私がオーストラリアの大学院博士課程に留学していた時にやった研究については、過去に紹介しました。
- #183 【論文レビュー】スプリント加速能力は、地面反力の力積の水平成分と関連がある
- #186 【論文レビュー】そり牽引トレーニング(weighted sled towing)中の地面反力
- #188 【論文レビュー】スプリント加速能力に対するそり牽引トレーニング(weighted sled towing)の効果:高負荷vs.軽負荷
- #189 私の博士研究のまとめ
これらの過去ブログ記事を最近手直ししてTwitterで呟いたのですが、「そういえばアメリカの大学院修士課程に留学していた時にやった研究については紹介してなかったな〜」と思ったので、今回は私の修士研究についてお話をしたいと思います。
論文の内容
研究の背景
爆発的パワー能力を向上するには、力学的にパワー発揮を最大にする負荷(Pmax Load)でトレーニングするのがベストだ、という考え方があります。
そして、一般的にPmax Loadは最大筋力の30%の負荷に相当すると言われています。
一方で、爆発的パワー向上の手段として、ウエイトリフティング関連エクササイズ(「WLエクササイズ」と略します)が有効であると考えられており、多くのアスリート(ウエイトリフター以外)が実施しているという事実もあります。
しかし、WLエクササイズを爆発的パワー向上のために実施する時に、一般的にPmax Loadであると言われている30% 1RMという極端に軽い負荷を用いてトレーニングしているアスリートはほとんどいないでしょう。
一般的には、70-90% 1RM程度の重い負荷を用いているはずです。
ここで私の頭の中に疑問が浮かびました。
「WLエクササイズにおけるPmax Loadは30% 1RMなんだろうか?もっと重いんじゃないのか?」という疑問です。
この疑問が、そのまま私の修士研究におけるresearch question(研究課題)となり、それを調べてみることにしたのです。
研究プロトコル
私の修士研究においては、WLエクササイズの1つであるハングパワークリーン(「ハングPC」と略します)を取り上げて、そのPmax Loadを調べることにしました。
ハングPCを採用した理由は2つあります:
- 多くのアスリートが実施している最もポピュラーなWLエクササイズである
- フォースプレートを用いてパワー発揮を計算しやすい
1つ目の理由は、そのままです。
おそらく、一般のアスリートの多くが最初に覚えるWLエクササイズがハングPCであると思います。
また、2つ目の理由はパワー計算の技術的な問題です。
フォースプレートの上に立った状態で実施できるハングPCは、床から開始するPCよりもパワー計算という点で扱いやすかったのです。
で、被験者にフォースプレートの上でハングPCを1RMの30, 40, 50, 60, 70, 80, 90%の重さで実施してもらって床反力を測定し、そこからパワーを計算しました。
結果
ハングPCにおけるPmax Loadは70% 1RMでした。
ただし、統計学的には他の負荷と有意差はそれほど見られませんでした。
考察
この研究結果から言えるのは、主に以下の2点です:
- Pmax Loadはエクササイズによって異なる
- WLエクササイズの1つであるハングPCにおけるPmax Load(70% 1RM)は、昔から主張されている30% 1RMよりもかなり重い
「血と汗と涙を流した2年間の修士課程の集大成である本研究から言えるのがたったそれだけの事なのか?」と思うと少し悲しい気もしないではないですが、しょせん1つの研究が解き明かせるのはその程度のことでしかありません。
それがたくさん積み重なって初めて「科学的知見」として意味が出てくるのだと思います。
1つの研究でアレもコレも解き明かしてやろうと欲しがり過ぎてしまうと、結局何も解き明かせなかった、というのがよくある失敗パターンです。
ただし、おそらくWLエクササイズにおけるPmax Loadを調べるという観点で研究をやったのは私が世界で初だと思いますし、この論文がきっかけで、その後にさまざまなWLエクササイズにおけるPmax Loadを調べる研究の数が増えてきたという点は、誇りに思えるところです。
まとめ
Pmax Loadでのトレーニングが爆発的パワーを向上するのにベストな方法なのか?というと、ハッキリ「そうだ!」と断定できない部分はありますが、少なくとも爆発的パワーエクササイズを実施する時には、Pmax Load付近の負荷を使うのが良さそうだというデータは存在します。
その一方で、Pmax Loadが1RMの何%に相当するのかは、エクササイズの種類によっても大きく異なります(参考文献)。
したがって、それぞれのエクササイズのPmax Loadを把握したうえで、その負荷を使用して爆発的パワートレーニングを実施するのが重要になってきます。
私の修士研究の結果から考えると、爆発的パワー向上の目的でハングPCを実施するのであれば、70% 1RM前後の負荷を中心にトレーニングをするのが適切であると推測ができます。
ただし、70%を少しでも外れるとパワー発揮が大きく低下するのかというと、そういうわけでもないので、実際に使用する負荷には幅を持たせても良いでしょう(例:60-80% 1RM)。
この辺のトピックは、先日実施した「爆発的パワー向上の科学的基礎」というセミナーでもお話をしました。
修士研究でこのような内容の研究を実施したことと、そのためにこの分野の過去の論文を死ぬほど読みまくったことが、5時間も話し続けることに役立ちました(笑)
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
【編集後記】
先日、座学と実技のセミナー(勉強会)を実施しました。これも合計で5時間という長丁場だったのですが、やはり実技をはさんだほうが時間の流れが早いですね。しゃべるだけで5時間はやっぱりしんどいです・・・。