久しぶりの論文レビューです。
トレーニング業界において昔から当たり前と考えられていたことを調べてみたら、どうやら当たり前ではなかったかもしれない。
そんな波紋を呼ぶような面白い論文を紹介します。
研究の背景
ふくらはぎの主要な筋肉は、「腓腹筋」と「ヒラメ筋」の2つです。
この2つを合わせて「下腿三頭筋」と呼ぶこともあります。
「腓腹筋」は膝関節と足関節を介している二関節筋なので、スタンディング状態で膝を伸ばしておいたほうがストレッチされて足関節の底屈に大きく関与する。
逆に、シーテッド状態で膝を曲げると腓腹筋は緩んで足関節の底屈への貢献度が下がるので、足関節だけを介している単関節筋である「ヒラメ筋」に負荷が集中する。
そんな解剖学・バイオメカニクスの知識にもとづいて、「スタンディングカーフレイズは腓腹筋、シーテッドカーフレイズはヒラメ筋に効く」と一般的に考えられていました。
私自身、担当アスリートの「腓腹筋」と「ヒラメ筋」をバランスよく鍛えるために、スタンディングカーフレイズとシーテッドカーフレイズの両方を、ウエイトトレーニングのプログラムに取り入れてきました。
多くの人が、「解剖学・バイオメカニクスから考えたら、そんなの当たり前だろ」「そんなのわざわざ研究して調べるまでもない」と考えてきたのではないでしょうか?
だから、本当に「スタンディングカーフレイズは腓腹筋、シーテッドカーフレイズはヒラメ筋に効く」のかどうかを調べた研究がこれまで報告されていなかったのだと推測されます。
2023年になり、実際にそれを検証した論文が発表され、当たり前と思われていたのとは少し異なる結果が報告されているので、今回紹介することにしました。
論文の内容
研究プロトコル
トレーニング未経験者14名が、片脚をスタンディングカーフレイズ、反対の脚をシーテッドカーフレイズで週2回✕12週間トレーニングした(5セット✕10レップ)。
12週間のトレーニング期間の前後に、MRIを使って下腿の横断画像が撮影され、そこから腓腹筋(外側頭と内側頭に分けて)とヒラメ筋と下腿三頭筋全体(=腓腹筋+ヒラメ筋)の筋量が計算された。
トレーニング前後の筋量の変化を筋肥大効果の指標とし、スタンディングカーフレイズとシーテッドカーフレイズとで比較された。
※筋肥大効果だけを調べており、筋力向上効果は調べられていない
結果
スタンディングとシーテッドのカーフレイズによる各筋肉の筋肥大効果を比較した結果をまとめます:
- 腓腹筋外側頭(LG):スタンディングのほうがシーテッドよりも有意に大きい(12.4% vs. 1.7%)
- 腓腹筋内側頭(MG):スタンディングのほうがシーテッドよりも有意に大きい(9.2% vs. 0.6%)
- ヒラメ筋(SOL):スタンディングとシーテッドの間で有意差なし(2.1% vs. 2.9%)
- 下腿三頭筋全体(Whole-TS):スタンディングのほうがシーテッドよりも有意に大きい(5.6% vs. 2.1%)
考察
「腓腹筋」と「ヒラメ筋」とにわけて、それぞれの研究結果について考察していきます。
まずは、「腓腹筋」から。
スタンディングのほうがシーテッドよりも腓腹筋の筋肥大効果が大きかったという結果は、昔から解剖学・バイオメカニクスの知識にもとづいて信じられていたとおりになりました。
とはいえ、「思っていたよりも圧倒的な差がでるもんだな」と驚いたのが正直な感想です。
近年は、筋肥大のためには筋肉をストレッチさせた状態で(伸長位で)鍛えることが重要であると示唆するデータが報告されています。とくに二関節筋において(例:ハムストリング、上腕三頭筋)。
本研究の結果は、筋肥大のために筋肉を(とくに二関節筋を)ストレッチさせた状態で鍛えることの重要性について、その科学的根拠を強めるようなデータになったと解釈することができるでしょう。
次に、「ヒラメ筋」について。
こちらについては、これまで信じられていたものとは異なる結果になったと言えます。
解剖学・バイオメカニクスの知識にもとづいて、ヒラメ筋を鍛えるならスタンディングよりもシーテッドのほうが効果的である、と信じられていたのに、実際には差がないという結果になったわけですから。
