結構昔のブログで「そもそもトレーニングは必要?」というタイトルで、アスリートがS&Cトレーニングをする理由について書きました。我ながら良く書けた記事だと思うので、少し書き直し等を加えて再編集したものをバージョン2.0として、再び投稿したいと思います。当時は今ほどブログ閲覧数が多くなかったので、再投稿することでより多くの方に読んで頂ければ幸いです。
=====ここから記事=====
以前のブログで、深くスクワットする事に対して「競技中はそんなに深くしゃがむ事はないのに、何でトレーニングでそんなに深くしゃがまないといけないの?」とアスリートから聞かれたら「そもそも競技中はバーベル持ち上げないでしょ?」と言ってみたらどうでしょうと提案しました。それに対して、「そんな事言ったら、そもそもトレーニングって必要無いのでは?」っていう発想になるのではないかというご質問を頂きました。今回はこのご質問への私なりの回答を書く事で、ブログの記事とさせて頂きます。
トレーニングは必要ない?
さて、「そもそも競技中はバーベル持ち上げないでしょ?」という論理を突き詰めていくと、「だったらバーベル持ち上げるトレーニングは必要ないでしょ」という考えにつながり、究極的には「競技そのものだけを繰り返してやっていればいいでしょ」という話になりそうです。
しかし実際は、競技だけをやって他のトレーニングを一切やらない事がパフォーマンスを向上させるベストの方法ではないというのは誰もが知っている事でしょう。したがって、「トレーニングは必要ない」なんて事はないです。それだけは最初に言っておきたいと思います。
ここまでの議論を読むと、なんだか論理が矛盾しているようで混乱するかもしれませんが、ご心配なく。ちゃんと論理的に説明して行きます。
相手の論理の矛盾を突く
まず、「そもそも競技中はバーベル持ち上げないでしょ?」という私の言葉は、「競技中はそんなに(フルスクワットほど)深くしゃがまないでしょ?」というアスリートの意見に対する反論として、少し皮肉を込めて言っているものです(私、皮肉屋ですから)。別に「だからバーベルトレーニングはいらないでしょ?」と思っているわけではありません。もしそれが事実なら、お給料を頂けなくなってしまいますから(涙)。
「競技中はフルスクワットほど深くしゃがまないから、トレーニングでもそんなに深くしゃがむ必要ないじゃん」という論理の矛盾を突くために、あえて同じ論理を使って(相手と同じ土俵に立って)心にも無い事を言ってみたのです(なにしろ皮肉屋なので)。つまり、「あなたの論理(競技中は深くしゃがまないからスクワットトレーニングでも深くしゃがまないでいいでしょ)を突き詰めて行くと、究極的には競技だけやってりゃいいじゃんって話になりますよ」といったん脅しておいてから「でも実際はそんな事ないでしょ?競技の練習以外にもトレーニングしないといけないでしょ?」と諭す事によって、相手の論理の間違いに気づいてもらうといういやらしい手法です。
まー、アスリートを議論で打ち負かしてもしょうがないですし、そんな事は目的ではないので、実際はもう少しやさしい言い方で説明してあげるのが良いでしょう。
じゃあ何でトレーニングするの?
