前回のブログの続きです。
今回は「超回復理論」と「フィットネスー疲労理論」について考えます。長文です。
超回復理論とは?
適切なトレーニングをすると、その外的な刺激に対して身体が反応して生理学的適応が起こり、体力が向上します。
目的の体力が筋力であれ持久力であれ柔軟性であれ、このコンセプトは基本的に同じです。
そして、このコンセプトを説明する理論(モデル)として一般的に知られているのが「超回復理論」です。
「超回復理論」は、生理学者のハンス・セリエによって提唱された汎適応症候群(GAS)に基づいており、その考え方をトレーニングに応用したものです。
GASについて気になる方は生理学の教科書でも読んでください。
「超回復理論」をざっくり説明すると、トレーニングをすると最初は疲労により体力が低下して、その後時間が経つにつれて体力が回復してトレーニング前のレベルに戻り、さらに時間が経つとトレーニング前のレベルよりも高いレベルに到達しますよ〜(=超回復)ってことです。
わかりやすく言うと、伝説的マンガ「ドラゴンボール」で、孫悟空をはじめとするサイヤ人がひん死状態まで自らを追い込むような修行をした後に、仙豆を飲んで回復をすると前より強くなっている、みたいなもんです。
手書きで「超回復理論」の図を書いてみました ↓
「超回復理論」に基づいて考えると、超回復が起こっているタイミングで次のトレーニングを実施するのが重要ということになります。
それを繰り返すことで、どんどん体力が向上していきます(下図b)。
逆に、トレーニングセッション間のインターバルが短すぎると(上の図でいう疲労または回復のタイミングで次のトレーニングをすると)、どんどん疲労だけがたまって体力は低下していくことになります(下図a)。
さらに、トレーニング後時間が経ち過ぎると超回復状態が消えてトレーニング前のレベルに体力が戻ってしまうので、トレーニングセッション間のインターバルが長すぎると体力は一向に変わらないままということになります(図なし)。
「超回復理論」においては、体力という1つのfactor(要因)が疲労・回復・超回復によりマイナス方向に動いたりプラス方向に動いたりするというシンプルな考え方になっており、「One-Factor Theory(一元論)」と呼ばれることもあります。
フィットネスー疲労理論とは?
「超回復理論」に対して、「フィットネスー疲労理論」は「Two-Factor Theory(二元論)」と呼ばれます。
ここで登場する2つのfactor(要因)は「フィットネス」と「疲労」です。
「フィットネス」は要するに体力レベルのことなのですが、「超回復理論」の説明で使った体力とは少し異なるコンセプトなので、誤解を招かないため「フィットネス」と呼んでおきます。
この理論の基本的な考え方は、トレーニングをするとフィットネスは向上する一方で疲労は蓄積して、前者はプラスの効果、後者はマイナスの効果があり、そのプラスマイナスの合計をPreparednessと呼ぶ、というものです。
本当はPreparednessではなくパフォーマンス(競技成績)と直接的に呼びたいところですが、実際のパフォーマンス(競技成績)には他の要因(例:天候、対戦相手、心理的要因)も関わってくるので、あくまでも身体的なポテンシャルという意味でPreparednessという用語を使っています。
Preparednessはすでに説明した「超回復理論」における体力に相当するものですが、一元論と二元論ということで根本的な考え方が違うので、体力という用語も使わず、代わりにPreparednessと呼びます。
手書きの図で表すとこんな感じです ↑
ここで理解しておく事が必要なのは以下の点です:
- 「フィットネス」はプラス効果があり、(急性の)変化量は小さく、急激に変化しない(=効果が持続する)
- 「疲労」はマイナス効果があり、(急性の)変化量は大きく、急激に変化する(=増えるのも減るのも早い)
トレーニング直後は、疲労の変化量(マイナス)がフィットネスの変化量(プラス)を大きく上回っているので、その合計としてのPreparednessもマイナスになります。
つまり、フィットネスは向上しているのに、それが疲労によって隠されている状態です。
その後時間が経つと、向上した体力は少しずつ低下していきますが、それ以上のスピードで疲労が消えていくので、次第にPreparednessがプラスに転じるということです。
このあたりの詳しい解説は、Zatsiorskyの名著『Science and Practice of Strength Training(日本語版:筋力トレーニングの理論と実践)』を読んでください。
私も「フィットネスー疲労理論」について最初に知ったのはこの本からでした。