シーテッドカーフレイズだと「腓腹筋」の筋肥大効果は著しく低かったので、シーテッドカーフレイズにおいて腓腹筋が緩んであまり使われなくなる、という推測はある程度正しいのでしょう。
しかし、だからといって、シーテッドカーフレイズだとより大きな負荷がヒラメ筋にかかって筋肥大効果も高まる、と考えてしまったところで、論理の飛躍があったのかもしれません。
スタンディングカーフレイズ実施時だって、腓腹筋だけが働いているわけではなく、ヒラメ筋だってがんばって貢献しているはずですから。
もし仮に、スタンディングカーフレイズにおいては、腓腹筋のほうが先にストレッチされて、ヒラメ筋は緩んだままORフルにストレッチされない、ということであれば、スタンディングカーフレイズにおいてヒラメ筋に十分な刺激が加わらずに筋肥大効果が低下してしまう(シーテッドと比較して)ということはありえます。
しかし、スタンディングカーフレイズとシーテッドカーフレイズ中に、ヒラメ筋がどの程度の長さで力を発揮しているのかを示した図が論文中に示されているのですが、それを見る限りでは両エクササイズ間でヒラメ筋のストレッチ度合いに差はないようです。
それなら、スタンディングとシーテッドとで、ヒラメ筋の筋肥大効果に差が見られなかったことにも納得できます。
イメージとしては、スタンディングカーフレイズにおいては腓腹筋が10、ヒラメ筋が3の貢献をしてトータルで13の底屈トルクが発揮されている一方、シーテッドカーフレイズにおいては腓腹筋が1、ヒラメ筋が3の貢献をしてトータルで4の底屈トルクを発揮している、みたいな感じです(数字はテキトーなものです)。
スタンディングのほうがシーテッドよりも大きな重量でトレーニングをできるものの(13対4くらい)、ヒラメ筋の貢献度は両者で差がないので、ヒラメ筋に加わる刺激にも差がなく、長期的な筋肥大効果にも差がでなかったということでしょう。
Limitation
トレーニング未経験者が被験者だったので、この研究結果がトレーニング経験者にも当てはまるかどうかはわかりません。
また、筋肥大効果について調べられた結果なので、筋力向上効果にも当てはまるかどうかはわかりません。
膝が曲がった状態での底屈トルク発揮能力という点では、スタンディングとシーテッドで異なる可能性は排除しきれません。
まとめ
「研究なんて現場でやられていることの後追いにすぎない」「現場のほうが進んでいる」とか言う人もたまにいますが、現場でやられていることが本当に正しいのかどうかを後追いで確認することってやっぱり重要だよね、と示してくれた論文じゃないかと個人的には評価しています。
解剖学や生理学、バイオメカニクスにもとづいて「こういうトレーニングをしたらこういう効果が得られるはずだ!」と仮説をたてるのは大切ですが、実際に調べてみたらその仮説通りにいかない、なんてことは起こりうるので、やはり注意が必要です。
» 参考:メカニズムから仮説をたてるのは重要だけど、実験してみたら仮説どおりにいかないこともある
もちろん、この研究1つだけで確定的なことは言えませんが、それでも影響の大きい論文であることは間違いありません。
現場でS&Cコーチとして働く私としては、この論文を読んだ上で、今後は底屈の筋力を高めるために、スタンディングカーフレイズをより優先して取り入れよう、と考え方を少し改めました。
競技力向上のための手段としてウエイトトレーニングをしているアスリートの場合、スタンディングカーフレイズをやると腓腹筋もヒラメ筋も両方鍛えられて効率が良い、というのが大きなメリットになります。
もちろん、シーテッドカーフレイズを完全に排除する必要はないかもしれませんが、今まで5:5くらいの比率で取り入れていたのを8:2くらいに変えるつもりです。
今回紹介した論文は無料でPDFファイルをダウンロードできるので、ぜひ皆さんも読んでみて、それをどう解釈してどう活用するのか、自分のアタマで考えてみてください。
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【編集後記】
息子の誕生日が大晦日なので、我が家は大晦日にケーキを食べるという文化がしばらく続きそうです。
まだ変な感じがして慣れません。