上記のいやらしい方法で「競技中はフルスクワットほど深くしゃがまないから、トレーニングでもそんなに深くしゃがむ必要ないじゃん」という論理の矛盾を突いたら、「じゃあそもそも何でトレーニングするの?」という疑問がおそらく湧いてくるでしょう。そこで「トレーニングをするのは筋力や持久力等の”体力”を安全に効率良く最大限に向上させるためで、正しい方法で体力を向上させればケガのリスクも減らせるし、競技の練習もより多くこなせるし、競技力のポテンシャルも向上させる事ができるのよ」と説明してあげましょう。
ここで一つ重要なのは”安全に効率よく最大限に”という点です。例えば、身体を大きくしたいという目標を持ったラグビー選手(特にフォワード)がいたとします。この選手は、たくさんごはんを食べてラグビーをがんがんプレーしていれば多少は身体が大きくなるかもしれません。でも、バーベル等を用いたトレーニングをした場合の方が、より安全により早くより大きく身体を変化させる(筋肥大)事が可能です。なぜならトレーニングではシステマティックな方法で、過負荷を漸進的に身体にかける事ができるからです(漸進性過負荷の原則についてはコチラ)。競技だけをやる場合は、身体にかかる負荷の大きさをコントロールできないし、適切な過負荷をかける事も難しいでしょう。
ここでもう一つ重要なポイントは、トレーニングが競技力を直接向上させるのではなくて、競技力の“ポテンシャル”を向上させるという点です。トレーニングが体力を向上させても、それが競技力の向上に直接結びつくとは限りません。例えばゴルファーの体力が向上して、ボールの飛距離が伸びたとします。単純に計算すると、これまでグリーンにボールを乗せるのに3ショットかかっていたのが2ショットで済むという事になれば、一見スコア(つまり競技力)もぐんぐん伸びそうな感じがします。しかし、これまでと同じ力の入れ方(例えば80%)でショットを打ってもこれまでより飛距離が出てしまうため、その辺りの力の加減がうまくできないと誤ってバンカーに入れたり池ポチャしたりという可能性も出てきます。
つまり、トレーニングによって体力が向上したら競技力のポテンシャルは向上するけど、必ずしも競技力そのものが向上するとは限らず、場合によっては逆に競技力が落ちてしまう事もあり得るという事です。もちろんゴルフの例で言うところの「力の加減」を覚えて、向上した体力をうまく使いこなせるようになれば、競技力向上につながることは間違いないでしょう。要するに、「トレーニングによる体力の向上」と「実際の競技力の向上」の間にはもうワンクッション必要になってくるという事です。
ワンクッション=Transfer of Training Effect
「トレーニングによる体力の向上」と「実際の競技力の向上」の間に必要となるワンクッション。私はこのワンクッションの事をTransfer of Training Effect(トレーニング効果の転移)という概念で捉えています。S&Cプログラムが競技力向上に結びつくかどうかは、まず第一に体力の向上をしっかりできるかどうか、そして第二にTransfer of Training Effectをしっかりと実現できるかどうか、の二点にかかっているという考え方です。
例えばジャンプ力向上のためスクワットを用いてトレーニングをする例を考えると(このブログの議論を例として考えると)、フルスクワットは重いウエイトを用いてより多くの筋をより大きな可動域でトレーニングできるエクササイズなので、効率的かつ最大限に(そして安全に)筋力を向上させる事のできる方法(上記①のカテゴリー)として採用しています。クウォータースクワットでは、用いるウエイトはフルスクワットよりも重いですが、トレーニングされる可動域や筋群が限定されてしまうため、S&Cプログラムの第一の要素である体力の向上という点では優先順位が低いと判断しています。
次にTransfer of Training Effectに関してですが、基本的には「競技力そのものの動作の練習」がベストである場合が多いと思います。つまりジャンプの例で言うと、スクワットトレーニングにより向上した筋力をうまく利用してジャンプ力を向上させるためには、何度もジャンプ動作そのものを練習するのが良いという考えです(ゴルフの例だと、打ちっぱなしに毎日通って練習するという事です)。
もちろん、スクワットによって強化されるメインの体力要素である「低速での最大筋力」がジャンプパフォーマンスへの直接的な貢献度が低いという可能性もあるので、スクワットに加えてパワークリーンやジャンプスクワット等を用いたトレーニングで「高速での筋力」や「爆発的筋力」等の体力要素も同時に向上させるというのも重要でしょう。しかしそれでも、パワークリーンやジャンプスクワットは上記①のためのエクササイズであって、②のカテゴリーには当てはまらないと思います。
また、「クウォータースクワットはジャンプ動作に関節可動域が似てるから、Transfer of Training Effectの効果が高くて、競技力向上により直接的に結びつくんじゃないか?」という考え方もあるかと思いますが、似てるからといってTransfer of Training Effectを促進するとは限りません。逆に、動作が中途半端に似ている事によって脳が混乱し、ジャンプ動作での身体の使い方(motor control)に悪影響を与えてしまい、パフォーマンスが悪化するという事もあり得ます。
まー、これは推測でしかありませんし、motor controlとかmotor learningという分野はあまり得意ではないので、何とも言えないところではあります。しかし少なくとも、フルスクワットよりもクウォータースクワットの方がジャンプパフォーマンス向上に効果的であるという考えは現在のところ研究によって支持されていません(ここで紹介したように)。
Transfer of Training Effectはアスリートとコーチ次第?