さらに詳しく勉強したい方は、コチラも読んでみてください。
超回復理論 vs. フィットネスー疲労理論
トレーニング後の体力(超回復理論)とPreparedness(フィットネスー疲労理論)の変化を見比べると、とても似ていることがわかると思います。
どちらのモデルにおいても、トレーニング直後は低下し、時間経過とともにトレーニング前のレベルに戻り、その後トレーニング前よりも高い状態になります。
さらに時間がたつと再びトレーニング前のレベルに戻ります。
したがって、トレーニングの結果として表面に見えている現象だけを比べると、2つの理論の間にはそれほど大きな差が見られないのです。
「だったら同じ事なんじゃないの?一元論だとか二元論だとか言うのは言葉遊びに過ぎず、ただの机上の空論なんじゃないの?」と思われるかもしれませんが、そんなことはありません。
2つは全く異なるフィロソフィーであって、どちらを信じるかによってトレーニング計画へのアプローチは大きく変わってきます。
それが顕著になるのが、重要な大会に向けてのピーキングにおける考え方です。
例えば、「超回復理論」を信じているS&Cコーチがピーキングを実施する場合は、重要な大会の1週間〜数週間前にガッツリとしたトレーニングをして一度体力を低下させておいて、その後はトレーニングはほとんど行わずに疲労回復につとめる事によって、体力の超回復の山のピークをできるだけ高くしようという戦略を立てるでしょう。
問題はどの日にピークを合わせるか、そしてピークを合わせるために最後のトレーニングをいつ実施するか、という事になります。
一方、「フィットネスー疲労理論」を信じているS&Cコーチがピーキングを実施する場合は、フィットネスをできるだけ維持しつつも疲労を減らしていこうと考えます。
その場合、「超回復理論」信者のようにガッツリとトレーニングをしてその後は回復優先で一切トレーニングをしないという戦略よりも、量の抑えたトレーニングを試合直前までちょくちょく入れていくという戦略をとることになります。
量を抑えることにより疲労はそれほど残さないで済むので、蓄積された疲労を徐々に減らしていくというピーキングの目的の邪魔にはなりません。
また、ちょくちょくトレーニング刺激を入れておく事によって、ピーキング中にフィットネスが過度に低下することも防げます。
そのような戦略により、「フィットネス維持+疲労減少=Preparednessアップ」という結果につながり、ベストのコンディションで試合を迎えることができる、という考え方です。
個人的には、「超回復理論」は単純すぎて“トレーニングに対する身体の反応”という複雑なプロセスをうまく説明できているとは思えません。
もし「超回復理論」が真実をよく表しているなら、トレーニングをした後に疲労して体力が低下している状態で次のトレーニングをやっても意味がない、あるいは体力がドンドン低下することになるはずです。
しかし実際には、ウエイトリフターとかは疲労が残っている状態でも毎日のようにトレーニングをして、体力を向上させているのです。
そう考えると、「フィットネスー疲労理論」のほうが現実をよく反映していると言えるでしょう。
もちろん、「フィットネスー疲労理論」自体も単純すぎますし、それだけで“トレーニングに対する身体の反応”をすべて説明できるとは思えませんが、S&Cコーチがトレーニング計画やコンディション調整を考える上で参考にするフィロソフィーとしては十分です。
実際に、この理論の有効性は、数学モデルを利用してパフォーマンスを予測する研究等(Busso Tら)によっても支持されています。
したがって、S&Cコーチとしては「超回復理論」よりも「フィットネスー疲労理論」というフィロソフィーを取り入れて、トレーニング計画を立てたりコンディション調整をするべきだと思います。
サッカーW杯直前のコンディション調整に当てはめて考えてみる
さて、サッカーW杯直前の日本代表がかなりキツいトレーニングを実施しているというニュースを見た時に、「これはコンディション調整失敗するんじゃないか?」と私が危惧した理由は、コチラのブログで書いたとおりです。
おそらく、コンディション調整の担当者が「超回復理論」の信者であったか、そもそも「フィットネスー疲労理論」を知らなかったor理解していなかったのではないかと推測されます。
代表チームに合流した時点で、チームの主力である海外組の選手たちは長いシーズンを戦い終えた直後ということもあり、だいぶ疲労が蓄積している状態だったはずです。
その結果として、表面的に見える体力あるいはPreparednessは低下していたことでしょう。
