

もし私が独立したパーソナルトレーナーとして活動していて、クライアントの要望通りのものを与えて満足させることでそれなりの報酬を得られるのであれば、それも選択肢としてはアリなのかもしれません(倫理観に基づき断る可能性が高いですが)。しかし、現在私は「日本の国際競技力向上の支援」を目的としている公的機関で働いているので、そこに繋がらないような要望を受けたとしても、それに応えることはできません。私にできるのは、論理的にわかりやすく説明をして誤解をといてもらうよう努めることくらいです。そのうえで指導をさせてもらえもらえないのであれば仕方ないと割り切っている部分もありますが、目の前のアスリートのパフォーマンス向上に貢献する機会をみすみす逃したと感じて非常に残念な気持ちになります。

 

ダメなS&Cコーチを見ると苦しい

S&Cコーチとして苦しいと感じる最後のパターンは、S&Cコーチとしての能力が欠落している人がアスリートを指導してしまっているのを目にする時です。ひどいフォームでアスリートにスクワットをやらせたり、競技動作そのものに外的な負荷をかけた(特異的な?)エクササイズをやらせたり、ファンクショナルとか言って漸進性過負荷の原則が当てはまらないような非効率的な運動をやらせたり・・・。そのような場面を目撃すると、指導を受けているアスリートが気の毒でしょうがないのですが、かといって私が担当しているアスリートでない限りは助けてあげることもできず、悶々とした苦しい気持ちになります。

そのようなS&Cコーチには傾向があり、自身が優秀な元アスリートだった方、もしくは理学療法士やアスレチックトレーナー等の医療系トレーナーの方、のどちらかである場合が大半です(あくまでも私見です)。

前者の場合、もともと遺伝的に恵まれたアスリートであった可能性が高く、どんなトレーニングをしてもトップレベルに到達してしまうため、真に効果的・効率的なトレーニング方法を追求しようとする姿勢に欠ける傾向があります。また、自身がこれまでやってきたトレーニングをそのまま他のアスリートにやらせれば効果が出るはずだと信じているので(つまり「自分の経験」を重要視しすぎている)、改めてトレーニングの一般的な原則や科学的根拠を学び直そうとせず、独自のやり方をあらゆるアスリートに当てはめてしまいます。トレーニングの一般的な原則や科学的根拠を理解せず自分のやり方だけしか知らないことの問題点は、それがうまく行かない時や環境が異なってそのまま当てはめられない時に応用が効かず、臨機応変に対応することができないことです。

後者の場合、日本では医療系トレーナーとS&Cコーチの両者を雇えるだけの資金力があるアスリートやチームが少ないため、医療系トレーナーに対してS&Cトレーニングも指導してほしいというプレッシャーが強いという状況があるのかもしれません。しかし、だからと言って、S&Cコーチとしての教育も訓練も受けていない素人がS&Cコーチのふりをしてアスリートを指導してしまうのはあまりにも無責任です。もう1つ考えられるのは、医療系トレーナーとしてアスリートのリハビリ等をしているうちに「そもそもケガをしづらい身体作りをして傷害を予防したほうが手っ取り早いのでは?」と思うようになり、トレーニング指導に興味を持つというケースです。このような思考回路は極めて合理的なもので理解できますし、そのように考えること自体を非難するつもりは一切ありません。実際、私が尊敬しているS&Cコーチの中にはアスレチックトレーナーから転身された方が何人もいらっしゃいます。しかし私が納得できないのは、そこでイチからS&Cコーチとしての勉強と修行をし直して、新たにS&Cコーチとしての道を進むという選択をせずに、医療系トレーナーとしての知識・技術しかない状態でS&C指導をしてしまう人たちです。しかも、それと平行して医療系トレーナーとしての仕事も継続してやったりしているのです。そういう中途半端な人に限って、スクワットやデッドリフトのようなベーシックなトレーニングを自ら実践しておらず、自分でやっていないから他人にきちんと教えられるはずもなく、それを誤魔化すためにファンクショナルトレーニングやら特異的トレーニングやら科学的根拠の無いものを売りだしてしまうのです。

残念ながら、それらのファンシーなトレーニングはスクワットやデッドリフトのような地味でベーシックなトレーニングよりもメディアの注目を集めやすく、結果としてアスリートやコーチの目にはいる機会も多くなります。そして、そのようなメディアの特集に感化されたアスリートから「◯◯に特異的なトレーニングを教えて下さい」と要望されたりすると、その誤解をとくのが大変になり、場合によってはこちらの説明が理解されずに指導をさせてもらえないので、私としては「苦しい」の二重苦状態に陥るのです。

私自身がそのような苦しい想いをしないように、そして能力のないS&Cコーチから指導を受ける気の毒なアスリートが一人でも減るように、正しい情報を広める事に本連載が少しでも貢献できたらうれしく思います。

 

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【編集後記】

最近は新しいネタが思いつかないので、過去記事を手直しする作戦を多用しています。それでも、かなりのレビュー数を獲得する記事もあり、少し驚いています。アップ済みの過去ブログなんて、読もうと思えば誰でも読めるはずなのに・・・。やはり、情報は知られてナンボって事でしょうか。宣伝も必要って事ですね。

ブログ記事はFacebook等のSNSとは異なり、これまでに書いた記事が蓄積して、それが自分の財産となります。今後もネタが思いつかない時は、これまでに蓄積した財産を活用しようと思います。

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  • 河森直紀(かわもり なおき) PhD, CSCS

    1979年10月17日 神奈川生まれ 埼玉育ち
    ストレングス&コンディショニング(S&C)コーチ。

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