ここで考える必要があるのは、「S&Cコーチの役割はアスリートの体力を向上させる事だけなのか?」という点です。「S&Cトレーニングで体力を向上させることはできるけど、それを競技成績に反映できるかどうかはコーチやアスリート次第だ」と割り切ることもできますし、実際そうなんですけど、私としては、もう少しTransfer of Training Effectの部分に対してS&Cコーチとしてポジティブな影響を与えたいな〜という気持ちがあります。
ただし、Transfer of Training Effectを促進させるのに競技練習が最も重要であるのは間違いないです。そして、競技練習の領域にS&Cコーチとしてはできるだけ口を出すべきではないと私は考えています。それでも、場合によっては(コーチやアスリートとの信頼関係があれば)、S&Cトレーニングの効果を実際の競技に反映させるためのヒントを伝えるくらいならOKかな〜とも思います(詳しくはコチラ)。
また、Transfer of Training Effectを促進させるのは競技動作の練習しかないと考えているわけではありません。実際、私の博士課程での研究テーマは「sled towing(そりを引っ張って走るトレーニング)がスプリント加速能力に及ぼす影響」で、このsled towingというエクササイズがTransfer of Training Effectを促進させる手段として効果があるのかどうかを調べたりしました(詳しくはコチラ)。つまり、スプリント能力を向上させるにはスクワットとスプリント練習だけやっていればいいんじゃなくて、スクワット(やその他のトレーニングエクササイズ)によって向上した体力をスプリント能力の向上につなげるためには、スプリント動作を練習するのも必要だけど、sled towingを取り入れればさらにTransfer of Training Effectが促進されるのではという考えでいろいろ調べたのです。
実際、sled towingはスプリント加速能力向上に効果がありそうだなーという感触をつかんだのですが、それは「スプリント動作に特異的なトレーニングとしてTransfer of Training Effectを最大限にするから」というよりも「より効率的な走り方を覚えるための練習ドリルとしての役割が大きい」と今では考えています。また、sled towingが効果がありそうだからといって、他の同様なエクササイズ(例えばウエイトベストを着てのスプリント走)もTransfer of Training Effectを促進させるとは限りません。
Transfer of Training Effectの促進を狙ったトレーニングや練習ドリルを採用する場合は、よ〜く考えて選択しないと競技力を悪化する事につながりかねないので、細心の注意を払う必要があると感じています。私が博士研究でやったレベルに近い知識がないのであれば、そこには手を出さずに、ベーシックなトレーニングで体力を上げておいて、あとは競技練習をガシガシやってもらうほうが安全かな〜と思います。
まとめ
- 競技中はバーベルを持ち上げないけど、バーベルトレーニングは体力を向上させる為に重要
- スクワットで深くしゃがむ理由は、より多くの筋群をより大きな可動域でトレーニングする事によって効率的かつ最大限に(そして安全に)体力を向上させる事のできるエクササイズだからであって、競技中の動作との類似性は関係ない
- Transfer of Training Effectは重要だけど、体力トレーニングで用いるエクササイズを実際の競技動作に近づける事によってこれを促進させる事はできない
- S&CコーチとしてTransfer of Training Effectにポジティブな影響を与えたいのであれば、そのためのヒントをアスリートやコーチに伝えたり、それを促進する練習ドリルを導入したりする方法が考えられる
- ただし、後者に関しては、パフォーマンス悪化にもつながる危険性があるので、生半可な知識で導入するのは避けるべき
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【編集後記】
前回のブログ記事は閲覧数がえげつないほど多かったです。毒を吐くと反響が大きいんだな〜と実感しました。反響が大きいという事は、口には出さなくても私と同じような考えを持っている人が多いという事なのかな〜と感じました。今後も毒を吐きたい時は、個人攻撃にならないように気をつけながら、怖がらずに毒を吐いていきます。ぷしゃー!!