#242 ニーズを無視する?

公開日: : 最終更新日:2016/07/03 S&Cコーチとしての思考, 競技特異性


 

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Facebook上で、「ニーズを無視する」という記事(書き込み?)を読んで、とても共感しました。Facebook上の書き込みなのでリンクを張って紹介することができませんが、要旨としては、客のニーズ(要望)にそのまま答えても成果が出ずにクレームをもらうことが多いから、相手のニーズに答えるよりも「成果」を出すことを目指そう、といったものでした。S&Cコーチとして仕事をしていて、同じような経験を何度もしているので、非常に共感できました。

 

ニーズに応えるのが常にベストとは限らない

たとえば、アスリートから「競技動作に特異的なトレーニングを教えて下さい」と言われても、それをそのまま与えることなんて私にはできません。その理由はこれまでにもたくさん書いてきたので繰り返しません(興味のある方はコチラの記事一覧をご一読ください)。

たとえ私が妥協して、相手に言われたとおりに競技特異的トレーニングなるものをやったとしても、結局は結果が出ず、痛みやケガにつながるリスクが高く、そうなったら文句を言われるに決まっています。相手に言われたとおりやって文句を言われるなんてたまったもんではありませんが、そんなことは他の業界でも普通にあることだと思います。

たとえば、美容師さんが、お客さんから「前髪をパッツンと一直線に切りそろえてください」と頼まれて、その通りやって変な髪型になったら、文句を言われてしまうことでしょう。この場合、お客さんが求めているのは「ステキな髪型にしてもらう」ことであって、「前髪をパッツンと一直線に切りそろえてもらう」ことではないのです。つまり、お客さん自身が、本当に自分が求めていることを把握できているとは限らないし、それを間違って認識してプロの美容師さんに伝えてしまうこともあるはずなのです。

そこで美容師さんができることは、カウンセリングによってお客さんの話を聞いて、相手が本当に求めているのはコレだ!と仮説を立ててみることでしょう。その仮説が、お客さん自身も気づいていない本質(=本当に求めているもの)に近ければ近いほど、お客さんが満足してくれる可能性も高くなるでしょう。極端なことを言うと、前髪は全然パッツンの一直線じゃない髪型に仕上がったとしても、お客さんの気に入る髪型に仕上げることさえできれば、喜んでもらえるはずです。

トレーニング指導についても同じことが言えると思います。「競技動作に特異的なトレーニングを教えて下さい」とアスリートに言われても、それが本当にアスリートが求めていることである可能性はゼロに近いでしょう。そもそもアスリートが競技練習以外にトレーニングをやるのは、競技成績を上げるためのはずなので、トレーニングはあくまでも「手段」にすぎません。それなのに、その「手段」を指定して「これを教えて下さい」と要望してくるアスリートは、「前髪をパッツンと一直線に切りそろえてください」とリクエストしてくる美容室のお客さんと同じです。そして、その通りやって結果が出なかったら文句を言われてしまうことでしょう。

だからこそ、私はアスリートからそのような要望を受けても、それをそのまま与えることはせず、相手が本当に求めているものは何なのかを探るために、色々な質問をして仮説を立てようと努めるのです。

 

ニーズを無視する?じゃあ、どうすればいいのか

まず私が一番最初に聞くのは「その競技動作の練習はどのくらいやっていますか?」という質問です。驚くことに、それほどの練習量をこなしていないという答えが返ってくることが大半です。つい最近も関連したブログ記事(コチラ)を書きましたが、トレーニングは練習の代わりじゃないんです。練習をせずにトレーニングだけして動作を向上させることなんてできるわけないんです。それをアスリートに説明して、その動作を向上させたいのであれば、まずは死ぬほどたくさん練習してください、とお伝えします。そして練習をたくさんするだけでは足りない部分を補う「補強」としてトレーニングをしましょう、とお伝えします。

たとえばある競技動作をやりたいけど、いくら練習してもなかなかできない、となった場合、単純に練習量が足りないという原因以外に、そもそもその動きを実施するだけの体力(筋力、可動域、安定性、etc)が足りていないというケースも考えられます。もしそうなら、どれだけ練習を繰り返してもできるようにはなりません。そういった場合に、その動きを実施できるだけのポテンシャルとしての体力を鍛えてあげるのがS&Cコーチとしての仕事なんです(この辺りのコンセプトを理解するにはコチラの記事が参考になります)。

そして、その動きの練習を死ぬほどやっても鍛えることのできないような体力を、その動きに毛の生えたような負荷をかけただけの特異的トレーニングなんてものを週に数回だけやっても鍛えられるわけがありません。いったん競技の動きから離れて、できるだけ大きな可動域で大きな負荷を安全にかけることのできるエクササイズを採用して、漸進性過負荷の原則に基づいて地道にトレーニングをやるしかないのです。そして、そのようなトレーニングをすることで体力が向上するだけでなく、ケガのリスクも低減させることができるので(コチラ)、より多くの練習もこなせるようになるのです。

アスリートから 「競技動作に特異的なトレーニングを教えて下さい」という要望をされたら、基本的に上記のような対応・説明をするようにしています。それで納得してくれるアスリートもいれば、残念ながら「競技動作に特異的なトレーニングをやる」ことに固執して納得してくれないアスリートもいます。「手段」にすぎないはずのトレーニングをやること自体が「目的」になってしまっている悪例です。そういう人は、こちらがどれだけ丁寧に論理的に説明してもどうしようもありません。残念ながらそういうアスリートは一定数いるので、私としてはできるだけの手は尽くして、ダメならしょうがないと割り切っています。

 

まとめ

ま、普通に考えれば、リスクも高く効果も期待できない競技特異的トレーニングなんてアスリートにやらせてしまう運動指導者もどきの人は淘汰されていくはずなのですが、残念ながらそれどころかメディアに取り上げられちゃったりしているのが現状です。美容師さんの例だと、お客さんが満足するかしないかの結果がでるのがすぐなので、お客さんの要望通りに前髪パッツンと切っちゃって文句言われちゃう美容師さんはドンドン淘汰されていくでしょう。

一方、トレーニングに関しては、その効果(あるいは効果の欠如や悪影響)が見えてくるのに時間がかかるし、競技成績とトレーニング効果を直接結びつけるのも難しいので(トレーニング効果はダメダメでも好成績を残すことがある)、クレームを付けられる可能性がはるかに低いというのが理由としては考えられます。本来、トレーニングというのは効果が出てくるまでに時間がかかるプロセスなのに、競技動作に似た運動をさせて「トレーニング効果がパフォーマンス向上に直結する!」とか宣伝している人たちがもてはやされるのを見ると、忸怩たる思いになります。

ま、時間がかかってもそういう人たちは必ず淘汰されると信じて、自分はできるだけ科学的根拠のある適切なトレーニング指導を提供し続けるしかありません。そして、考えのまともな優秀なS&Cコーチが増えて、この業界が少しでも良い方向に進むように祈っています。私も本ブログを通して、いろいろな情報提供をして、それに少しでも貢献できればと思います。

 

  

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【編集後記】

寄生獣』をKindleで大人買いしちゃいました♡

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  • 河森直紀(かわもり なおき) PhD, CSCS

    1979年10月17日 神奈川生まれ 埼玉育ち
    ストレングス&コンディショニング(S&C)コーチ。

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