もし「フィットネスー疲労理論」に則って判断をしたなら、「だいぶ疲労が溜まっているから、この状態でキツいトレーニングをガシガシしても、トレーニングの質が低いからフィットネス向上効果もあまり期待できないし、さらに疲労が蓄積するだけでケガのリスクも増えてしまうだろう。それなら、量を抑えたトレーニングをW杯直前まで(あるいはW杯期間中も)ちょくちょく実施していくことによって、フィットネスをできるだけ維持しながら疲労を抜いていくことをコンディション調整の主目的としよう!」という計画を立てるはずです。
少なくとも私ならそう考えますし、フェルハイエン氏も似た意見のようです。
しかし、一元論の「超回復理論」においては、フィットネスと疲労の区別がないので、表面に見える体力が低下していたら「それは疲労のせいかフィットネス低下のせいか?」という疑問がそもそも湧きません。
「体力が低下しているなら、それを上げるためにはトレーニングをしないと」という発想になります。
「極端な話、トレーニングをしなくても、疲労を抜いてあげればPreparednessは向上させられる」という「フィットネスー疲労理論」的な発想はないのです。
また、すでに説明した通り、「超回復理論」的なピーキングの戦略は、重要な大会の1週間〜数週間前にガッツリとしたトレーニングをして一度体力を低下させておいて、その後はトレーニングはほとんど行わずに疲労回復につとめる事によって、体力の超回復の山のピークをできるだけ高くする、というものです。
今回、サッカー日本代表が取ったピーキングの戦略はまさにこの「超回復理論」タイプだと思わずにはいられません。
もし、コンディション調整の担当者が「フィットネスー疲労理論」を知っていたら、あるいはしっかりと理解していたら、もっとましなピーキング戦略を取っていただろうと思うと非常に残念です。
日本の指宿合宿でガッツリと追い込んだ後に、フロリダに移動して合宿や強化試合をやっている時の選手のインタビューを聞くと「疲労も取れてきてコンディションは上がってきてます」的なコメントが多かったです。
この上がってきている感覚をピーキングと誤解しているような感じがして非常に気になりました。
もともと体力・Preparednessのレベルが10(任意の単位)だったとして、キツいトレーニングで追い込んだらこれが3に低下したとします。
それが、疲労回復するにつれて4、5、6と上がってきているだけなんじゃない?ってことです。
そりゃ1回追い込んで体力・Preparednessを落としておいてその後回復したらコンディションは「上がる」だろーよ!でも、それはイコール「コンディションが良い・高い」ってわけじゃないだろ〜、と思ってしまいます。
「フィットネスー疲労理論」的ピーキング戦略に基づいて、ずーっと体力・Preparednessのレベルを10くらいに維持していれば、コンディションが「上がる」感覚はないかもしれませんが、そちらのほうがコンディションは良くてベターなのは明白です。
まとめ
ちなみに、今回のW杯で日本代表が期待されていたような成績を上げられなかった原因を、コンディション調整の不備のせいにして批判するつもりは一切ありません。
スポーツにおける競技成績・結果に対する原因はもっと複雑でいろいろな要因が絡んでいるはずですから。
しかし、今回のコンディション調整方法についてはヒドいと思います。選手たちが気の毒です。
たとえ、日本代表が決勝トーナメントに進出して過去最高の成績を残していたとしても、私はコンディション調整方法については疑問を呈していたはずです。
結果論と思われたくないので、このブログをW杯が始まる前に書いておいて良かったなーと思います。
今回のブログ記事をできるだけ多くのS&Cコーチに読んでもらって、間違ったピーキング方法によってコンディションが悪い状態で重要な大会に臨むことになる気の毒なアスリートが少しでも減れば良いなと願います。
さらにちなみに、サッカー界全体を批判するつもりもありません。
私がフェルハイエン氏のセミナーに参加した時には、数多くのサッカー指導者が受講生として勉強されていましたし(コレとコレ)、サッカー協会の元会長が今回のコンディション調整方法について批判されているわけですから(コチラ)、サッカー界内部の人の中にも今回のW杯直前のコンディション調整を見て、忸怩たる思いや怒りを覚えた方も多いことでしょう。
たまたま今回の日本代表のコンディション調整の担当者が勉強不足だったということだと思いますし、それが日本のサッカー界のS&Cレベルを反映しているわけではないと信じたいです。
動画 フィットネスー疲労理論
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【編集後記】
同僚に教えてもらって、「スラムダンクの続きを勝手に考えてみる」というブログを読み始めたのですが、完全にハマりました!オリジナルのマンガを読んでいた人にはオススメです!